第14話 ロクトとウィサゴvs勇者達

城の屋根の上。

昇り始めた下弦の月の光に照らされた三つの影が静かに、だが確かな決意を含んだ目で城に近づく影を見下ろしていた。


「僕らの王と愛し子の時間を邪魔するとは……何と無粋な」


「さあて、俺の大切なものを奪っていった奴らに、その罪を思い知らせてやろう」


「女神の足止めは任せなさい」


「「はい。では、打ち合わせ通りに」」


影が城の門を潜ったところで三つの影は、己が役割を果たすために消える。

ギイイイイイと音を立てて閉まった門が壁のように、対立する二つの影を隔てた。







「敵の本拠地だ。油断しないようにして、【索敵】のスキルを持つ人はレベルに関わらず発動して警戒するように」


キイ……タタタタッ。


「ヒィッ⁉︎」


「キャッ‼︎……先生、驚かせないで下さいよぉ」


「わ、悪かった。何かが動いた気がして……」


「索敵に何も引っかかってないんで、大丈夫っすよ」


「そうか、本当にすまんかった。にしても、気味悪いったらありゃしねえな」


『みなさん、アンデットは大丈夫だったのに何が怖いんですか?』


「女神様、私達にとってアンデットの怖さと廃墟の怖さはまた別なんですよ」


自分達が侵略している国の本拠地を襲撃している最中だというのに、緊張感なく話す連中に俺は思わず剣を持つ手をきつく握り締めた。


もう少し、もう少しだ。もう少しでアガレス様が……パチンッ。


「な、何だ?」


「女神様⁉︎」


ああ、始まった。アガレス様の指を弾く音に合わせて発動した魔法によって、勇者達と女神が分断される。


「みんな固まれ‼︎前衛は背中合わせになって江原さん達を守れ‼︎」


あんなに余裕そうにしていた勇者達が、女神がいなくなった途端に慌てふためく姿は笑いものだ。所詮人間。女神の授けた神器にさえ気をつければ、勇者といえど大した事ない。


「ウィサゴ、前衛は任せましたよ?」


「ロクトも。サポートは任せた」


「もちろん。では、行ってらっしゃい。……存分に復讐を」


ぽつりとロクトが付け足した声に気が付かなかったフリをして、俺は勇者の影から飛び出した。


シャンッ。


不意打ち。

首の骨の隙間を狙って入れた一振りの斬撃は、四人の勇者の首を落とした。


「い、いやあああああああ‼︎菅くんが‼︎雨原さんが‼︎」


「さ、笹原?」


「原田⁉︎」


……随分と呆気ない。


「やあ、少年少女諸君。今夜は残念ながら満月ではないが……綺麗な月だな」


「誰だ⁉︎」


勇者を待っていた広間ダンス・ホールに、紅く濡れた大剣を手にした俺は降り立つ。

この場所は、俺と彼女の出会いの場所だった。

敵討ちをするなら、この場所でと決めていたんだ。


「誰だとは、可笑しな事を言う。俺は魔国の宰相補佐と軍の総帥を務める悪魔だ。

わかりやすく言えば、お前らの敵だな。……今までのどんな敵よりも強い」


月夜に紅い血は映える。


俺はそんな事を頭の隅で考えながらいつもの優しげな笑みを消し、妻と息子が出来てからは封印していた、悪魔の本性である残虐な笑みを顔に浮かべる。


スキル【身体強化Lv.10】を発動。魔法【火焔魔法Lv.10】と【氷水魔法Lv.8】を大剣に付与。


「来るぞ⁉︎備えろォ‼︎」


「アモン、ゼパル……待っていてくれ。今、お前達を殺した奴らを送るから」


誰にも届かぬ声で呟き、カチャリと音を鳴らして剣を構えた少年に向かって大剣を構え直した。


「魔国に手を出した愚かな勇者どもよ。さあ、戦いを始めよう」







「……楽しそうですね」


闇に潜んで戦いを見守っている僕は、口の端を吊り上げながら少年と斬り合いをしている同期を見て思わず呟いた。


スキル【呪詛】を回復職の少女に付与。スキル【毒化】を弓使いの少年に付与。


着々と状態異常系のスキルで勇者達の戦力を削ぎ落としていきながらも、いつもに増して感情がたかぶっている様子の同期に不安がよぎる。


僕が駆けつけた時には既に彼の奥方と息子は息絶えていた。

翼をむしり取られ、手足を切り落とされた状態で。

精神汚染すら施されて二人は死んでいた。


バルバトスの下でバエル様の直属の部隊の一員として働くことになった自慢の息子だと、以前飲みに行った時に聞いたことがある。

奥方は軍に所属する女傑で、若い頃荒んでいた彼が変わるきっかけになった方でもあるらしい。可愛くて仕方がないと何度も何度も惚気のろけを聞かされた。


そんな二人が死んだのは、女神が神託を下すほんの少し前だった。

人間の街近くの村が焼けたという報告の調査に行った時に、隠密行動をしていた勇者達に村の子供を人質に取られて殺されたのだ。


それからは、現実を直視するのを拒絶するように仕事にのめり込んでいた。

寝食も碌に摂らないから、アガレス様がレンちゃんに頼んで強制的に休ませたのは記憶に新しい。


彼は、この復讐を終えたらどうするつもりなのだろう?


