間章
過去の記憶編
第28話 灰の世界の兄妹
俺が生まれた世界は、本当に碌でもなかった。
「第三次世界大戦で多くの国が核爆弾を放った結果、世界は灰に染まった」
何故こんな救いようのない世界になったのかという俺の問いに、昔俺が住んでいるボロ屋の向かい側にいた老人––
数少ない食べ物を消費して、何の役にも立たない子供は生きてるだけで邪魔と言われ、殺される世界。母に何度も殺されかけた俺を助けた上に仕事も紹介してくれた彼は、二年前に若者達に刺されて死んでしまったが、彼に言われた事は覚えていた。
「もし君が私から受けた事を嬉しいと思うのであれば、私に何かを返すのではなく、次は君が誰かに同じようにしてあげなさい。世の中の優しさは、そうして作られていくものなのだから」
俺は父を知らないし、俺を殺そうとした母に何の期待もしていなかったが、「家族」というものの温かさを、彼からは感じた。彼はこの世界で本当に稀な人格者だった。
「生きなさい。『禍福は糾える縄の如し』という言葉があるように、不幸な体験をした後は幸せになるんですよ。それに、『笑う門には福来る』という言葉もあります。いつか大切な存在が出来るまで、君は笑って真っ当に生き続けて下さい」
彼にそう言われたから、俺は必死に生きた。
俺に大切な人が出来るところは予想出来なかったが、それでも彼がそう言うならと思って犯罪もしないで、彼に紹介された仕事を一生懸命して生きた。
「なんで、なんで生きてるの……なんで死ななかったの……殺さなきゃ、私が死んでしまう。殺さなきゃ……」
俺が師匠と知り合うきっかけになったという点以外で何一つ親らしいことをしてもらった事がない為、最早何の情も抱いていない俺の母は、虚ろな目で壁に向かって何かを呟き続ける。
しばらく泣いていた妹は、母の代わりに俺が抱いて揺らしてやると、俺の気も知らずにスヤスヤと眠った。
目の色が違う七つも離れた妹の父親は、きっと俺の父親とは違うのだろう。
半分しか血の繋がらない妹だったが、俺よりも温かくて小さな腕の中の赤子は、何と比べても一番愛おしく感じられ、師匠の言っていた大切な存在というのは、この子なのだと直感で理解した。
「初めまして、俺の妹」
◇
その日から、俺の生活は妹が最優先になった。
妹にレンと名付けて仕事にも背負って行き、レンが俺と同じように母に殺されそうになった時には必死に止めた。師匠から紹介された職場はあまり大きな所ではなかったが、【総長】と呼ばれる職場のトップがあの老人の紹介というのもあって、レンを連れていても安心して仕事に打ち込める温かな人が多い良い職場だった。
もちろん、腐った大人なんて大量にいたし、理不尽な要求をされる事も、危ない目に遭う事もあったけど、それでもレンという俺の大切な存在のためにいつでも笑って過ごした。レンがいればいつでも笑っていられるし、誰にも負けないでいられた。
その内、レンを産んでから大分弱っていた母親が気を狂わせながら死んでしまい、俺は母と共に住んでいたボロ屋は俺たちの物になった。母が死んだ頃にはレンも三歳。
簡単な仕事なら出来るようになって、少しずつ俺と離れて作業する事も多くなり、俺も仕事場で段々と大事な仕事を任されるようになって、ボロ屋から少しマシな家に移り住め、少し豪華な食事を出来るようにもなってきた。
幸せだった。
碌でもない最低最悪な世界だったけど、俺とレンは優しい人に恵まれて幸せに生きていた。
レンが生まれてから……特に母が死んでからは、本当に生きて良かったと思える幸せな時間だった。……長続きはしなかったけど。
雪の積もった、寒い日だった。
その日は、レンの五歳の誕生日だったんだ。
お祝いの為に、いつもよりも少し豪勢な食事を買って帰るつもりだった。
降り
「レンっ⁉︎」
手から食事が滑り落ちてグシャッと潰れたが、レンの事しか目に入らなかった。
慌てて駆け寄るもレンを斬ったのは毒を塗られた刃物のようで、最早助からない事は明白。
「やめろ、やめてくれっ‼︎お願いだから……レン、レンっ⁉︎」
「……ぉにぃ、ちゃ……」
掠れた声で俺を呼ぶレンの目は虚ろで空を彷徨うばかり。
……俺の事を写してはいなかった。
訳がわからなかった。
なんでレンが、こんな目に遭わなきゃならない?
「レンっ‼︎頼む、俺が治してやるから、だから、逝グッ……」
背中に強烈な痛みが走って、レンの隣に倒れ込んでしまう。
「悪いな、
「ヘヘッ、あの爺いを殺したところを見られても貧しい子供なら問題ねぇと思ってたんだがなぁ……」
「少しは稼いでるみてぇだし、口封じついでに財産分けてもらおうと思ってな?」
苦しげな顔で俺を見る【総長】と、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる男達。
俺もレンも、何も悪くないじゃないか。
そんな理由で、俺らは殺されるのか?
行きたいと願っただけだろう?
幸せを願っただけだろう?
なあ、師匠……。
真面目に生きてきたというのに、俺らにはそれすらも許されないというのか?
「ぃた、いよぉ……たすけ、て……」
ああ、ああ……レン。
ごめんな、守れなくて。
助けられなくて、ごめん。
ぬるい液体が体から抜けて、指先から冷えていくのがわかった。
「善良に生きていれば、神様や仏様が見てくれて、きっと守ってくれますよ」
師匠。
言われた通り真面目に生きたけど、神も仏も、守ってなんかくれなかったよ。
そうだ、師匠だって守ってもらえなかったじゃないか。
結局、自分も自分の大切な人も守れるのは自分だけだったんだ。
レン、レン……善良に生きた少女ですら、奴らは見放した。
何も与えなかったくせに、何もくれなかったくせに、何も助けなかったくせに、……俺とレンから全てを奪っていく。
「神も仏も、みんなみんな殺してやる」
俺は心を塗りつぶすような激しい感情と共に、落ちていく意識を暗い水底に沈めた。
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