その後のお話 汚馴染、ついに心をブチ折られて後悔と絶望に堕ちる
“勇者”エリオットとその仲間が魔王との戦いに勝利し、そして人類を扇動していた王国の王子をも討ち取ってから50年が経とうとしている。
エリオットは魔王に勝利したがその命を奪わず、戦いの中で魔王と理解し合った事で人類側を扇動していた王国のネトリック王子こそが真の悪である事実にたどり着き、パーティの仲間――――幼馴染で婚約者のマルール、騎士ヒルデ、そして聖女セシリアの3人の仲間と共に王国の悪行を白日の下にさらし、主に周辺国による人類軍と魔王軍の合わさった人魔連合を率いて王国に攻め入り、ついにはネトリックを討ち取るに至った。
その後人類と魔族は和睦と友誼を結び、以降平和な世界が続いていることはまこと素晴らしい事だ。
そんな平和の立役者である勇者エリオットは高位に座する事を固辞し、マルールとともに故郷に戻り、世界中に祝福された後は以降数十年、子供や孫に囲まれて仲睦まじく暮らしているそうだ。
――――そんな新聞の記事を読んだ後、思わず笑みをこぼす。
あれからもう50年、かぁ。毎年今頃になると終戦記念でこうしてエリオットや私たちの事が記事になるのもお馴染みの事。ヒルデもセシリアも元気にしていると聞いているが、また会いたくなるわね。
エリオットと共に何十年と暮らしてきたこの木造りの家も随分と古びたが、それは刻んだ年月の証でその一つ一つ愛おしく思う。
読んでいた新聞を膝の上におき、窓辺においたお気に入りの椅子に座ったまま窓の外を見ると、最愛の夫―――エリオットが、息子夫婦に見守られながら孫の一人に剣を教えている。
穏やかな陽ざしの中の、何気ない日常を尊いと感じるのはなぜだろうか?その温かさに、思わずぽろり、と涙がこぼれる。
「おばあちゃま、どうしたの?どこかいたいの?」
孫の一人、ムーンが近くにきて心配そうに私を見上げてきていた。……明るい橙色の髪を逆立てるように伸ばしているので孫たちの中でも目立つが、とても優しい子だ。
心配をさせないようにムーンの頭を優しくなでると、くすぐったそうにみをよじりながら嬉しそうに笑っている。
「大丈夫、何でもないわ。……みんながいて、勿論ムーンもいてくれて、毎日が幸せだなぁ、楽しいなぁって思ったのよ。」
素敵な夫、愛おしい家族、平和、穏やかな時間。笑みをこぼしながらムーンの頭を撫でていたが、今度はムーンが俯いた。どうかしたのだろうか心配に思ったところでムーンが笑い始めた。
「……ふふふふ。くふふふふ!なぁーんちゃってぇ!おかしくって腹痛いわぁ☆面白い奴だな、お前ェ~!本当に俺の事を孫だって……ク、ウプププッ!!」
急にそんな事を言いながらこちらを見上げたムーンの顔は、目が吊り上がり口の端を大きくつり上げ、そして目の瞳孔が小さくなっており歪んだ嘲笑を浮かべて顔をしわくちゃにした凄まじい形相だった。クワッ!!という擬音でもつきそうなその豹変っぷりの驚きに、びくりと身が震える。
「ど、どうしたのムーン?!」
ムーンの様子が尋常ではない事に驚き、思わず立ち上がり、後ずさりしながら声をあげる。
「――――この時が面白い、かぁ。なら見せてやるぜぇ!もっと楽しいものをよぉぉっ!!」
そんな声と共にムーンの身体がゴキゴキと変化をし、成人男性ほどの大きさに変化する。肌の色は灰色になり、口が無く鋭い左右の眼だけがある異形の顔……魔族の姿だ!!
