第20話 七の眷属
神であった事を忘れて人間になった
三柱いる信仰にとらわれない異端の神。その一柱であるクレアーレンは神の住む世界である天界とは別に、自身の領域を持っている。
上位の神が創り出す唯一無二の世界であり、フォルフールのような下位の神では短時間の展開しか出来ない、神域と呼ばれる世界だ。
色々な色の花が咲いている見渡す限り広がった草原と、その横をサラサラと流れる綺麗な川、ポカポカと暖かい光を届ける太陽。
煮えたぎるような怒りとはあまりにかけ離れた平和な世界。
自身の神域の真ん中、私はトゥレラに抱かれていた。
……わかってた。魔人の時と身長とかの体格が変わっていないからわかってたけど‼︎
「どうした?早く呼べばいい」
いや、眷属達にこんな威厳のない姿は晒したくないのだけれど……。
「ちなみに俺は離さないから、諦めないと呼べないが?それに、すでにアイツらにもバレてるから無意味な抵抗はやめた方がいい」
「チッ……」
私の抗議をもろともせずに、飄々と召喚を促す兄に舌打ちを返しながらも仕方なしにこの状態のまま、いまだに眷属として私に仕えている七の眷属達に呼びかける。
「大罪を司る者達よ、王の呼びかけに応えよ。
黒、金、藍、蒼、翠、紅、白。
私の声と共に七つの光によって魔法陣が描かれ、大きさも形も様々な影が現れる。
「レン様……一の眷属、始祖鳥アラゾニア。御前に」
何が「私はただのカラスです」だ。
私を騙していたのにも関わらず、気まずげにするそぶりすら見せずに私に呼び出された感動に目を潤ませる漆黒の髪とトゥレラと同じルビーの目を持った美青年に、思わず呆れの目を向けてしまう。
化けて人の姿をとっていない時の本来の姿は、日本では
カラスなど彼の足元にも及ばない、神の一柱に数えられる事もあった傲慢の名を冠する青年が私の前で片膝をついて
「
輝く金の髪を後ろで緩く三つ編みにした美女はエメラルドの瞳を伏せ、九つの尾を揺らしながら青年の隣に同じく跪く。
感情を見せることの少ない彼女の声が震えている事が、この数百年の彼女の心労を表していた。
『主人‼︎やっと呼んでくれた‼︎三の眷属、獣の王フェンリルの始祖ジロソニア。来たよ‼︎』
藍色の毛並みをなびかせ、尾を激しく左右に振る狼が琥珀色の瞳で私を見上げる。
アフィスティアに言われてやっと人の形をとって跪いた「獣を統べる神獣」と呼ばれるフェンリルの始祖は、気が遠くなるような時を経ても変わらず少年のようだった。
「嗚呼……四の眷属、冥界の主人である死王オリギー。貴方様にもう一度お目にかかれ、万感の思いです」
大きな鎌を肩にかけて跪いたのは、薄い青色の髪を黒いローブのフードで覆い、その影でガーネットのような瞳を細める体の大きな壮年の男性。
死者の行く世界である冥界の頂点に立つ冷酷な男は、仕事中のそんな面をチラリとも見せずに優しげな笑みを浮かべていた。
「お帰りなさいませ、クレアーレン様。五の眷属、妖精女王ラグニア。御前に」
翡翠の髪を肩上で切り揃え、アクアマリンのような透明感のある水色の瞳で真っ直ぐと前を見つめる誇り高き自然の女王は、優雅な動きで跪いた。
体の大きなオリギーと、小柄な少女のようなラグニアが並ぶと親子のように見える。
「六の眷属、最古の竜ヤーマルギーア。クレア様、お戻りになられて大変嬉しく思います」
赤く燃えるような鱗が見事な竜は、同じく燃えるような赤い髪を後ろに流したピンクダイアモンドのような柔らかな瞳の女性となって跪いた。
その力強さと優しさ、そして気品が感じられる所作はまさしく全ての竜の母だった。
「七の眷属、影の国を統べる
