第16話 魔王vs女神と勇者達 壱

「よっっっっしゃああああああ‼︎」


「倒した……倒したよお……」


「生き、てる……」


「あれ……?俺、死んだはず……」


『合流が遅くなってしまってすみませんでした。しばらく結界を張りますから、朝までゆっくり休んで下さい。休んで回復したら、魔王に挑みましょう』


「はい。それにしても、まさか最後に残った魔王軍の魔族がこんなに強いとは……」


『私も、少し予想外でした。守りなさい、【聖光魔法・除夜の帳アルバ・ベール】』


女神様の加護が人間ではあり得ないと言われるほどに強く付いている事で女神様から授けられた神器が壊れない限りは死なないようになったとはいえ、自分が一度死んだ事に茫然となっている奴も多い。


散々破壊され尽くした広間に張られた銀の光の幕の中、四十人と一柱の神は朝になるまで束の間の休息を取り、先程まで戦った彼らよりもはるかに強いであろう魔王との戦いに備える事にした。


「不愉快だ……とても。俺はレンと静かに話していたというのに、お前らは何だってそんな時に来やがった。朝になるまで待ってりゃ良かったのに、お前らが早く来たせいでレンと満足に話せないまま来なけりゃいけなくなったし、優秀な部下達を一夜で失う事になったしで、こんなに月が綺麗な良い夜だったのに最悪だ。女神の気配が俺の城に蔓延している……ああ、全くもって不愉快極まりないなぁ」


ぶつぶつと何かを呟き、銀の幕が降り切る前に潜り込んだ黒い影がなければ、そうするはずだったのだ。


降りてくる幕を背後に、コツコツという足音を隠しもせずに近寄るその影に向かって一度雲に隠れた月明かりが差し、思わず見惚れてしまうような綺麗なアメジストの瞳が輝く。


月明かりの下でも闇に溶けてしまいそうな夜色の髪に覗く銀のツノと、背に広げられたカラスを思わせる闇色の翼が、その影が自分たちと同じ人間ではない事を示した。


だが、誰一人として動けなかった。

僕はただ杖を握り、馬鹿みたいに突っ立っていることしか出来ない。


影……男が今まで感じた事もない威圧感をまとっていたからだ。


初めて理解した。

これが、上位者が放つ殺気という物なのだと。


『魔王……‼︎』


「どうも、女神サマ。愛しい娘に会わせてくれた事は感謝しますけど、俺の国を荒らしたのはどうにもいただけない……トゥレラ様から『神は地上の争いに力を貸してはならない』と聞いてたんですけどね」

 

『正義をなす為なら、私はどのような罰を受けても良い。何としても、ここでお前を殺して私は人間を守るのよ……‼︎』


「ハア……なら仕方ない。俺の国を荒らしてくれやがったお礼です」


殺す。


ただその意志のみをなんて事ないように静かに告げ、その男は消えた。


その時になって、やっと僕は動けるようになった。


「全員警戒‼︎固まって隙を見せるな‼︎」


広間の中央に背中合わせになって固まり、それぞれ武器を構える。

どこから来る?どこから……


『上です‼︎守れ、【聖光魔法・破邪の盾デーア・シールド】‼︎』


「打ち崩せ。【暗黒魔法・深淵の槍アビーム・ランス】」


上空から刺す幾つもの黒い槍と、女神様の白と金の盾が拮抗する。


「ハアッ‼︎唸れ、【神器・神の槌ゴッド・ハンマー】‼︎」


「威力は確かにすごいが……当たらなければ問題無い」


魔王が空中にいるうちに、と菅が振るったハンマーは当然のように避けられた。

だが、それで良い。


田淵たぶち‼︎」


「わかってる‼︎貫け【神器・重藤弓ゴッド・アロー】」


「守れ【暗黒魔法・闇夜の盾シャドー・シールド】。……お前らも中々にやるじゃあないか」


弓道部のエースだった田淵が与えられた神器は、日本で世界最強と言われていた弓に女神様が加護をつけた代物しろもの

流石に危険だと判断したのか魔王も盾を出して防いだ。


良いぞ、僕らも魔王と戦えている。

横で他のみんなとは少し毛色の違う神器を握りしめる二人に、待機しておいてという合図を送りながら僕はひたすらに魔王と味方の配置を睨み続けた。


戦えない僕なりの、戦い方だ。


「これはお礼だ【暗黒魔法・陰人形シャドー・ドール】。しばらくコイツらと遊んでろ」


「晴宮さん‼︎軽井くん‼︎」


「任せて、長谷部くん。切り裂いて、【神器・妖精の凪フェアリー・カルム】」


「吹き飛ばして。【神器・天人の扇シエロ・ワーユル】」


黒い影が人の形を取ったようなもやを、薙刀高校生の部一位に輝いた事もある小柄な女子が切り裂き、それでも元の形に戻ろうとする影をすらっとした青年が扇を振る事で吹き飛ばす。


その風で影が一箇所にまとまったところを……


「江原さん、お願い‼︎」


「浄化の光を示せ【神器・カドゥケウス】。その光、命を救う光となれ【聖光魔法・聖なる雨】」


聖なる杖で効果を増幅させた魔法で、【聖女】の称号を持つ学級委員長が影を浄化した。学級委員長である千柳くんと江原さんの神器は女神様が作った特別製だ。


その為、二人の称号による力と同じでその神器の持つ力は他の神器とも一線を画すほど強力なものになっている。


そんな力によってぶつけられた【聖光魔法】に影は跡形もなく消滅した。


【暗黒魔法】で作られた影だから、【光魔法】の更に上位魔法である【聖光魔法】には弱いと読んだのだが、やはり合っていたようだ。


「やったね、長谷部くん‼︎」


「うん……まだ気を抜かないでね」


敵を倒したのに、ゲームみたいに喜ぶ事も許されない。

冷静に、冷静にと自分に言い聞かせてもう一度魔王を見据える。


さっきの戦いでは早々に、敵にかけられた【状態異常】でダウンしてしまって役に立てなかった。この戦いでは、絶対に役に立ってみせる。


「ハハハッ‼︎思ったよりも早かったな」


『よそ見をしていて良いのかしら?神権【正義の神】』


「どうせ当たらないからな。とはいえ、女神と勇者を同時に相手にするのは中々難しいのも事実だ。では次は……勇者には俺のペットを相手にしてもらうか。

スキル【テイム】・【召喚】対象【冥夜の番犬・ケルベロス】」


俺の敵を喰らい尽くせ、ケルベロス。


ガルルルルルルルルルルルルルル…………アォーーーーーーーーーーーーーーーン‼︎


女神と殺し合うやりあう魔王が片手間のように僕たちを見ながら口にした言葉と共に現れたのは、地響きのような唸り声と耳を刺すような遠吠えで魔王の言葉に応えた、三つの頭と蛇の尾を持つ地獄の番犬。


「ど、どうする?長谷部……」


「……任せて。みんなの力を使って、絶対に倒して見せる」


ゲームでつちかった戦況把握能力、敵と味方の戦力把握。

それが【軍師】の称号を得た事で強くなった。

戦力にはならない僕だけど、自分のできる事でみんなの役に立ってやる。


僕の決意を嘲笑うように、魔王は女神と向き合ったままその口元を吊り上げていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る