「ムーンゥ?誰だよそれ、俺は拷問官だよォ!まぁだわからないのかぁ?この光景は、おまえが体験してきた50年の月日は俺が運命の神や可能性を覗き見る大魔法やら使いまくってわざわざ造り上げた幻だよ!!ジャンジャジャ~ン!!今明かされる衝撃の真実ゥ!」
ま、幻……?何を言っているんだろう。だが、その尋常ではない様子に身体が震え、汗が止まらない。外にいるエリオットに助けを求めようとするが、それすら敵わないほどに。
「いやぁ~苦労したぜぇ、可愛らしい孫を演じるために多方に協力を仰いで完璧で究極な幻想空間を作り上げてさぁ……しかしお前は馬鹿だなぁ、お前が見ていたのはネトリックに心身を赦さずに冒険を続けていたら確実にそうなっていたであろう可能性の世界だよぉ~?こんな素敵な未来をドブに捨てるなんてなぁ~?ヒャーッハハハハハ!楽しかったぜェ、お前との家族ごっこ!おつかれさまだぜ、お・ば・あ・ち・ゃ・ま!フフフ。うひゃはははははは!!」
「な、なああああああ?!なにおおおおおおおお?!」
「さぁ~てぇ、それじゃあお楽しみのショータイムだぁマルールゥ。これが現実だよぉ!!」
エリオットと長く暮らした小屋も、外の光景も炎の中に焼け落ち消えて、薄暗い闇の中のような亜空間に姿が戻った。視線の中で伸ばした手はまだ10代の、しわのない掌。そしてその空間にポツンとあいた窓のようなスペースの向こう側では、王国の、いや人も魔族も入り混じった数多の人に祝福される婚礼の行列、エリオットと魔族の姫が道に並んだ人たちに手を振りながら、光の中を歩いている光景だった。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「おいこら現実から目を逸らすんじゃねえ、あ・れ・が・現実だよ!!
―――おまえは!お前の手の中にあった幸福な未来も!穏やかな日常も全部裏切ってゴミみてえにすてて!沢山の人に悲劇をバラまく片棒を担いだんだ!!
お前の自分の利益と幸せのために人を踏みにじる事を選んだんだ。おまえがみた光景は、人魔の戦争に巻き込まれて失われた命の傍に当たり前にあった日常そのものなんだよ。王子やお前が数多奪った光景なんだよ。
―――これで自分が捨てた“モノ”が何なのかわかったか?!」
「お゙っ、お゙っお゙っ、お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!」
光り輝く向こう側に手を伸ばそうとしても届かない。涙と共に、よくわからない叫びが無意識に口からこぼれているが、そんな事を考えている余裕すらもう無かった。
「ちがうちがうわたしすててない!すててないもん!!やめてぇ、いかないでエリオットぉ!かえしてぇ!!そこはわたしのばしょ、かえしてぇ!!わたしのみらい!わたしのしあわせ!!ここにあったのに!そこにあったのに!なんで、なんで、なんでわたしはああああああああヴォアアアアアアアアアアアアアアアアオギャアアアアアアアアアアアアア」
目を見開き絶叫するが、そんな私の声に帰ってくるのはエリオットの声ではなく、朗々と楽しそうな拷問官の声だった。
「それもこれもマルールゥ、お前が招いた結果なんだよぉ!世界中に迷惑をかけてなぁ!!お前にしてみりゃ自分の幸せのために、よかれと思ってやったんだろうけどなぁ!アーッハッハ!ワーッハッハ!クハハハハハハハ!!フーハハハハハハ!!」
「おっ、アッアッ、アッ!!ンゴォォォォォォォォォ?!?!?!」
頭を開頭されて脳をいじくられる拷問のときに出るような声が涎と共に零れるが、自分の意志で止められない。外の光景を光の小窓にへばりつくようにして、必死にみると、チャペルでエリオットと魔王の娘が永遠の愛を誓い口づけを交わすところだった。
「だめええええええええええええええええっ、やめてエリオットぉぉぉぉぉぉっ!!」
そして2人は幸せなキスをしている。沈黙の後に大歓声が上がり、2人の結婚が望まれ祝福されたものであることをあらわしていることに、頭が、脳が破壊されるのを感じる。いつだったか子供のころ、エリオットとした花で編んだ草冠と指輪でした、結婚式ごっこのことをおもいだす。純粋な気持ちでエリオットの事を想っていた時の記憶、エリオットへの感情が、心の底からあふれ出した。
王子に心を預け身体を赦し、贅沢を知る前の、美しい思い出が掌から零れ落ちていく。
……私自身を繋ぎ止めていたなにか大切なものがぼきりと折れる音を聞いた。
「――――ぴゃあ♡エリオット♡ちゅきぃぃぃぃぃぃっ!あにょねぇ、わたし、おおきくなったらエリオットのおよめしゃんになりたぁい♡」
「あーぁ、現実逃避の果てにブッ壊れちゃったか。あげて落とすのが『出来る拷問』の醍醐味だけど気合入れてあげすぎたかー。しゃーねぇ、回復係に精神回復魔法かけさせてすぐに精神も元通りにしてやるから安心しろ。お前の落とし前はまだまだこれからなんだからよ!!」
そんな声を遠くに聞きながら、うわ言のようにエリオット、エリオットとその名前を呼び続けるのだった。
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