第31話 魔神は陥れられる

「クレアーレンよ。実は昨日儂の娘がこの場所に、新しい世界を創造したのだ」


「……それは、おめでとう」


帰りたい……。

珍しく緊急と言って呼ばれたから、何か大切な用でもあるのかと来てみたはいいもののずっと娘自慢を聞かされている。この親バカが。鬱陶うっとうしいなぁ。


確かに私はトゥレラやシュクリスと違って一定の理解を最高神に示してはいるが、だからと言って他の神のように下についたわけじゃない。

トゥレラに言われて力を神の平均レベルに偽装してはいるが、私はトゥレラの妹であり、彼と同じく神殺しの力を持つ魔神。最高神とはほとんど同格になる。

だから、私はあくまでに、現時点では対等な存在として認めているだけだ。


こいつは、それがわかっているのか?


「して、トゥレラ達も伴うことを禁じて私を呼ぶとは……何の用で?」


同行を禁じられて随分苛立った様子のトゥレラやシュクリス、眷属達の相手をさせられたんだ。さぞかし重要な用事なのだろう?


「そうであった。それがな?娘が『クレアーレンという女神に世界の理の設定を任せたい』と言うておる。頼まれてはくれんか?」


……は?


【創世の神】と【記録の神】の使用には、片方だけであっても膨大な精神力と神力、そして処理能力を必要とし、使った後は極度の疲労が襲う。

片割れのトゥレラが近くにいればまた別だが、いなければ一度使用した後はしばらく全ての力が使えなくなる。

そんな力を、生まれてすぐの会った事もない女神の為に使えと言うのか?

……馬鹿馬鹿しい。


「自身の創った世には、責任を持って理を作り管理するのが定め。それを承知した上でのその言葉か?パドレモ、いくら最高神とはいえ、それ以上は聞き逃せないが?」


「……そのくらいわかってる」


「なんだって?」


「そのくらい、わかってると言ったのだ‼︎仕方がないだろう⁉︎」


逆ギレか……。

トゥレラが「老害」と呼ぶのも、案外間違いではないのかもしれないな。


「仕方がない?何が?」


「……」


次は沈黙。

イライラするなぁ‼︎

私だけを呼んだのには何か訳があるのだろうが……まさか⁉︎


「まさかだが、娘さんは理の制定が出来ないのではないな?」


「……そのまさかだ」


はあ⁉︎

世界を創ったにも関わらず、理が作れませんと⁉︎

前代未聞だ。


理のない世界はすぐに崩壊が訪れる。

秩序がないからだ。


世界を国、世界を創った神を王だと考えるとわかりやすい。

秩序のない国が瓦解してしまうように、世界の維持には秩序が必要だ。

その秩序を定められぬ王など、「王」として相応しくないどころか論外だろう。


「何故そんな者の創世などを認めた?碌な事にならない事などわかっているだろう?悪い事は言わない。トゥレラに言って、壊してもらうのが一番だ」


「……もう既に世界は創られた。壊さずとも良いようになんとかするのが、真の創世の力を持つ神としての責任ではないのか?……クレアーレンよ、一度創られた世界が壊れるという事がどういう事か、わかっているだろう?」


私に責任などない。

私のように創世の力を持っていなくとも、神である限り一度は世界を創る事が出来るのだから。その全てに私が責任を持つ必要など微塵もないのだ。


だが、その後に続けられた言葉に、私は考えざるを得なかった。

世界が壊れるという事は、その世界で生きる生命体の全てが滅ぶという事だ。


私とトゥレラ……兄は、神の理不尽によって命を奪われた。

神が怠慢であった事で、理不尽に命を奪われたのだ。

だから私は、出来るだけ理不尽ではない神となりたかった。


シュクリスのいた世界はあまりに鬼族に対して理不尽だったから、シュクリスの復讐に手を貸した。理不尽をじ伏せるには、更なる理不尽で対抗するしかないからだ。


だが、今回の世界はどうだ?


世界に生きる者達は、神の不手際に巻き込まれただけ。

何の落ち度もなかった。ただだ。

そんな命が理不尽に失われる事など……あってはならない。


「……今回は手を貸す」


「そうか、貸してく」「だが‼︎」


私の返事に喜ぶパドレモの言葉を遮り、続きを話す。


「処置が終わった後に【悪神】一同よりレヒトさん達に話をして、それ相応の処分はさせてもらう」


では、その時まで。


私はそう言葉を締め、その世界が覗ける場所まで移動した。







「フォルフールよ、これでいいのだな?」


「ええ、ありがとうお父様。これで私はトゥレラ様を迎えられるわ」


クレアーレンが去った場所に現れたフォルフールは、そう言って微笑んだ。

表向きは「父に感謝する娘の笑み」であるその笑みの奥には、「一人の男を思い慕う女の凶悪な笑み」が潜んでいる。

その深い愛情は強い憎悪となり、その矛先は恋敵であるクレアーレンへと向かう。


傍迷惑はためいわくな恋する乙女の恋路を邪魔した(と誤解された)クレアーレンを待つのは、兄であるトゥレラが望んだ「平穏な生活」とは程遠い、いわれのない理不尽な暴力にさらされる、地獄のような生活だった。







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