銀翼の鴉は闇世を照らす
風宮 翠霞
第1章
異世界召喚編
第1話 光の奔流
「いやっ、やめてっぐう……いやああああああああああ‼︎」
朝礼のホームルーム前の教室。
キーン、コーン、カーン、コーン。能天気に鳴るチャイムをかき消すように、少女の悲鳴が響いた。
◇
「お、今日は久しぶりに黒咲が登校か。その格好はなんだ?ふざけてないで着替えなさい。後で生徒指導室に来るんだぞ」
「……ハイ」
制服はびしょ濡れで、その奥にはアザや火傷痕だらけの肌を覗かせた状態で制鞄を抱えたまま呆然としている私––
そんな明らかにおかしい対応にも何も感じる事なく、私はただ淡々作業をこなすように席につく。
直前に覆い被さったが、間に合わず教科書を濡らしてしまった事が頭の中をぐるぐると支配していたのだ。今日帰ったらまた殴られてしまうだろう。
父親を名乗る男に殴られ、蹴られる事には随分と慣れたが、前回ノートを破られて帰った時に物を大事にしろと言って包丁で腕を切られた恐怖は、私の中に深く残っていた。
【死ね】【バカ】【クズ】【↓俺らの奴隷ちゃん】【欠陥品】【バケモノ】
いくつもの悪口が油性ペンやコンパスで書かれた机をそっとなぞり、表情には出さずに心の中で静かに笑う。
もうとっくの昔に涙などは枯れ果てた。この苦しみから逃れる事などできないのだから、慣れるしかないのだ。
青や赤、黒……白いはずの肌は、元の色などどこにも見えないくらいにアザや火傷によって変色している。
アルビノ。色が少し違うだけで、人間というのはここまで出来るのだと考えると、怒りを通り越して感心すら覚える。
そっと窓の外を見れば、心情とは真逆の澄んだ青空が広がっている。
青空を切り取る窓枠が、自身を捕える鳥籠のように感じられた。
「今日はレポートの提出が〜……」
連絡事項を話し続ける木本の言葉を何処か遠くのことのように思いながら、「日常」という鳥籠の中でその青空を眺める。
家庭では虐待、学校ではイジメ。
周りの大人は先生たち含め味方などおらず、敵ばかり。逃げ場はどこにもなかった。
今横切ったカラスのように、翼があれば私もどこかに行けるのだろうか?
『眼皮膚白皮症』通称アルビノといって、白い髪と青い目をしている私は、肌が抜けるように白い代わりに日光に弱く、その上視力も低かった。
子供というのは残酷だ。自分と違う特徴を持つ人間を、徹底的に排除しようとする。
きっとそれは力を持たない人間の子供が本能的に危険を排除しようとしているのだろう。先天的にその難病を患った私は、小さな頃から碌な目にあってこなかった。
アルビノでも幸せな人はいるのだろうが、少なくとも私は一度もアルビノで良かったと思った事がない。
随分と前から死ねばこの苦しみや痛みから逃れられるのだろうかという事ばかり考えているものの、実行に移す勇気がなくてズルズルと生きている。
早く朝礼が終わり、今日という日が終わる事。そしてそのまま明日が来ない事を願いながら席で木本の話を聞いていると、急に足元が光り出した。
「わっ‼︎」
「なんなの⁉︎」
「うおっ」
「みんな動くな‼︎危ないかもしれない」
学級委員長の
◇
ピコン
《女神による世界軸干渉を確認
最高神による条件を満たしました
個体名:レン(部分表示)
称号【記録スル者】を獲得しました
エキセトラスキル【見通ス者】のインストールを開始します
ユニークスキル【記録スル者】のインストールを開始します》
◇
「異世界の勇者様達、歓迎いたします。ようこそ、アルト王国へ‼︎」
ゲームの導入のようなセリフだ。聞こえてきた意味不明な声に固く閉じた目を開くとそこには、よく中世時代のヨーロッパ貴族が描かれた絵画などで見るようなドレスを着た女性と、大きな広間があった。一段高くなった所には、鷹揚に座って優しげな笑みを浮かべて女性を見守る男の姿が見えた。
