第2話 声にならないその声は

誰も味方がいない中兵士達に引きずられて連れて行かれたのは王城の地下にある地下牢。そこの一番奥にある牢屋に、足首を壁に繋がれて私は閉じ込められた。

そして始まったのは、他にも魔人はいるのか、どこにいるのか、何をしようとしていたのか……私は全くわからない事を聞く、無意味な拷問。


何も情報を聞けなかった私はこの国や世界についてよくわかっていないが、どうやらこの世界には魔法があるという事はわかった。傷つけられ、私が死にそうになる度に魔法で回復させられるからだ。


「ほら、早く吐けよ」


爪を剥がれては、回復。


「お仲間はどこにいるんですか〜?」


指を切られては、回復。


「ハハッ‼︎化け物もたまには役に立つもんだなあ?」


呪いで精神を壊されては、回復。


「〜では……どこに……〜ある?」


四肢をすり潰されては、回復。


「魔人でも、魔物に食われるんだな」


魔物に喰われてぐちゃぐちゃになっては、回復。


「ぼ……ろじゃ〜か‼︎……しれ〜……」


鞭で肉まで割かれ、流れ出る血と赤銅とを混ぜたものを傷口に流して焼いては、回復。


……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復…………。


「殺して……」


懇願の声は掠れて出ない。

話す事を魔法で禁じられ、更に喉は一番最初に潰されている。

千柳君が、「話させてはどんな精神攻撃をするかわからない。魔人であれば念話くらい出来るでしょう」と王女に行った事で行われた処置だそうだ。


ご丁寧に、死なないように回復魔法はオートでかけられる。

だが、かけられる回復魔法は全快するものじゃない。

体の形がもとに戻るだけ。

アザはそのまま。火傷もそのまま。

潰された喉は治らず、受けた傷の痛みも治らない。

ただただ痛みが蓄積されていく。

この鬼畜のような所業の回復魔法をかけるのが、勇者の一人である聖女様だというのだから、驚きだ。


同級生たちはわかっているはずだ。私は普通の人間だと。

それでも、当然のようにこの無意味な拷問に参加していた。


さも正義かのような顔で。

ただの憂さ晴らしの為に。


私をなぶった。


「カハッ⁉︎ヒュー、ヒュー……」


ゴロゴロ、ゴロ。


同級生の一人が振るう、等身大のハンマーによって内臓が潰される。

喉が潰れている為、息をする度にヒューヒューと変な音がする。

兵士の一人が言うには、ゴロゴロと音が鳴るのは、肺が片方潰れているかららしい。……回復。


……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。……回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復回復…………。


もういい。

もう期待などしない。

どこにも助けてくれる人間なんていないんだ。

女神の奇跡?ただの誘拐じゃないか。


一番救いを必要とした人間に、救いは与えられなかった。

何度死んだ?何度回復された?

痛い。痛みが蓄積された体は、最早肌の表面をなぞられるだけで激痛が走る。


なのに、拷問は苛烈さを増すばかり。

食べ物もほとんどなく、剥がされた自分の爪や切られた髪は貴重なタンパク源だった。死にそうになったら腐った薄いスープとカビた硬いパンだけが放り込まれた。衰弱死すら許されない。

そうだ。私は人間じゃない。魔人だ。もういいでしょう?

頼むから、殺してくれ。

ただの人間である私は念話など出来るわけがないが、必死にそう念じた。


時間の感覚は一日も経たずにあやふやになり、私がこの国に来てどのくらい経ったかもわからない。

ただ、回復されては傷つけられ、また回復する。それを何度も何度も繰り返し、もう指先さえも自分の意思では動かなくなった頃。地下牢に繋がれた鎖が外された事で、やっと拷問が終わるのかと心底安堵した。今から処刑されて殺されるであろう事が嬉しかった。やっと終われる。


さあ、早く、早く殺して。


兵士に引きずられる激痛も感じられなかった。

やっと死ねると歓喜する脳が出す脳内物質が、痛みを遮断しているのだろう。

きっと死ぬ時も痛みを感じずに死ねると思い、喜びは更に募る。


引きづられた先は、召喚が行われた広間。

召喚の時と変わらず、鷹揚に座った国王は王女様の事を静かに見守っていた。


「さて、魔人。二ヶ月経ってもお前は情報を吐かない。その根性は認めてやろう。だが、情報を取れない無駄飯ぐらいなど必要無い。本来なら今すぐ首を切って殺すところだが、お前はどうやら死にたがっているようだからな。ダンジョンの最深部に放り込んでやろう」


