第9話 ペット、飼ってもいい?

「バエルさん‼︎ロクトお兄さん‼︎カラスが喋ったよ⁉︎」


何?魔物だったりする?でも、二人とも安全だと判断したから入れたんだろうし……。どういう事?

混乱しながらちょっと慌てた様子のカラスの羽をどさくさに紛れて少し撫でて、カラスを抱えて二人に向かって差し出す。

めっちゃモフモフしてた……。


「…………レンちゃん、いいですか?魔国ではカラスというのは喋るものです」


え?そんなわけ……


「…………本当だ。何も不思議はない」


……何で二人ともそんな気まずげに目を逸らしながら言うの?


『はい‼︎私はごく一般的なただのカラスです‼︎』


「普通のカラスは自分の事をごく一般的とかは言わないんじゃないかな?」


『いえいえ、近頃のカラスはみんなこう言いますよ?最近、私達の事を悪魔の使いとかと勘違いする人間の多い事……ハア』


翼を器用に持ち上げて溜息をつくカラスを見て、カラスもカラスで大変なんだなあと思い、なでなでと翼を撫でた。

べ、別にモフモフを堪能したかったわけじゃないし⁉︎


もふもふ、もふもふ……はあ、なんて素晴らしいんだろう。







【––レン様、––レン様‼︎どうです?】


【流石だよ。……いつまでもあの子と張り合うのはやめたら?】


【でも、––レン様……】







「レンちゃん?」


私はどうやら、カラスを撫でながらぼうっとしていたようだ。


あれ?今の、何だったんだろう?

誰かが、私の事を違う名前で呼んでたような……ま、いいか。


「なあに?ロクトお兄さん」


「僕では無くて、カラスさんが何か言いたげにしていますよ?」


『レン様、私を眷属にしてくれませんか?』


腕の中でおとなしくしているカラスを見下ろすと、私の様子を伺うように、オドオドとそう言われた。


「眷属ってなに?」


眷属という言葉は、神様の使いのような存在に使われる言葉じゃないの?


『眷属は、あ〜……ペットのようなものです』


「ペット?」


急に聞き馴染みのある言葉になった。


『はい、その認識で大丈夫ですよ。ペットにする方法は簡単‼︎レン様が私の手、というか翼を握って私に名前をつけるだけです』


それだけで、今ならこのふわふわの翼が触り放題ですよ。


な、なんと……名前をつけるだけでこのふわふわが⁉︎

こそっと付け足されたその言葉の魅力に圧倒されて頬が上気するのが分かった。


でも、赤い何かが視線の端を横切った気がして、すぐに指先から温度が消える。

あの子が、やめとけと言いに来たような気がした。







中学生の頃、通学路に放置された子猫を拾った事があった。

雨の中、箱に入れられて震えていた子だった。


親にバレたらどうなるかが怖くて、ずっと隠して近所の公園で餌を与えて育てた。

よく懐いてくれて、私が辛い時にはいつも一緒にいてくれた。

小さくて温かいその体に、何度も何度も救われていた。


なのに、あの子と出会って一年と少しが経った時。

学校から帰ったら、あの子は冷たくなっていた。


父の持っている包丁によって流れ出たあかい水溜まりに、温かかったその身は沈んでいたのだ。


あの子は私が拾ったばかりに、生きる権利を奪われてしまった。


あんなにいい子だったのに。

あんなに、小さくて軽い命だったのに。

大きくて重い生き物に、簡単に壊されてしまった。







もう二度と、自分の都合で暖かさを奪ってはいけない。奪いたくない。

でも、今はあの時と違って私の前にいるのはバエルさん達だ。


もしかしたら、もしかしたら許してくれるかもしれない。

バエルさんは、「我儘わがままを言えるようになれ」と言っていたのだから。

もし許してもらえなくても、この腕の中の温かい子を殺しはしないと思う。


大丈夫だと心の中では思っていても、何故か喉がカラカラに乾いて声が出なくなる。


それでも根気強く私が話し出すのを待ってくれているバエルさんとロクトお兄さん、そして目を期待に輝かせるカラスの方を見ておずおずと言葉を紡いだ。


「バエルさん、この子飼ってもいい?ちゃんと私がお世話するから‼︎勉強もちゃんとするし、ちゃんと手伝いもするし、それから、それから……」


途中で言わなければいけない事、言いたかった事が分からなくなって詰まってしまい、俯く。

どうしよう……我儘すぎた?困らせた?え、っと、なんて言えばいいの?