白に黒い縞模様の入ったホワイトタイガーは、現れた次の瞬間にはグレームーンストーンのような瞳と白と黒のグラデーションの長い髪を細い三つ編みにしてまとめた青年の姿になって跪いていた。
名前の通り、いるだけで吹雪を起こすような天候操作をする種族の末裔の青年は、私と契約をした時に影を操る力を手に入れた為、変化の速さが尋常ではない。
この驚きが、ひどく懐かしく感じた。
『以上七の眷属、再び魔神クレアーレン様に永遠の忠誠を』
アラゾニアが代表して発した言葉と共に、皆が一斉に更に深く頭を下げた。
「……みんな、ありがとう」
忠誠もそうだけど、主に私のこの状況に深く突っ込まないでくれて。
「よかったな‼︎」
良かったけど良くない‼︎
私がこんなに眷属を召喚するのに心を動かさないといけなくなったのは、トゥレラのせいなんだけど⁉︎
ハア……もうトゥレラは放っておこう。
「みんなに、今から私が人間として生きてた時の記憶を見せる」
七人の返事を待たずに【記録の神】を眷属達とついでにトゥレラにも発動。
私が黒咲蓮として生まれてから、クレアーレンの記憶を取り戻すまでの十六年と少しの記憶を見せた。
【記録の神】は、自身の知る情報を自分以外に【記録】する。
つまり、未来も過去も、全てを見通す目である【神眼】で私が見たものや、私の知っている情報を他の人とも共有できる。
今は、私の今までの記憶を眷属とトゥレラに記録したので、彼らは今早送りのようにして私の記憶を見ているのだ。
私を抱きしめるトゥレラの腕の力が段々と強くなるのを感じて、トゥレラにも見せたのは失敗だったかなと思いつつみんなが記憶を見終わるのを待つ。
泣いたり、力一杯手を握りしめたり、唇を噛んだりした眷属達に一人一回抱きしめられたのは釈然としないが、アイツらに復讐する事を反対されることはなさそうで安心した。
「私は今、怒ってる。だから、勇者と呼ばれてる侵略者どもにも、その支援者の女神にも、女神を助ける最高神にも、地獄を見せる。これは決定事項。でも、やりたくないなら協力しなくてもいい。どうする?」
「クレアーレン様は、我々の忠誠をお疑いになられるので?」
もう一度トゥレラの腕の中に戻された状態で、無理強いは良くないと思ったから確認したのに、なぜか眷属のみんなからめちゃくちゃ怒られた。……何で?
納得のいかない説教にブスッとしていると、やっと怒りが落ち着いた様子のトゥレラがみんなを宥めて、何かを思い出したというように話し出す。
なんでみんなは忠誠を誓った私よりもトゥレラの言うことの方が聞くの?
拗ねるよ?
「レン、シュクリスにもその話は伝えた方がいい。それも出来るだけ早く」
シュクリス?何で今彼が出てくるのか不思議に思う。
確かに親友だけど、他人の復讐なんか話されても困らない?
「ダメですよ‼︎絶対に先に伝えておかないと、後で後悔すると思います」
「絶対に‼︎行くべきですよ‼︎」
別にいいでしょ、と言った私は再び眷属達に囲まれて説得される羽目になり、結局「遅くても明日にはシュクリスに伝えに行くべきだ‼︎」と全員から力説された末に「わかった。なら最悪、伝えなくてもいいが親友に会いに行って顔を見せるくらいはしたらどうだ?」というトゥレラの言葉で「顔を見せにいくくらいは、しないとかな」と思った私は頷いた。
「会ったら後は、アイツが何とかするだろ」
というトゥレラの言葉と、とその言葉に力強く頷いた眷属達の動きに、数百年ぶりに会う親友について考えていた私は全く気が付かなかったのだ。
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