凶悪な魔物に喰われて、簡単には死ねない事に絶望しながら死ねば良い。


そう告げる王女が浮かべるのは、嘲るような笑みと、私を見下す目。

ずっと、ずっと見続けた目だ。まあ、だからなんだとは思うが。

処刑にしろダンジョンに放り込まれるにしろ死ねるは死ねるのだ。もう動かない体で魔物の前に放り込まれたなら、喰われて死ぬのは決定事項だ。


私をひきづっていた兵士が離れ、立てずに倒れ込んだ私の下で、魔法陣が光った。


あと少しで、死ねるのだ。


「それでお前はこの大陸内で最悪のダンジョン【深淵】の最深部【奈落】へ転移する」


「じゃあな、俺らの奴隷ちゃん?」


「遊んでくれてありがとな〜」


「訓練相手になってくれて助かりました」


「すぐには殺さないであげるんだから、感謝してよね〜」


「ハハッ、前にも増してボロボロじゃん。カワイソ」


「笑える〜‼︎ちゃんと目見えてんの?」


「いくら俺らを騙していたとしても、同級生としてお前を殺さないといけないのは残念だよ」


「哀れな魂に女神様の救済が在らん事を」


今ここには勇者達と、彼らと仲のいい兵士たち、王女様、国王しかいなかった。

地下牢で聞いた。彼らには勇者と呼ばれるに相応しい称号がついていたらしい。【剣聖】の称号を持つ千柳君と【聖女】の称号を持つもう一人の学級委員長である江原えはらさん以外は全員が勇者としての仮面をかぶるのを忘れている。いや、まだ仮面をかぶっている二人のことをすごいと讃えるべきか。


彼らが散々イジメ抜いた私の死に方が魔物に喰われての悲惨なものだと決定したのだから、彼らは今とても楽しいのだろう。私が泣き叫ぶことを期待しているのだ。

私がもうそんな事にこだわっていないということも知らずに。


抵抗できずに魔物に喰われて死ぬ私の未来を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

私が溢れる光の中、アルト王国で最後に見たのは、そんな彼らの醜悪な笑みに彩られた黒い顔の集まりだった。







転移した先のダンジョンの底。【奈落】と呼ばれていた場所は、とても暗かった。

一寸先すら見えない暗闇だ。

光が届かないなんて生やさしいものじゃない。

それに、とても寒かった。

ぽっかりと口を開けた漆黒の闇は光と熱が存在する事を拒否し、気温が氷点下以下にまで下がっているのだ。


血に汚れた、穴だらけでボロボロの白い麻の服が防寒性を持っているわけがなく、極限まで体力を削られた体は簡単に悲鳴を上げた。


目を開ける気力すらなく、段々と重くなってくる瞼を下ろしていく。

獣が唸る声が聞こえたものの、もう死ねるならなんでもよかった。


あらがう気力はとうの昔に失われ、ただこの命が消える事を心待ちにする。


死ぬ前に願うとすれば……一度も、誰にも祝福さえることがなかったこの命だけど、一度でいい。誰でもいいから。誰かに生きていてもいいと、今まで生きていてくれてよかったと言って欲しかった。


私はただそれだけを願って、奈落の底で意識を手放した。

もう二度と目覚めなければ良いと、心底そう思った。







ピコン

《個体名:レン(部分表示)の要望を受理しました

 ユニークスキル【記録スル者】を発動します

 個体の体力と生命力の低下を確認しました

 進化による肉体の強化を実行します》







「何かに呼ばれた気がして来てみれば、まさかこんな事が……。まあ、いい。女神の加護はないようだし、俺の元で預かっても問題はないだろう」


一寸先も見えない暗闇の中、一つの影が蓮の元に浮かび、消えた。

その後には、蓮の姿も、蓮を狙っていた魔物の姿もなく、ぽっかりと空いた闇だけが広がっていた。

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