第26話 復讐に燃える猫を拾った

「ん?……ふふふっ‼︎」


説明会が終わってから早二週間。

トゥレラ、シュクリス、眷属達が申し出た片付けの報酬が私を抱っこする事で、あの日から数日間は一歩も自分で歩かせてもらえなかった私は精神が疲弊していた。


自分の神域なので、私にとって危険な事や嫌な事は起こらないはずなのだが、あの面々は「何でもと言いましたよね?」と言って約束を盾にしてくるから断れなかったのだ。しんどかった……。


そんなわけで訪れていたしんどい時間が過ぎ去り、フォルフールの処分が解けるまで本当にやる事がない私がのんびりと箱庭を眺めていると、魔国とは遠く離れたアルト王国の属国内で深い負の感情を抱えた存在を察知した。


一人で行動するなと言われていたものの、特に危険を感じる事もなかった。

眷属達だっていちいち私が出かけるのに付いて来たくないだろうし、私もいちいち付いて来られるのは嫌だから、別に良いよね。

うん、わざわざ言わなくても大丈夫でしょ‼︎


そう結論づけた私は、眷属達に見つかる前にとサッサと準備して転移した。







スラム街。

それは、暗い路地に作られた、見捨てられた者が行き着く場所。


真っ当な国であれば生まれる事のない場所だが、まあそこはアルト王国の属国。

まともな人間が治めているはずがない為、当然のようにこの国にスラム街は存在していた。


嫌な匂いが支配し、ネズミや虫がカサカサと這い回るその場所を、痩せた人々の間を縫って歩く。額のツノがバレないように、黒いローブを羽織ってフードを目深に被っている私は、光が入らない路地の最奥で足を止めた。


「吸血鬼の少年。私を呼んだのは、君?」


「……なぅ」


「君は始祖に近いね。ロクトお兄さんと同じ、公爵家の人間だからかな?」


「……」


小さな黒猫に擬態しているが、その正体は始祖の直系である公爵家の息子だ。

魔族は全滅していたはずだが、魔国から遠く離れたこの国に来るまでの間で力のほとんどを使ってしまっていて、気配が微弱だった故に見逃されていたのだろう。

今でも、この子の力は人間と同じかそれ以下程度にまで落ちている。


「力を求めるか?その理由は何?その対価として何を差し出せる?」


この子が抱えるのは、深い怒りと悲しみ。

確かに強い負の感情だが、追加の対価を支払わないと魔神が応えるには足りない。


(私は家族を殺され、父の配下の者の手を借りて隠れ逃げることしか出来ず、その配下も目の前で殺された。対価は私の持つものから好きなものを何でも。復讐さえ出来ればそれで良い)


返ってきた言葉は疲弊して声が出せないのか念話だったが、心意気は十分。

力も回復し、能力の相性が良い者と組ませれば勇者数人程度なら相手を出来るようになるだろう。


「良いよ、君に力をあげる」


力をあげる事に問題はなさそうだと判断した私は、グッタリと力が抜けている子猫を丁寧に抱え上げ、そのまま猫ごと転移した。


スラム街の人間から国王などに報告がいく事はないだろうし、意識が朦朧もうろうとしている人間が多いから、きっと幻覚か何かだと思ってくれるだろう。







「ただいま〜……」「レア‼︎」


「うわっ⁉︎」「レン様‼︎お怪我はございませんか?」


……なんか、大騒ぎになってるんだが。

次からはやっぱり、ちゃんと誰かに伝えてから行動すべきか……?

シュクリスは私に抱きついて離れないし、アラゾニアは私に怪我がないかクルクルと周りを回って確認してる。

男二人が暑苦しいっ……‼︎


「二人とも、離れてっ‼︎」


「ごめん……」


「も、申し訳ありません」


「ふう……」


一瞬神気を放出して威圧する事で二人を引き離し、子猫を一度下ろしてローブを脱いで魔法を使ってしまう。


「に゛ゃあ‼︎」


「どうしたの?ちょっ、シュクリス⁉︎何してるの⁉︎」


眷属のアラゾニアはともかく、最近は眷属達に加えて私の神域にさも当然かのようにトゥレラも居座るようになったから、せめてシュクリスくらいはいい加減自分の神域に帰ってくれないかなと思いつつ、猫化している少年に力を与える準備を整えて振り返ると、そこには猫の首根っこを掴んで持ち上げているシュクリスがいた。


「レア。この猫、いや……吸血鬼について説明してもらっても?」


猫から私に目を移しながらそう要求するシュクリスの目は据わっていて、私でも少し怖いと思ってしまうほどだった。


「かくかくしかじかで、準眷属的な扱いにしようと思って拾ったの。だから、シュクリス離れて?その子進化させるから」


手を伸ばして猫を取り戻そうとするものの、身長差で届かなくて仕方なく自分の体を魔法で浮かべて取り戻す。

最初にピョンピョン跳んで手を伸ばさなくても良かったな……。


「レア、僕の時もそうだったけど生き物を気軽に拾いすぎだよ。眷属達の大半もレアが拾って眷属化した人達でしょ?その子は元の場所に戻してきなさい」


「無理。この子、箱庭に残っていた最後の魔族なんだよ。復讐したいらしいから、私が拾っても問題ないでしょう?」


宥めるように猫を撫でている横からシュクリスに言われた母親のような言葉をたった二音の言葉で拒否して、もふもふとした毛皮を堪能しながら、そっと猫に魔力を流して行く。


「まだ人にならないでね、危ないから」


吸血鬼の少年が、猫のままでも流し込まれて耐えられる最大量の魔力量まで私の魔力を少年に流し込み、浸透させて行く。

眷属にするには魔力を込めて名付けをしなければいけないが、準眷属にするだけなら魔力を流し込んで浸透させ、調和性を高めればそれで良いから比較的必要魔力量が少なくて手軽だ。

その代わり、準眷属化は急激に魔力を流し込んで進化させると暴走の危険があるので何度かに分けて進化させてやらないといけないのが手間であまりやる者はいない。

私は今、わざわざフォルフールの事を待ってやらなければいけなくて大変暇を持て余しているので、暇潰しにもなっていいかと思ったのと、単純に眷属達には七つの大罪とリンクさせて名前をつけているので、これ以上増やしたくないのもあって多少手間でも、準眷属化にした。


「レア、聞いてる?その子の事はいいとしても、やっぱりレアは気軽に何かを拾いすぎだよ。いや、僕もそれに救われたから強くはいえないけど、女の子ならともかく男を軽く拾うのは本当に危ないからやめておいた方が……いや、レアの場合女の子でも危ないから…………」


「シャーッ‼︎」


「シュクリス様、わかります……‼︎」


最初の方は私に向かって言ってたのに、段々ブツブツと私では聞き取れない声で気軽に何かを拾ってくる危険性について独り言を話し、猫の状態のままの吸血鬼の少年にすら警戒されるシュクリスと、彼の話を聞いて、コクコクと首が折れそうなくらいに頷いているアラゾニアも一緒にここから追い出さないと私の楽しい生活は脅かされるかもしれない…… アフィスティアとオリギーに止められるまでの数分、私は本気で彼らを神域から締め出すべきかもしれないと悩む事になった。



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