第18話 闇に堕ちる

夢を見ていた。


同級生と女神が、城に来た夢だ。


私の大切な人達が、殺されていく、夢だった。


私にとっては、いろいろな事を教えてくれた師匠せんせい達であり、親戚のお兄さん達がいたらこんな感じなのだろうかと思うくらいに大切な人達。


アガレスさんが、ウィサゴさんが、ロクトお兄さんが、殺された。


優しくて強い誇れる国王。命の恩人であり、私の父。


バエルさんが、殺された。


私が泣いて叫んでも、『正義』を名乗る事を神に許された者達の凶行は、止まらなかった。私はただ、ぬるま湯のような膜の中で、大切な人が殺されるところを見守る事しかできなかったのだ。


「倒した、の?」


「や、った……僕たち、魔王を倒したよ」


「ハハ、ハ……やっと終わった、のか……」


「俺ら、魔王を倒したんだ‼︎」


「「「「「よっっっっっしゃああああ‼︎‼︎」」」」」


『皆さん、お疲れ様でした。この世界に平和をもたらしてくれたことに感謝を』


「魔王も、大した事なかったな」


「もっと拷問かなんかしてから殺しても良かったんじゃね?アイツみたいにさぁ」


「うわ、そうすれば良かったかも⁉︎」


「みんな疲れていると思うけど、早くアルト王国に戻ろう」


『そうですね、出来るだけ早く魔国から出たほうがいいでしょう。その神器は差し上げますが、私とはお別れです。今までありがとうございました』


「「「「「こちらこそ、ありがとうございました」」」」」


城から去りながら口々に言葉を発する『正義の人達』の口は、愉悦に歪んでいた。


醜かった。


この世のものとは思えない、思いたくない。

この悪夢のような光景が、けれど現実のものであると、なぜか痛いほどにわかった。


四十人の人々を見送り、一人魔王の亡骸の前に残った女神は、口元を歪ませたままで神託を降ろす。


『私は女神フォルフール。この世界の人々よ、聞きなさい。誇り高き勇者達によって残虐非道な魔王は倒されました。この聖戦は、終わったのです』


「イ、ヤァ‼︎…………ハッ、ハァ……」


世界に声を響かせる女神の声を聞いた瞬間、体が浮上するような感覚と共に、私は見慣れたベッドの上で目を覚ました。


『レン様……』


「バエルさん達は?」


心配そうに私を覗き込むアラゾニアに聞くと、サッと目を逸らされた。


あの妙に現実味のある夢を、認めたくなくて。

私は飛び起きて走り出す。


大丈夫、あれは夢だ。

ちゃんといつもみたいに、バエルさん達が笑って不安も吹き飛ばしてくれる。

大丈夫、大丈夫だから、泣くな。


『レン様⁉︎危険です‼︎』


「アラゾニア。邪魔は、許さない」


『ッ⁉︎』


自分がどうすれば良いか、わかっていた。

何かが懐かしい、そんな感覚。


【身体強化】を使って、城の中を走り抜けた先。


「バエルさん‼︎」


『……あら?来たの?』


むせ返るような、血の匂い。

あまりに強力な死の気配が、広い広間を支配していた。


一番最初に目に入る大きな犬の死体から目を走らせれば。

テラスには胸から血を流したロクトお兄さんが。

広間の端には悔しそうな顔のまま転がったウィサゴさんの首が。

広間の中央、女神の前には目を開けたまま袈裟斬りにされて上半身と下半身が別になったバエルさんが、いた。


いや、あったと言うべきか。

全員が、息絶えていた。


「いやぁ……起きてよ。ねえ、バエルさん……ロクトお兄さん、ウィサゴさん……」


ゆすっても、バエルさんは起きなかった。

涙が次々に溢れて落ち、バエルさんの冷たい手を滑って消える。


大きくて温かかった手は、記憶の中だけのものになってしまったのだ。


『お前、今はレンでしたっけ?お前、私のこと覚えてるの?……いや、覚えてるわけないか。……ねえ、今どんな気持ちなの?』


「………………ぇ?」


女神の言う事が理解出来なくて、思わず声が漏れる。

理解出来ない……いや、したくない。


こいつは、何を言ったの?


『だからぁ‼︎大切な人を殺されて、どんな気持ちですか?と訊いているんですよ』


ふざ、けるなよ。


「あ、あなたは、自分で私の大切な人を殺した上で、そんな事を聞いてるの?」


『当たり前じゃない?私はお前の絶望した顔が見たかったのに、今のお前は死ぬ前みたいに表情全然変わらないし……あ、人を守りたいのももちろんありましたよ?お前の作ったシステムがろくなものなはずがないから壊そうと思ったんです』


意味がわからない……声を脳が受け付けないのか、内容が入ってこなかった。


「なんで、彼らを殺したの?」


『言ったじゃない。魔王を倒して人間を守る為と、お前の絶望した顔を見る為よ』


はは、ははは……。

ああ、狂ってる。

この世界は、国の人を守り、見知らぬ子供の命すら救った優しい人達が、こんな奴に殺されるのが許されるのか……?


目の前が真っ赤に染まり、頭が焼けるように痛い。

ヒトは限界まで怒りの感情を抱いた時、このようになるんだとどこか遠くで見ている自分がいた。


許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さないユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ。


「ぁ、あ゛あ゛ああぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」






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