第6話 魔王の決意

「お、レンちゃんこんにちは〜」


「こんにちは‼︎」


「あ、レンちゃん。これあげるよ」


「これ、なあに?」


「俺の地元のお菓子。今日も勉強するんだろ?いつも頑張ってるご褒美だ」


「兵士さん、ありがとう‼︎すっごい嬉しい‼︎」


「ああ、またな」


「バイバイ」


レンが通り過ぎた後、魔王城の廊下はレンに聞こえないよう小声で叫ぶという地味に凄い事をする文官や兵士、メイドで溢れていた。


兵士が顔を押さえて項垂うなだれているのは職務怠慢だと思うのだが、あのかわいさを見れば仕方が無いかと納得もする。


あの冷酷非道、暗黒微笑の宰相と名高いアガレスが穏やかな笑顔を浮かべ、タラシで女の敵と言われているウィサゴがその可愛さに思わず顔を赤くしただ。

一般の兵士やメイドがそうなるのも無理はない。


「天使が挨拶返してくれたぜ……今日の仕事頑張れそう」


「くっ……可愛いが過ぎる……」


「おててめっちゃ小ちゃかった‼︎可愛い‼︎」


……魔王である俺への礼がないのも、今回は見逃してやろう。


折角レンの影響で人間に怯え、出来るだけ刺激する事のないようにと静まり返っていた城が活動的になっていっているのだ。

仕事に支障が出ていないのだから、この位は許容範囲だろうしな。


魔国・ゴエティアは魔族と呼ばれた人々が作った国だ。

魔族と呼ばれる種族は多岐に渡る。

俺達悪魔や吸血鬼、巨人族、セイレーン、そしてデミリッチやリッチなどを含むアンデットなどなど、他にも様々な種族が人間とは違う性質を持つというだけで「魔族」と呼ばれて迫害され、殺された。

魔国はもう二度とそのような事がないようにと初代魔王が作った国。

当代の魔王である俺は既に八代目だ。


迫害されて逃げ出し、集まって国を作ったどの種族にも共通するのは、長さに違いはあるものの人間よりも遥かに長い年月を生きる事だった。

人の五倍以上の年月を生きるのが平均で、精神体である悪魔のような種族はさらに長生きをする。魔国ゴエティアは建国から千五百年足らず。

本来ならまだ初代魔王が治めていてもいい年月で八代も代替わりが起こったのは、アルト王国という人間の国にある女神の魔法陣によって、魔王が代替わりをして二百年も経つと勇者と呼ばれる異世界の人間が召喚され、魔王を討伐するからだ。


今回の召喚は、俺が魔王として魔国に君臨してから二百年目に入った瞬間に行われた。今回は感じる異世界人の気配の多さから、どうやら今までとは違って多くの勇者が召喚されたらしいが。


レンを拾った時は驚いた。

異世界の知識と魔王を倒す力を持つ勇者は、人間の国で大事にされるものだから。

レンは異世界人であり俺の敵であるはずの子供だったが、明らかに虐げられた末に放逐された様子の少女を見て放って置けなくて。

勇者になるための条件である女神の加護がついてない事を確認して、魔国へ連れて帰った。

人間であれば、王が急に子供を連れて帰れば非難を受けるだろうが、魔国では一番強い者である王の言う事が絶対だ。


それに、迫害されたアブノーマルの集まりである魔族達はどの種族も自身と違う存在に寛容だ。

個人個人の強さが人間よりも遥かに強く、そして寿命も長い魔族達には子供が生まれにくかった。にも関わらず、建国前のこの世界の人間も建国後に現れるようになった異世界の人間も力の弱い子供ばかりを狙って殺した事から、魔国では子供というのは種族や親に関わらず大切に育てられる。

魔人という聞き馴染みのない種族であるレンもその例に漏れず、城全体が温かく見守っていた。


「こんにちは、レンさん」


「レンちゃん、こんにちは」


「アガレスさん、ウィサゴさん、こんにちは‼︎」


その結果、バエルに拾われて魔国に来てから一ヶ月、レンは魔王の義娘という認識をされて魔王城に完全に馴染んでいた。

精神が体に引っ張られるのか、周りの大人が味方であると認識して今まで押さえていた分が表面化したのかはわからないが、若干仕草が子供っぽくなり幼児退行したレンは相変わらず表情はほとんど動かないものの、俺やアガレス達側近、そしてロクトを筆頭とした魔王城の過保護な面々に溺愛された事もあって、その仕草はもはや五歳児のものと言っても過言ではなかった。


命令を出してから一週間、人間だった頃のレンの扱いに関してバルバトスが持って帰ってくる報告書はあまりに許し難い所業を記録したもので、怒りに震えながらアガレスやウィサゴ、ロクトと共にこの先は精一杯甘やかそうと決めて全力で慈しんだ甲斐があるというものだ。

冤罪、拷問、放逐……もうどうにもならない事をどうこう言う事に意味はないが、それでももっと早く気付いてやれていたらと思わざるを得ない鬼畜の所業だった。


「今日は何をするんですか?」


「ロクトお兄さんにスキルの使い方を教えてもらうの」


ロクトは吸血鬼の青年だ。

吸血鬼は血を操る為、自身の体を強化して戦う事が多く魔法やスキルにあまり詳しくない事が多いのだが、ロクトは吸血鬼の中では珍しくスキルを研究していて、今ではスキルの専門家と言えば一番に名前が出てくるような存在になってしまった天才。

