第21話 鬼神シュクリス

「随分暗い……何かあったの?」


「いや〜……アイツ、レンが死んでからずっとこんなのの中で引きこもりみたいになってんだよ」


地下牢のように光の入らない世界。

ジメジメとした洞窟の中、私はシュクリスの所に行く為にトゥレラに抱かれていた。


私が神に戻った翌日。

私が死ぬ前のシュクリスであれば情報を掴んで会いに来たであろう時間なのに、何も無かった理由がやっとわかった。


「……成ったばかりのシュクリスみたいだね」


神に成った時のシュクリスも、こんな風に自分の世界(物理)に閉じこもっていた。


「あん時より酷えよ。支えが急になくなったわけだからな」


洞窟の奥まで進むと、大きな岩の上で座禅を組んで瞑想をしているシュクリスがいた。私はそこでやっとトゥレラに下ろしてもらえ、久しぶりに地面に立ってシュクリスを見ると、暗い中でも最期に見た時と変わらない短く切ったオールバックの藤の花のような柔らかい紫の髪と、その頭の左右に覗く二本の白銀色をしたツノが見えて、一気に記憶が蘇る。閉じているまぶたの奥にあるのは、スモーキークォーツのように黒みを帯びた茶色の光を含んだ瞳だろう。


「トゥレラさん、久しぶりだね。……百年ぶりくらい?」


ああ、ほら、やっぱりだ。

……前より少し、瞳は暗いだろうか?


「バカ、正確には六十七年だ」


「そうなの?ここにいると、どうにも時の流れが早く感じら……トゥレラさん、僕ついに幻覚が見えるようになったみたい。レアが見えるよ」


岩から優雅な身のこなしで降り、深い水底に沈んだような瞳で極めてつまらなそうにトゥレラを見て話していたシュクリスが、視線を流した先で私を見て信じられないというように呟いた。


「幻覚じゃないよ、シュクリス。何年振りになるのかな?久しぶり」


よろよろと近づいてくるシュクリスに、手をひらひらと振りながら目を逸らす。

まさか私がいないだけで、彼がこんなにも狂うなんて思ってもいなかった。

私が侵した下らない油断が、この状況を作ってしまったのだ。


自己嫌悪に陥っている私を、シュクリスは力強く抱きしめた。

細身ながらもよく鍛え上げられた体は健康的な青年そのもので、幼女になっている私は簡単に彼の腕の中に収まってしまう。


「レア…………レア‼︎このジャスミンの甘い香り、本当にレアだ……やっと会えた」


トゥレラのシナモンのような香りとは違う、ムスクのような仄かに甘い香りがする彼は、私の香りをジャスミンのような甘い香りと形容する事が多かった。


こんな些細な事にすら懐かしさを感じ、つうと彼の頬を滑る涙を拭い取る。


「待たせてごめん。……ただいま、シュクリス」


「うん、うん……‼︎おかえり、クレアーレン。レアともう一度会える日を、心待ちにしていたよ」


トゥレラと私と同じ、異端の神。

かつて私達兄妹と共に長い長い日々を過ごした私の親友との再会は、暗い洞窟の世界の中、三柱の神を見守る大岩の前で静かに行われた。







「シュクリス、そろそろレンを離せ」


「嫌だ。トゥレラさんは、今までレアを抱いてたんだから、今は僕に譲るべきです」


譲るべきって何だよ。早く下ろせ。


「……なるほど」


トゥレラも納得すんなよ‼︎

何で私が心の中でこんなに必死に叫ばないといけないのかというと、原因は全部シュクリスにあった。

シュクリスが閉じこもっていた世界は地下牢を思い出してしまってどうしても長くはいられなかった為、三人で私の世界に移動して話の続きをしようとなったのは良いものの、その道中の移動をシュクリスが私の事を抱いて歩くと譲らないのだ。

昔から若干スキンシップが過多な傾向はあったが、私が一度死んだからなのか幼女化していたからなのかその傾向が随分酷くなっていた。


「私、自分で歩くから離して」


「それは無理だよ、レア。離れたらまた君がいなくなりそうだもの」


「いなくならないから離して‼︎」


「許可出来ないなあ」


「シュクリスの許可などいらんし⁉︎はーーーーー‼︎なーーーーー‼︎せーーーーーよっ‼︎

いい加減にしてっ‼︎」


「まあまあ、こっちの方がスムーズだし許してよ。ね?レアはただでさえ羽根のように軽いのに、腕の中からいなくなられたら不安で不安でおかしくなりそうだよ……」


何が、ね?だ‼︎

幼女相手に耳元で囁くとかいう高等技術を使って色気を出すな‼︎

そして可笑しくなりそうとか、ただの鬼から鬼神に成ったシュクリスが言うと本当にシャレになんないから辞めて⁉︎


元々、シュクリスは鬼族の青年だった。

バエルさん達が生きていた世界、通称「箱庭」が創られる何万年も前。


鬼族と人族が共存していた世界だったにも関わらず、ある日その世界を管理していたフォルフールとは別の女神が、鬼族の暮らしを妬んで祈った人々の願いを叶えて勇者を召喚して鬼族を壊滅状態にしてしまった。鬼族の頭領の息子だったシュクリスは見目がよかった為に妹と共に人に捕えられて生かされたが、目の前で妹が人に乱暴された末に殺された事で神と人を恨んだ。


その恨みの力が彼を鬼神という上位の存在へと引き上げ、私という復讐の裁定者をんだのだ。

私はトゥレラと共に彼の復讐を支援し、復讐が終わった彼が神として天界に来てからも、同じ異端の神であり親友として長く一緒にいた。


だから、彼が私やトゥレラと同じように、何かあったら簡単に「おかしくなる」性質であるという事はよく知っていた。


でも、それでも……。


「そんな事知らない‼︎私は、自分で、歩くの‼︎」


昨日はトゥレラと眷属達にずっと抱いて移動されたし、今はシュクリスが下ろしてくれない。これ以上抱かれての移動を続けたら、足が退化してしまいそうだ。

……神だから退化はしないけどさあ⁉︎


私の言葉にふんわりと笑みを浮かべたシュクリスは、もう一度口を開いた。


「だーめ」


何でだよおおおおおおおおおお⁉︎


結局、私は自分の神域に入っても尚、シュクリスに抱えられる事になってしまった。よく鍛えられたシュクリスの体は絶妙に抱かれ心地が良く、途中で寝てしまったのは大変遺憾でありますね。ハイ。

好きで寝た訳じゃないんデスッ‼︎……なのでオリギーさん、そんな残念な子を見る目で見ないでもらえますかね?

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