第7話 ざまぁの舞台の裏側で(前)~お前達はざまぁ、悔しいでしょうねぇ~


―――負けの多い人生を歩んできました。


 なんて語り始めると大仰かもしれないけれど、俺の生前の人生は負け組だった。

 幼馴染の恋人はチャラい先輩にあっけなく寝取られ、だけどざまぁできるだけのスペックもなく失恋の痛みから奮起して勉強しても第一志望の大学に落ちて滑り止めの大学に通った。それでも頑張って頑張って努力して、地方公務員に就職が決まるもブラック職場とパワハラ上司にぶち当たってクレームとパワハラに挟まれて精神をすり潰し、最期は暴走してくる車から見ず知らずの子供を庇って車に撥ねられてあっけなく事故死。溜飲が下がったと言えるのは事故死する少し前に、俺をボロ雑巾みたいに裏切って棄てた幼馴染が男に捨てられて失意の中で実家に戻ってきた後、寄りを戻したいと言ってきたのをきっぱり断ったことで一応少しだけ“ざまぁ”できた事だけは良かったのかもしれない。


 ……結局何者にもなれなかった。

 それが俺、下北沢透流(しもきたざわとおる)の、アラサーに満たない人生だった。

 だが、事故死したと思ったら白黒タイルの床と白い壁、机と椅子以外何もない部屋にいた。


「はじめまして、下北沢透流さん。私はジェーン、隣の彼はジョン。異世界転生者を案内する仕事をしています。今日は、真面目に生きて最期には見ず知らずの子供の命を助けて亡くなった貴方に、異世界転生をする権利があると判断してこちらにお招きしました」


 そう言って語るゴスロリの少女と従者に、俺は異世界を勧められた。死んだ先で人生があるというのは大変ありがたい事だし特に断る理由もないので促されるままに承諾をすると、ジェーンと名乗った少女は少しだけ申し訳なさそうに続けた。


「……と、そんな風に言ったものの実は貴方には、少し困ったことになっている世界を助けるための手助けをお願いしたいんです」


 どうやら少女の友人の女神さまが管理する世界で人と魔族の戦争が起きており、それを終わらせるための起死回生の一手として天啓を与えて勇者パーティを組ませたら恐らく人類側にいると思われる戦いの原因に利用されてしまっているらしい。すごくあやふやな情報で心許ないが、そんな最悪の状況になってしまってるのは世界の信仰心が足りなくて女神は信託の交信があまりできず現地と会話も成り立たないというまさにご覧の有り様だよ!ってなってどうにもならないから博打打ったらダメだったので救援の依頼があったからだという。で、追加の仲間として勇者についていってやってほしいというのが頼み事だった。

 いや、なんというか女神様痛恨のミスしてるなぁ、大博打して負けてるじゃん。人類側が悪どかったのかもしれないけど。やんわりとそんな事を指摘したら、ジェーンが遠くを見ながら哀しそうに言った。


「……女神は博打は外したら痛い思いをするから面白いって言ってて」


 くっそwwww女神としては普通に最低だけど博打打ちとしての、その潔さは嫌いじゃないわwww。微妙にやらかす駄目な女神様なあたり、変な教団でもやってそうな女神ね。いやぁ世界の命運をかけた大博打で下手うっちゃ駄目でしょうと思わなくもないけど、概ね事情が分かったので頷く。


「オーケー、オーライ。つまり俺はその勇者君についていって、戦争おっぱじめた原因の野郎を探ってやっつければいいんだな?わかった、引き受けるよ」


「そうなんだけれど、随分とあっさり引き受けてくれるのね」


 あっさり引き受けたのが不思議なのか、ジェーンは小首を傾げていた。


「いやー、死んで終わりかと思った人生がもう少しだけ続くんじゃよってされるだけでもありがたいし、それに―――君の口ぶりだとその女神さまとやらも本当に困ってるんでしょ?それなら断るのも気が引けるなって」


「……やっぱり貴方は良い人なのね。ありがとう、下北沢透流さん、いえ、トールさん。お礼に転生ボーナスは弾んでおくわね」


 かくして俺の人生の続きは始まった。転生のボーナスとして俺は勇者と肩を並べれるだけの戦闘力、そして勇者の少年と同じ年頃の身体を与えられた。これは年が近い方がお互い気を使わなくても良いだろう、というジェーンからの配慮だった。


