第37話 唯一の魔族の少年による復讐 壱/弐

––オリギーとブルートの担当、ストゥピッド王国にて。


僕とオリギーさんは、人がゴミのようにすら思える位に高い空中から国を見下ろしていた。


僕は部分的に蝙蝠コウモリに変化するようにして背中に羽根を生やし、その羽をゆっくりと羽ばたかせて飛んでいて、オリギーさんは何故か何もしていないのに浮いていた。

多分、オリギーさんは魔力を使って浮いているのだと思う。


「では、そろそろ始めようか」


オリギーさんが羽がないのに空中に留まっている不思議について考えていると、オリギーさんは僕に突然開始を告げた。


やっと、始められる。


「了解です……アンデット達よ、人を襲え」


キイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイィィィィィィ‼︎


万感の思いを抱えながら指示を出した僕の言葉に応えるように、空気を切り裂くような高音の奇声をあげて、僕の支配下にある死体が生きた人間に襲いかかる。


クレアーレン様に教えてもらったゾンビ映画なる物を参考にして作った、血を媒介にして感染するアンデット化する【呪詛】。

僕が【呪詛】の術式を解除すれば、アンデット化も解除されてただの死体になるというわけだ。


なんて簡単なんだろう。


僕が直接国民を手にかけなくても、僕の血を流し入れて作ったアンデット達によって国は混沌と化した。


「おお、初めて見るが……吸血鬼の力じゃないな?」


「はい。僕特有の力です」


原初>皇帝>王>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵という順で血が濃くなり、力も増していく吸血鬼の中で僕は公爵の一族だった。多種族の血が入っておらず、吸血鬼の血しか継いでない為に「誇り高き純血の一族」とも呼ばれた一族の末裔。

本来ならば公爵級の力しかなかったが、クレアーレン様に力を貰った事によって原初の吸血鬼の力さえ凌ぐ上位者の力を手に入れた。


僕は吸血鬼の上位の存在の【操血鬼そうけつき】という種族の始祖となり、今まで出来なかった事が出来るようになったのだ。


それにしても……国民であろう人間どもは死んでいくのに、いちばんの標的である王族の奴らは城に篭りっきりで出て来ない為に、一人も死んでない。


自国の民の為に、命を投げ出すような王家ではないという事は、クレアーレン様から聞いて知っているが……呆れてものも言えない。


「ストゥピッド王国王族よ‼︎出て来い‼︎」


僕の両親は、勇者達に殺された。

だが……僕の姉と僕達を逃がしてくれた父の配下達は、この国に逃げてすぐに衰弱していたところを、ここの第一王子によって殺された。

ほんの少し残っていた力を、自身を守る為ではなく猫に擬態した僕を隠し、逃がす為に使った事が原因だった。


僕の力では、勇者相手に戦う事は出来ない。

でも、それでもせめて姉と恩人達の仇くらいは自分で取りたかったのだ。

だから今、僕はクレアーレン様に頼んでここにいる。


厳しく、誇り高かった父が斬られた。

美しく、優しかった母が倒れた。

明るく、誠実だった二人の青年が血を吐いた。

賢く、綺麗だった姉が泣いた。


悔しかった。悲しかった。憎かった。許せなかった。

人間を恨み、そして何も出来なかった無力な自身を恨んだ。


でもっ‼︎

あの日、何も出来なかった僕はもういない‼︎


「出て来いっ‼︎」


「落ち着け、ブルート。あくまで冷静である事を忘れるな」


「ッ〜⁉︎……はい」


「……それで良い。大丈夫だ。我の配下である死神達がいる限り、誰も逃げられん」


死者を導く王であるとは思えないほどに温かな手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。

大きな鎌を担いだ死神のような格好のオリギーさんだが、クレアーレン様や僕達眷属仲間にはすごく優しいお父さんのような人であると知っている。


国を襲撃する前だって、緊張と気の昂りでガチガチになっていた僕に向かって『お前は好きにやれ。後始末は、我に任せろ』と言って笑ってくれたのだから。


だが、彼は死王。

死者の魂を冥界へと導く役割を持つ、死神の頂点に立つ王だ。


僕、そして僕の操るアンデット達が取り逃した奴らは彼が呼び出した死神達によって魂を刈り取られる。誰一人、人間を生者として逃すわけがない。


「さて、そろそろ本丸に向かうか?アンデット達は解除しておけ。掃討は、死神達に任せよう」


「は、はい‼︎」


オリギーさんからの問いに答えながら、アンデット化の【呪詛】を解除した。


「我はブルートと共に王家の者達の所に行ってくるが……我が言った事をしっかりと守って役割を果たすのだぞ?」


僕が【呪詛】を解除してアンデットがいなくなると同時に、アンデット達が殺せなかった人間達を目深にフードをかぶっている為に表情は伺えないが、淡々としているとわかる様子で斬り捨て、命を奪っている数百の人影……オリギーさんが着ている物よりも少し色の薄いローブを着ていて、オリギーさんが持っている物よりは小さいけれど、それでも二メートル位はありそうな大きな鎌を身に付けている、男女どちらか分からない者達を暗い瞳で見下ろして、オリギーさんが釘を刺すように告げた。


そのゾッとするほど暗いガーネットのような瞳を見て、初めてオリギーさんは優しいだけの人ではなくて、一つの世界と種族を統べる王なのだと実感する。


「では、行こうか」


「はい」


まだほんの少し残る、背中に氷を突っ込まれたような冷たい感覚を感じながら、僕はオリギーさんと共に王城内に転移した。







「おい‼︎衛兵、衛兵‼︎何なんだ⁉︎説明しろっ‼︎」


「そうよっ‼︎訳のわからない声も聞こえるしっ‼︎」


「黙れっ‼︎なぁ、王太子の俺が優先だよな?俺を守れよ⁉︎」


「黙らっしゃい⁉︎そんな事を言うのであれば、王太子などよりも王妃であるわたくしが優先でしょう⁉︎」


「お前こそ黙れ‼︎王である俺こそが守られるべき人間だ‼︎」


「……醜い」


「ああ、本当にな」


王城内に転移してすぐに聞こえたのは、扉越しに繰り広げられる醜悪な言い争い。

誰一人として国民を心配する事がなく、考えているのは自分の保身だけ。


思わず声が漏れてしまったが、返ってきたのは同意の声だった。その位、酷いのだ。


「オリギーさん、第一王子以外は任せても良いですか?」


「もちろんだ。思う存分楽しむと良い」


「ありがとうございます」


無駄にゴテゴテと飾られた扉を蹴り飛ばし、言い合いをしているところに乱入する。


「たのもー‼︎」


唖然とする王族達に向かって、クレアーレン様に教えてもらった挨拶をする。

後ろから入って来るオリギーさんの気配を頼もしく思いながら、僕は片時も忘れた事がない顔の男に、シュクリス様から賜った緋色の刀身をした「かたな」という武器の切先を向けた。


「僕は魔族唯一の生き残りにして魔神クレアーレン様の準眷属、操血鬼のブルート‼︎我が同胞達、そして血族達の復讐の為に来た‼︎ ストゥピッド王国第一王子、いざ尋常に勝負だ‼︎」


絶対に許さない。

お前はここで、無様に死ね。


『期待しているよ、ブルート』


嗚呼。

貴方様に声をかけてもらえるなど、恐悦至極に存じます。


必ずや、あなた様のご期待に応えて見せましょう。


「さぁ‼︎」


クレアーレン様に捧げる、僕の為の復讐を始めよう‼︎




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