「は?」
「これは……異世界召喚?」
「
私を含めたクラスの面々が唖然としている中、ラノベとアニメ命の蜂倉君と、彼と仲の良い
「いえ、その認識であっていますよ」
「ほら見ろよ、天峰」
「マジかよ。じゃあ、あんたはもしかして姫さんかなんか?」
「ええ、私はここアルト王国の第一王女です」
天峰君の問いかけに答えた女性は緩やかに巻いた金の髪と茶色の目を持った、私たちに声をかけた少女だ。
「テンプレキタコレ」
「カタコトやめれ」
「ちょ、ちょっと待った。ストーップ‼︎」
「「なんだよ、千柳」」
あ、ハモってる。
じゃなくて、あまりの展開の速さに付いて行けないクラスの面々をサッサ、サッサと置いて行く二人に千柳君が待ったをかけた。
「いや、なんだよじゃなくて……」
「あの〜、取り敢えず一から確認させてもらっても良いですか?」
「はい、もちろんです」
千柳君が止められて不満気な二人になんで止めたかを説明している間に、木本先生が王女様に質問をするつもりのようだった。
「異世界転移」もしそれが本当なのであれば、逃げ場のない地獄のようなあの日々からやっと抜け出せるかもしれない。飛べなくても、自由ではなくても、少なくともあの地獄のような日常からは抜け出せるかもしれない。そう私が喜びを噛み締めていると、「ですが」と王女様が言葉を続けた。
「そこの魔人を排除してからです。衛兵、魔人を捕縛しなさい」
「ぇ?」
急に飛んだ話にびっくりしていた私は、王女様の言葉と同時にどこからか出てきた鎧を着た兵士達に囲まれた。
何故か、私だけ。魔人と言われて。
「ふふっ、上手く紛れ込めたと思いましたか?残念でしたね、その人ではあり得ない色彩は誤魔化せません。しかし、勇者様達に紛れるという事を考えたのは知能の高くない魔人としてはよく考えた方だと褒めておきましょうか」
「ど、ういうことですか?私は魔人?ではありません‼︎人間です‼︎」
「うるさい‼︎黙れ、薄汚い化け物め」
「っ〜〜⁉︎ゲホッ、カハッ」
唖然としている間に兵士達に槍を突きつけられ、事実無根の罵りに抗議の声を挙げれば、その槍の柄で腹を殴られた。
「理解出来ていないのですか?さすが頭の弱い魔人ですね。
せっかくなので教えてあげましょう。冥土の土産にしなさい。
その白い髪と青い目は女神様の残した書に書いてある、その昔邪神の手先として人間を襲い英雄に退治された化け物である魔人の特徴だと言われています。
それにほら、本来なら一緒に召喚された仲間のはずの勇者様達があなたには随分な目を向けているじゃないですか。それがあなたが勇者でない確実な証拠です」
「そんな、事……」
無茶苦茶だと言おうとした私の声は途中で止まってしまった。
クラスメイトが、先生が、このアルト王国というところの人たちが。
私を見る目は、人間を見る目じゃなかったから。
面白い
同級生や先生に助けを求めようにも、彼らは私の味方ではないと知っていたから、出来なかった。
嬉々として魔人であると言われるであろう事が想像出来てしまったから。
“ま・た・いっ・しょ・に・あ・そ・ぼ・う・ね?”
千柳君がそう口の動きだけで言って、優等生然とした笑みを崩して嗤った。
私を殴る時と同じ、彼のその獲物を狙う猫のような
解放される事はない。今までと何も変わらない。いや、ますます酷くなる。
私は異世界でも、地獄の中で生きなければならないのだという事を。
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