「ああ、回復なんてさせませんよ。はい、スキル【魔力制御阻害】を付与」


まあ、終わったあとのことは終わってから考えればいい。

変わり者と遠巻きにされていた僕の親友になってくれたウィサゴの大事な人を殺し、僕の研究を支援してくれていたアガレス様の仕事を増やし、何より僕の大事な大事なレンちゃんを苦しめ、悲しませた奴らを一人残らず殺してから。


即死できた奴らは幸運だろう。

「夜の王」とすら呼ばれる魔族、吸血鬼が極めた【毒化】や【呪詛】などの【状態異常】スキルの恐ろしさを知らずに逝けるのだから。


「ふふっ。もっと苦しめ」


スキル【状態異常・高】を勇者全員に向かって発『させないわ』


「カフッ……め、がみ⁉︎」


背中から胸に突き出た刃先を見下ろし、後ろを振り返れば女神が立っていた。


アガレス様は、どうした?

それよりも、まずい。

女神がいたら、勇者達が……僕たち魔族の、回復も……。


『せめて、貴方の魂が救われますように。哀れな魂に救済を……神権【慈愛の神】』


ああ、クソ……ウィサゴ、ごめん。

サポートは任せろと言ったのに……。


レンちゃん。

会った事のない見ず知らずの村人が死んだ事を知って泣くような優しい君は、僕が死んだら泣いてしまうだろうか。

でも、僕はもう君の涙を拭えない。どれだけ君が泣いても、僕は君に触れられない。


だから。お願い。

僕なんかの為に、泣かないで下さいね。







「そんなもんか?勇者様よぉ‼︎」


「くぅ……」


サポート役の勇者はロクトが【状態異常】のスキルで無力化してくれている。

長距離攻撃の手段を持つ者もだ。


俺はただ、動けず項垂うなだれた勇者達にトドメを刺し、神器にだけは注意を払いながら大剣、短剣、双剣、槍、斧、ハンマー、モーニングスターなど、さまざまな武器神器を持った勇者達を殺せばいいだけだ。


女神がおらず、サポート役の勇者がいなければ攻撃をしてくる人間達を無力化するのは簡単だった。


長剣を持ったリーダー格の少年以外は全て気絶しているか、死んでいるか、もがき苦しんでいるか。戦える状態ではない。


粘っているこの少年も、そろそろ限界を迎えるだろう。


「……なあ、何故魔国に攻めて来た?俺らはただ平和に暮らしていただけなのに」


あまりにも簡単に終わってしまいそうな復讐。みなごろしにしてしまう前に、せめて理由を聞きたかった。


何故、俺の部下達は殺されなければならなかったのか。

……何故、俺の最愛達はあんなに無惨な死に方をしなければならなかったのか。


「理由?俺ら人間の暮らしを守る為だ‼︎残虐非道な魔王が支配する国など滅ぼさなければいけないだろう?俺らはその為に勇者として女神様に力を授けられたのだから」


「……ああ、そうか。もういい、わかった」


こいつらの中で、「魔王」とはそれすなわち「悪」なのだ。

そして、「勇者」である自分達は「善」。その価値観を盲信的に信じている。


魔王がもしかしたらいい人かも、自分達を召喚した国の人間や女神が嘘をついているかも、とは微塵も考えない。


その方が、自分に都合が良いから。


「それじゃあな。死ね」


『ウィサゴ、ごめん』


予想の何億倍もくだらない理由を聞いて、心底失望した俺が剣を振り上げたところで、唐突に念話で聞こえたロクトの声に思わず剣を下げて、ロクトが吸血鬼特有の魔法【影繰かげぐり】を使って隠れているはずのテラスを見上げる。


そこには、女神に胸を貫かれて崩れ落ちたロクトの姿が見えた。


「ロクト⁉︎……なんで女神が」「みんな、女神様と合流出来た‼︎今のうちだ‼︎」


種族が違うながらも同期であり親友でもある男の死を悲しむ間もなく、ロクトのスキルが切れて動けるようになったり、女神の力によって蘇生したりした勇者達が四方八方から押しかけて来る。


「クソがっ‼︎」


スキル【身体強化】を重ねがけして紙一重で攻撃を躱す。


女神を足止めしていたアガレス様は生きているのか?


「ハアァァァァァァ‼︎」


「オラァッ‼︎」


「チッ」


まずい。こんな事を考えている暇は無い。

女神の支援によって強化した勇者達の攻撃を避けきれず、どんどんと傷は増えていくばかりだ。


『神権【正義の神】』


「なっ⁉︎」


それでも何とか攻撃を捌き、後ろにいた回復役の勇者だけでも道連れにしようとした俺を女神が出した鎖が拘束する。


魔法で燃やしても、凍らしても、切っても何重にも巻き付いてくる鎖は外れない。


「ヤァァァァァァァァ‼︎」


迫り来る少年の長剣を見て、俺は自身の終わりを悟った。


ああ、もう終わりか。

こんなところで、終わるのか。


ごめん。

俺はアモンとゼパルの敵討ちを、果たせなかった。


せめてバエル様の負担を減らそうと、レンちゃんとバエル様が再会出来る確率を高めようと思ったけど、それすらも出来なかった。


アモン、ゼパル。

不甲斐ない夫を、父を、許してくれ。


ザンッ。という音と共に、俺の命は消えた。









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