第15話 アガレスvs女神

時は少しさかのぼり、ウィサゴとロクトが勇者達と戦闘を始める前。


パチンッ。


指を鳴らしたその瞬間を起点として空間を断絶。

女神と勇者達を切り離したアガレスは、暗黒微笑と言われた笑みを貼り付けて女神と対峙していた。


「初めまして、女神フォルフール様。私は魔国の宰相を務めている者です」


『……どうも』


役職だけを名乗り、自身の名は名乗らない私に女神は声を低くして応じた。

名を名乗るというのは相手に敬意を示す事。

つまり、それをしないという事は私は女神の事を遠回しに、『尊敬する価値なし』と言っているに等しい。


どうやら私の言いたい事はきちんとわかったようですね。

それにしても、これで機嫌が悪くなるとは……理由もなしに攻め込んで来た者をいくら神とはいえ尊敬できるわけがないのに。


私は内心そう呟きながらも、スキル【武器生成】によって作った薙刀を構えて戦闘態勢を整える。

ウィサゴが決戦場所に選んだ広間ダンス・ホールに似せて作ったこの黒い空間は、私の魔力で構築された私の支配下にある世界なので、私でも女神と戦うことは出来るだろう。


少しでも死亡確率を下げる為にこの空間の構築は必要だったが、魔力をごっそりと削られた事でしばらくは魔法の使用は控えなければならない。

つまり、私は神という圧倒的上位者と魔法なしのスキルと武術のみで戦わなければならないという事になる。


「私としては別に、魔力が回復するまでの間こうしてお喋りに興じていても良いのですが……」


『降り注げ。【聖光魔法・聖なる雨ホーリー・レイン】』


女神の魔法によって生み出された光の雨を避ける。

やはり、そう簡単にはいきませんか。


生憎あいにくそうもいかないようですね。……まあ、始めましょうか」


ウィサゴとロクトが勇者達を殺すまで、女神の足止めといきましょう。







『ちょこまかと……貫け‼︎【聖光魔法・聖なる槍ホーリー・ランス】』


「遅いですね。スキル【冥王の盾】」


何十もの光の槍を走り、飛ぶ事で回避していく。

避けられないものは私の体の周りに展開したいくつもの盾により、弾かれて消える。


「シッ‼︎」


『残念。狙いが甘いんじゃないかしら?』


「そうでもないですよ」


『は?……なっ⁉︎』


薙刀で弾いて向きを変え、蹴り返した光の槍が女神の上空、吊るされたシャンデリアの留め具に真っ直ぐと飛んだ。


「落ちなさい」


ガッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン‼︎


地響きのような音と共に落ちたシャンデリア。


「……ダメージはなし、ですか」


『当たり前よ。……あんた攻撃手段がいちいち回りくどいわ。性格最悪ね、仕事仲間に嫌われてるでしょ?』


「失礼な。可愛い部下と素晴らしい上司に恵まれてますよ」


幼馴染で少しサボりグセはあるものの優秀な上司と、家族が出来た事をきっかけに私と正反対の優しい宰相補佐を目指した結果、愛妻家なのに女の敵と呼ばれるようになってしまった不器用な部下。

一生独り身かと思われた上司に可愛らしく賢い義娘まで出来て、私も親戚のように慕われた。


本当に、恵まれたものですね。


「そんな事より女神様、本性が漏れていますよ」


『あら?何のことかしら?』


そんな日々を壊してくれやがった女神が、世間一般で言われるような素晴らしい存在ではないと思ってはいたが、まさかこれほどまでとは……。

まだ悪魔や吸血鬼の方が可愛らしいだろう。


『それよりも、さっきから逃げてばかりだけど良いのかしら?【聖光魔法・聖なる雨】』


「私の役割はあくまで足止めですので。私一人で神を殺せるとは思っていませんよ」


気休め程度にしかならないが、この空間では神権……つまり女神が神たり得る強大な力は使えないように縛りを作ってある。


私がすべきは、可愛い部下達の復讐が終わるまで女神をこの空間から出さない為に、女神にこの空間を壊す力を使う隙を与えず、ある程度私の事を脅威であると認識させながら、女神の攻撃を躱し続けて生きる事。私が死ねばこの空間は持ち主不在となり壊れてしまう為、私は絶対に死んではいけない。