ぐっちゃぐちゃの頭の中を疑問符でひたすらに埋め尽くされた私の頭を優しくて、大きくて、温かい手がゆっくりと滑り、頬へと移動する。

その手の動きに合わせて私の顔も上がり、手の持ち主バエルさんと目が合う。


「よく我儘を言えたな、偉いぞ。四つ約束出来るならその子を飼ってもいい。

無理はしない事、何か困ったら俺やアガレス、ロクトに言う事、ちゃんとお世話する事、今まで通りご飯はちゃんと食べて、ちゃんと寝る事。出来るか?」


綺麗な目を見つめる私の耳に届いたのはダメの二文字では無くて、私の事を心配した約束だった。願ってもない言葉に必死になって頷く。


「うん‼︎守れる、できるよ‼︎」


「そうか、なら名をつけてやれ」


『お願いします‼︎』


カラスがそう言って翼の先を私の手の中に入れるのと同時に、ロクトお兄さんは私を抱え直した。


名前、名前……名付けなど今の今までした事もなければ考えた事もない私だったが、不思議な事に翼を軽く握って目を瞑れば、一つの名前が脳裏に浮かんだ。迷うことも無く、ただこの子の名前はこれしかないと直感のように感じる。


「アラゾニア。あなたの名前はアラゾニア」


その名を告げてカラス、アラゾニアに笑いかけると、何かをゴッソリと抜き取られたような感覚と今まで感じたことのない強烈な眠気に襲われた。


せめて、せめてアラゾニアの返事を聞くまでは……欲を言えば部屋のベッドに行くまでは……と思って耐えようとしたのに、睡魔は遠慮なく襲いかかってきた。


くそう……この体になってから思い通りにならない事はたくさんあるが、その内でも一番イラっとくるのが眠気だ。


次こそは絶対に勝ってやる。そう強い意志を固めながら、私は意識を沈めた。







「アラゾニア。あなたの名前はアラゾニア」


『はい、レン様。私の名前はアラゾニア。貴方様の忠実なる眷属です』


「始祖鳥様、貴方様がただのカラスなんて何の冗談なんです?」


眠りについた主人、レン様に寄り添う私に当代の魔王が咎めるような声を上げた。

一昔前の私なら容赦なく殺したが、今はこのまだ弱い主人を守る存在だと考え、答えを返す。先程私が念話で訴えたとはいえ、魔王とその配下の対応は素晴らしかった。私が返答すると言う行為には、その事への賞賛の意も含んでいた。


『始祖鳥などと言ってもレン様には分からないだろう?レン様にとって身近な生き物の方が都合が良かった。それに、偽ると言っても足を一本少なく見せているだけだ』


だから、これからは私の事をただのカラスとして扱え。


神の眷属という上位の存在から命令すれば、聡い魔王はすぐに了承の意を口にした。

本当に、レン様を守ると言う点で彼と彼の側近は優秀と言っていいレベルだ。

昔であれば配下に迎えていたのだが、と残念に思う。


レン様を抱き抱えていた吸血鬼の青年がレン様に抱えられた私ごとレン様をベッドに運んだ。

ベッドに下ろされて温もりが離れたからか一度身じろぎしたレン様だったが、腕の中の私の温かさに安心したのか深い眠りに沈む。


そういえば、レン様が起きているのをいい事に夜中に押しかけてしまった。

あまり褒められた行動ではなかったと反省をしながら額にツノを生やした白銀の髪の少女を見上げる。今はまぶたに隠れているサファイアの瞳に自身の姿が映った時、思わず涙すら込み上げたものだ。


以前の記憶を持たない存在。

私よりも圧倒的に弱く、こんな眷属への名付け一つで魔力不足になり、眠りに落ちてしまうような脆弱な存在。


それでも、私に以前と同じ名を宣託を告げるかのような神々しさを持って与える唯一の主人。


例え貴方が以前とは違う存在だとしても。


『この命をもってお仕え致しますとも』


愛らしい寝顔を眺めながら、私はその腕の中で主人の鼓動に耳を傾けながら静かに夜明けを待った。

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