第5話 神々の遊戯
『ロクトお兄さん、これでいい?』
カツッ。コトン。
『はい。とっても良く出来ていますよ。よく出来ましたね』
カツッ。
『バエルさん‼︎』
コトン。カツッ。
『ああ、こっちへおいで』
ダンッ‼︎…………コトン。
「トゥレラ、これはどういう事だ?」
「……んあ?どういう事って?」
「
ああ、これだから老害は嫌なんだ。
当代の魔王の庇護の下で、のびのびと育まれていく白髪の少女。
今までの分を取り返すようによく眠り、よく食べ、よく学び、よく遊ぶ。
それが許される魔族達の中で、これからは多くの愛を手にするであろう少女を映した水鏡を見て怒鳴る老神に、俺は心底うんざりしながら返す。
だが一方で、肩で息をしながら怒りに任せて駒を叩きつける老神の動きにうんざりとした呆れの感情は愉悦に変わり、その感情のまま老神パドレモとは対照的にゆっくりと、もったいぶるように、チェスのコマを進めることで邪神らしく
好奇心とその場の気分によって動く。いつもと全く変わらない俺の行動原理だった。
まあ、あの子を見れて気分が簡単に良くなっている事は否定しないが。
「どうもこうも、ねえ?お前の愛娘チャンが管理不足だったから、俺が手を貸しただけだけど?俺は慈悲深き女神サマに見逃された願いを叶えた。それだけだ」
かつかつと机を叩きながら聞くパドレモが俺の小馬鹿にしたような話し方に更にイライラを募らせるのを見て、いい気味だとつい口元が緩んでしまう。
コトン。
ああ、ほら。
そんなふうに雑に駒を動かしたら、簡単に戦況が崩れてしまうじゃないか、最高神。
こういう遊戯が得意な俺相手に、俺が手加減しているとはいえパドレモにしては随分健闘していると言っても良かった戦況が、たった一手であっという間に俺の勝ちが揺るぎない状況にまで傾いてしまう。
おいおい、俺はお前とお前の愛娘チャンをこんな所で潰したくはないんだ。
あんまり興を削いでくれるなよ?
ワクワクとした気持ちのままパドレモの反応を待っていた俺は、パドレモの反応を見てすぐに目を
「儂は‼︎何故アイツが魔王の下にいるのだと訊いているのだ‼︎」
…………つまらない。不合格だ。パドレモが俺の言葉に返した反応は、俺が予想していたのと一言一句違わぬものだった。予想のつく平凡なものに興味はない。
結局、好奇心や気分などすぐに失われるし変わるものだ。
俺が今まで好奇心を失わずにいられたのはあの子一人だけ。
コイツじゃあ、
折角良かった気分が最悪まで落ち込んだ。
やはり、嫌いな相手と
「それはな、パドレモ。フォルフール……お前の愛娘チャンが俺の出した条件を破ったからだよ。あいつのした事はギリギリ契約の範囲内だったから俺もこの位しか出来なかったけどな。………もういいよな?チェックメイトだし帰るわ。お疲れさん〜」
ちゃんと質問には答えてやってから最後の一手を指し、俺は席を立った。
元々、馬鹿らしい神の遊戯などする気はなかったのだ。
自他共に認める最高神すら凌駕するほどの実力を持つ序列二位の神、邪神トゥレラ。
そんな俺が遊戯に付き合ってやったのは、様子見と暇潰しのためだった。
最高神がまだ愛しの一人娘チャンの肩を持っているのかの様子見と、あの子と会えるまでの暇潰し。
もう少し楽しめるかと思ったが、随分とつまらなかった。
落胆にイライラとしたまま呼び止める最高神の声や、話しかけてくる他の神々の声を全て無視して地上を覗けば、そこには俺の唯一がいる。
それだけで最悪だった気分が満たされていくのを感じた。
気分の上がり下がりが激しいのは、俺が邪神と呼ばれる
覗いた世界の隅々から、珍しくザワザワとした気配を感じ、さらに気分は高揚する。
「クハハッ‼︎あの子の帰還を皆が待っている」
長い長い眠りに着いていた彼らが、あの子の存在を感じ取り、目覚めたのだ。
待ちきれずに、一つの気配があの子の近くまで移動した。
一番あの子に
俺が手出しをしなくても、あいつならあの子に迷惑をかける事はしないだろうし、何かあっても今の魔王ならなんとかするだろう。
うん。神託を降ろすのは、まだ先でいい。今のあの子には休養期間が必要だ。
『バエルさん‼︎』
楽しげに、嬉しさを声に乗せて魔王の名を呼ぶ少女を水鏡越しに覗き、腕の一振りで空にチェスの盤と駒を取り出した俺は、駒を摘んだままの指でそっと水鏡をかき混ぜて映像を消す。
「色々と考えていたけれど、やはりあの子が楽しく過ごせる事が一番重要だ」
最高神が出した条件にも、契約にも抵触しないように自分の望みを叶える。
ついさっきまで付き合っていた馬鹿らしい遊戯よりも、よっぽど価値があって楽しそうじゃないか。
「さて、どうしようか?」
白と黒のモノトーンの盤の前に座った俺は自身と周りの空間の間に膜を作り、肘を突いて考え込む。
魔族の主神である邪神の企みは、少女の休養が終わって会えるようになるまでの期間中ずっと続いた。
自分の思い通りにならず、しかし誰よりも大切に思う彼の唯一の存在。
最高神の策を嘲笑ってみせた邪神が、その唯一の為に考えを巡らせる策。
その企みが成功するか否かは、神すらも知り得ない。
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