人間には闇魔法が害になり、光魔法は祝福となるが、魔族にとっては逆になる。

光魔法は悪魔である私にとって、かするだけで体が抉られる致命傷になりかねない。


飛び、走り、弾き、逃げ回る。


光の矢に対して端の方にある長机を蹴り上げて盾にし、通る時に薙刀で割った窓の破片をスキル【念力】で女神に飛ばして魔法の発動を妨害する。


『いい加減諦めたらどうなの?』


魔法を使えない。

その縛りは悪魔ながら魔法を得意とする私にとっては、なかなか厳しい縛りだ。


「いえいえ。貴方こそ勇者から手を引いては?そうすれば私も、ハア……貴方から手を引けるのですが……ケホッ」


『そう、なら交渉決裂ね。死になさい』


ウィサゴにあちらから一方通行の連絡手段を持たせているので、連絡が来るまでは神とのタイマンというこの前代未聞の挑戦を続けないといけない。


一秒が一分に感じられ、一分が一時間にも感じられる。

まだか?まだ……もう少し、あと少し経てば……。


「クッ……」


『やっと当たったわ……さて、まだ逃げるのかしら?』


「……もちろん。まだ私は死んでいませんからね」


抉れた左の二の腕を止血し、再度動き始める。

薙刀を片手で扱える短刀に持ち替え、スキル【身体強化Lv.9】をもう一度重ねてかける事で片手が不自由な分を補う。


「カハッ……グゥ……」


『大分当たるようになってきたわね。その余裕の笑みも、いつまで保つかしら?』


腕、手、肩、足、脇腹……光が掠るたびに抉られて動きが鈍くなってしまう。

攻撃を受ける度に次の攻撃を避けることが難しくなっていき、余裕は無くなる。

普段オールバックにしている髪が汗で乱れ、貼り付けた笑みが上がる息で保てなくなった。


「ハア……ケホッ、ハ、ハア……マズッ」


『貫け。【聖光魔法・聖なる槍】』


「‼︎ハッ……」


動きが鈍くなり、胸元の懐中時計が鎖を切られた事で転がった音に気を取られてしまったところで光の槍に腹を貫かれた。


目の前が黒く染まり、私はふらふらと二、三歩歩いた所で壁に背をもたれて座り込んだ。








『ふふふっ、無様ね。最初の余裕がすっかり無くなっちゃって……最後に言い残す事は?』


重要な臓器が消し飛んだ私は、もう死が確定していた。

見上げれば、無駄な抵抗を示した虫を見るような目を隠しきれていない女神が、あたかも慈悲を与えるかのような態度で私を見下している。


「……魔王バエル様は、私の幼馴染です。バエル様の両親が早くに死んでしまった事もあって、ハァ、兄弟のように育てられました。……私の方が、五年ほど年上なので、バエル様の事は、ケホッ、弟のように思っています」


『……何が言いたいの?』


語り出した私に怪訝な目を向ける女神だったが、殺そうとする素振りがない事に安堵した。


「女性嫌いで、私の暗黒微笑すらも利用して、女性を避けていた、その、弟が最近、女の子を連れて来て、娘のように、可愛がっているんです。二人とも幸せそうで、側から見ていると、本当に家族みたいなんですよ」


『バエルさん‼︎』


『レン、嬉しそうだな‼︎どうしたんだ?』


髪や瞳の色が違っても、仕草が似通った二人。

レンさんは表情が変わらないけれど、それでも二人とも楽しんでいる事がわかる。

二人がお互いを大事に思っている事も。


「この国は、私や、バエル様が大切に思って、守ってきた、国です。その国を、壊して、民を、殺して、そし、て……その二人の、時間すらも、邪魔したお前らを、私は永遠に、呪い続ける」


『ふーん、そう。もう終わり?……貴方がせめて死後に救われますように。【聖光魔法・聖なる炎ホーリー・フレイム】』


思ったよりも聞いてくれて良かった。


女神の手から放たれた白い浄化の炎が体に届くよりも早く、私は魔法を温存した事で回復した魔力を使って、一つの魔法を完成させた。


今回私の力が及ばず、ウィサゴ達が勇者達を殺し終わるまでに私が女神に敗れた場合には、女神に少しでも傷を負わせてから死のうと決めていたのだ。


せめて、私以外の者が生き残り、レンさんと共に未来を生きられるように。


「私と共に、逝って下さい。……ユニークスキル【破壊スル者】」


空間が掻き消える寸前。白い光が辺りを照らし……赤く爆ぜた。







『フハッ‼︎馬鹿、ねえ。ケホッ、私を巻き込んで自爆するなんて。気付くのが少し遅くなったけれど、当然私は貴方が死んで空間の縛りが消えた瞬間に神権で結界を張ったから、ダメージなんてないわよ』


アガレスが作った空間が、炎と共に掻き消えたと同時に現れた女神は一人、廊下で咳き込みながら笑った。


『まったく、神である私と一人で戦おうなんて、最初から最後まで馬鹿だったわね。……まあいいわ、そんな事よりも早く勇者達を助けないと。そうすれば、あとはアイツの味方は魔王だけ。ふふっ、まずは……回復の子の邪魔をしている吸血鬼からね』


自身の持つ亜空間からレイピアを取り出した女神は静かに標的を定めながら、宿敵の絶望した顔を思い浮かべて妖艶に微笑んだ。

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