第13話 幸せになれ

「……いつまで一緒にいられるだろうな」


絶対に起きないように眠りの魔法をかけたレンの頬をなぞりながら俺は一人呟いた。


レンの腕の中で輝く一対の赤いきらめきだけが、虚空に消えたその呟きが確かに存在した事を知り得た。


『私は女神フォルフール。この世界の人々よ、聞きなさい。誇り高き勇者達に今までの働きを讃え、この神託と再度私の加護を授けます。その力を使い、私と共に世界を守る為に残虐非道な魔王を倒し、この聖戦を終わらせましょう』


唐突な女神の宣託からたった三日間。

今まで牛歩の歩みだった勇者どもが、女神の手を借りた事で急速に力を伸ばして俺達に迫りつつある。


魔国にある魔族の村や都市は根こそぎ焼かれ、本来なら人間など小指ほどの脅威にもなり得ない強さを誇る魔国の将軍達も次々と敗れた。

襲われた村々に出向いたロクトによるとまだ幼い子供達、赤子すらも一人残さず殺されていたそうだ。今の所、襲われた場所での生存者はゼロ。壊滅だった。


魔国を隅から隅まで燃やした勇者どもは今、この城に向かっている。

明日には城が戦場へと変わるだろう。

そしてそれが、どちらが勝つ事になってもこの戦いの終わりになる。


せめてその光景をレンが見て悲しむ事がないように、レンにはアガレスに頼んで今日のこの夜の眠りからこの戦いに決着がつくまでの間、衰弱しない為に仮死状態で眠りにつくように魔法をかけてある。


この三日間、勇者どもに対する足止め程度にしかならない対応に追われ、決戦前にレンときちんと話す時間すら取れなかった。もしかしたら最後になるかもしれなかったのに。いや、これはそうならないように死ぬ気で生きろという邪神トゥレラ様からの遠回しな激励だろうか、などと重い空気を避けるように出来るだけ明るく考える。


魔国に来てから「今日はこんなことを学んだ」「今日はこれが楽しかった」「この人にこんな事をしてもらった」と楽しげに報告をしていたレンの表情も近頃はだんだんと曇り、【見通ス者】のスキルで戦場を見てしまってからは夜寝ている時にうなされ、泣いて起きる事が増えた。


「幸い、邪神様も始祖鳥様もレンの味方だ。レンが死ぬ事はない」


……死にたいと願うほどに苦しめられる事も、二度とないだろう。

例え、俺という保護者がいなくなっても。いつかは笑えるようになるはずだ。


始祖鳥様いわく俺やアガレス、ウィサゴ、ロクトの数人であれば勇者どもから逃げられるらしいが、国民達が命を落とした中、国を預かる立場である俺達だけが逃げ、幸せになる事など出来るはずもなかった。そんな事をしたら、自分達を許せない。

せめて敵討ちくらいはしないと、皆に合わせる顔がなくなってしまう。


「始祖鳥様」


『任せろ、レン様の事は死んでも守ってやる。神にだって危害など加えさせん。……お前が死んだらレン様は泣くだろうから、死ぬなよ』


「……わかりました」


お互いに難しいとわかっていてもそう声をかけ、そう答えない事など出来なかった。

たった一人を、悲しませない為に。


『バエルさん‼︎』


愛おしい我が義娘。

いくら歴代最強の魔王といえど、女神に勝てる可能性は低いと思わざるを得ない。


もしかしたら、置いて逝く事になってしまうかもしれない。

そんな事がないように。また笑って抱き上げてやれるように。


レンと生きる未来の為に、俺は神殺しすらやってみせる。


だからどうか、どんな結末になっても。

レン、お前は幸せになれ。

俺はただ、それだけを願う。

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