まあ、彼をよく知る奴は口を揃えて彼の事を「天才だがものすごい変人」だと言う。

吸血鬼らしく綺麗な顔をしていて丁寧な口調をしているから城のメイドに人気だが、気に入った奴以外には笑顔のままで毒だらけの言葉を吐く魔国トップレベルの実力者でもある。


スキルや魔法に関してさっぱりわからない様子のレンの指導役を探していた俺に、アガレスとウィサゴが揃って推薦したのがロクトであった。

ただの幼児の指導役に推薦するのが魔族随一の専門家というところに、ウィサゴとアガレスという魔国の権力者の本気がうかがえる。


権力の使い方が少々おかしい気もするが……まあ、それを言ってしまったら彼らの推薦に頷いてレンにロクトを紹介した俺も俺か。


「そうですか、頑張って下さいね。バエル様にも仕事が終わったらレンさんの所に行くように伝えます」


「うん‼︎バエルさん、来てくれるかな?」


「ええ、きっと来てくれますよ」


期待に目を輝かせて尋ねるレンに、チラリと俺の方を見ながらアガレスが答えた。

まずい。

俺が仕事を放り出してレンの一日を見ようとしているのを、絶対に見破られた。


アガレスからレンを悲しませたくなかったら、ちゃんと仕事をしろという圧を感じる。クッソ、レンを使うとは卑怯だぞ‼︎


「じゃあ、行ってくるね‼︎」


「ええ、いってらっしゃい」


レンが、ここに来た時と比べればある程度は健康的になった足でちょこちょこと走り去るのを、手を振って見送ったアガレスが俺を振り返った。


「さて、バエル様。レンさんは頑張ると言っていましたよ?

まさか、彼女の義父になる貴方が仕事をサボるわけがありませんよね?」


「……ああ、もちろんだ」


魔国では絶対であり一番の実力を持つ魔王である俺だが、幼馴染であり側近でもある暗黒微笑の宰相とは絶対に敵対したくないので苦笑いでうなずいた。







「バエルさん‼︎あのね、エキセトラスキルとユニークスキルの併用が出来るようになったの‼︎ロクトお兄さんが教えてくれてね、何も言わなくても二つのスキルを使えるようになったし、普通のスキルも何個かゲットしたんだよ‼︎」


「おお‼︎そうか、凄いな‼︎」


書類を全て片付けてレンとロクトのいる訓練場に顔を出すと、レンが嬉しそうに俺に報告をする。

日の光に弱いレンは同じく日の光に弱い種族の為に作られた、ドーム状の屋根に覆われた訓練場で練習しているので俺の仕事場から少し遠いのだが、そこは転移魔法を使う事でスムーズな移動を実現していた。

最初に警戒していた時とは違い、報告しながら自分から抱っこをねだって手を上げるレンの仕草に俺への信頼が滲んでいるように感じて、感動しながら抱き上げる。


ロクトは一目見た時にレンの容姿も性格もスキルも気に入ったらしく、今ではレンと二人、まるで歳の離れた兄妹のようにスキルを扱う練習を行なっている。

スキルの練習に加えて、当初はアガレスが教えるはずだったこの世界の歴史や文化などもロクトが教えていた。

その分、何かで教師をしたかったのであろうアガレスがレンに交渉や人の思考の誘導の仕方を、ウィサゴが魔法と武器の使い方をそれぞれ教えている。


多くの強さや才能を持つ魔族の中でもそれぞれの分野のトップに君臨する教師達に教えを乞い、そこで得た学びを貪欲に吸収していくレンの成長は凄まじかった。


こうしてほんの少し、半日ほど目を離しただけでも色々な事が出来るようになっていく。半世紀ほど前、子供ができた部下が子供から目を離したくないと半泣きで言っていた事が今になってよくわかるというものだ。


「よしっ‼︎レン、夕飯の時間だ。一緒に食堂へ行こう」


「うん‼︎今日のご飯何かなあ……楽しみだな」


何気ない日常。

それが何よりも大切に思える。

実の親の記憶がない俺が、まさか勇者の来訪を機にこんな生活を送れるなんて思いもしなかった。

あとは、この生活をどれだけ続けられるかだろう。


魔王と勇者は対の存在。

それ故に勇者は魔王の居場所が、魔王は勇者の居場所が大まかに分かるようになっている。一人欠けた勇者達は、女神の手を借りながら着々と近づいていた。


歴代の魔王達はたった一人の勇者に敗れた。何人もの勇者を相手にしなければいけない俺は、いくら歴代最強といってもその生存率や勝率は絶望的だろう。

けれど、俺は勇者達に負ける気など毛頭なかった。


俺は魔王バエル。

魔族の絶対の王であり、レンの保護者。

国民の命や未来を守る為に、レンが笑顔でいられる場所を守る為に。

何より、これからもレンと笑って日々を過ごせるように。

弱い者を虐げるような腐れ外道な勇者達には、絶対に負けない。

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