「そいつはどうも。それじゃひとつ、バカを演(や)りますよ、バカをね。俺は昼行燈、ってね!」


 こうして俺は世界の抑止力として異世界に召喚されることになった。

 “戦士”として転生した俺は偶然を装いつつ勇者パーティに近づいた。ぶっちゃけ初エンカウントで勇者の幼馴染だとかいうマルールという魔導士からはゲロ以下の匂い、実際の匂いではなくド外道の匂いがプンプンしてもうこいつ絶対寝取られてるだろって直感が走った。これはもしかしたらジェーンに与えられた能力の一つかもしれないし、もしくは生前幼馴染を寝取られたからかもしれない。

 邂逅を繰り返す度勇者、いやエリオットの人柄に触れて、一見朴訥として穏やかな性格だが人への思いやりと優しさ見え隠れするエリオットという少年の事が気にいっていった。

 この少年が勇者だというのなら、何者かに利用されているというのなら、いっちょ俺がハッピーエンドに導いてやろーじゃねーか、と思った次第でござるよ。


「エリオット。お前の人生、俺が面白くしてやるよ!」


 こうして勇者パーティに加わった後は魔王軍と戦いながら裏では戦争の原因を探った。人類側に原因があるらしいとはいえ魔王軍もまた殺戮をしてはいたのでそれ自体は適度に抑えつつ、魔王十将達からは強者として勝負を挑まれたりもした。幻惑の魔術師とは正々堂々の一騎打ちの末に、双方納得の上で討ち取ったりも。お陰でその盟友の衝撃波使いからは仇敵と狙われる事にもなったけれど、それはもう仕方がない。友達の仇だっていうのなら付け狙われるのはどうしようもねーもん。


 そして旅の中で俺はエリオットとの友誼を深めつつ、性欲全開のうつけ者を演じながら情報を集めた。パーティ全員が誰かに寝取られている、という点にアタリをつけてから探り回り、その相手が王国の王子であるとおおよその検討がついた後は今度は王子が利用しているという高級娼館に通い、そこの娼婦たちに土下座で協力を頼み込んだりした。

 幸いにというか良いのか悪いのか娼館での王子の評判は最悪で、金にモノを言わせてよんだ娼婦の心身をボロボロにしたり、権力で圧力をかけてお気に入りの娼婦を連れ去り、そしてその娼婦がどうなったかはわからないという有様で王家だからこそ黙っているが娼婦たちの内心は王子への憎悪で満ちていたので俺に協力をしてくれた。


 そこからは旅の合間に「んほぉ~ちんちんがムラムラするぜ~」とか、「んほぉ~娼婦ちゃんたまんねぇ~」とか、とりあえずんほりまくった。

 最初の頃は「んほぉって何?」なんて反応されてたけど構わずんほり続けたら途中からはそれが平常運転だと気にされなくなったので、情報収集のための娼館通いに違和感が出ないよう、性欲むらむらマンを演じ続けた。勿論パーティの女3人からはゴミを見る目で見られたりもしたが、まぁ裏切り者のビッチになんて思われようとも関係はないのだ。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや!!


 さらに、娼婦たちの口利きでドワーフ工廠に繋いでもらい、俺の前世の記憶からのアイデアで録画機能を持つ映像水晶を開発してもらうことも抜け目なくすすめた。


 王子は娼館の娼婦をお忍びで自分の所有する邸宅に呼ぶというので、娼婦のおねーさんたちに頼んでそこに映像の水晶をしこんで貰ったら案の定パーティの女3人の痴態もとれて、ざまぁの証拠もバッチリ集まった。なんなら王子がエリオットを暗殺しようとしている証拠まで取れたのは望外の収穫だったがね!


 いやぁ、もうここまででも本当に頑張りまくっていて、戦いながら素性がばれないように情報収集と証拠集めとか我ながらめっちゃよくやったなっていう感じで自分をほめてあげたい位だったよマジでマジマジ。


 で、持ち帰ったそれを娼婦の皆のコネクションでタイミングを合わせて各国にバラ撒けるよう仕込んでもらいつつエリオットにパーティの女たちの裏切りを伝えたが、最愛のはずの幼馴染に裏切られていたという絶望にエリオットは声を上げて泣いた。


「あ……あんまりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「今は泣いたっていい、俺がついてる。だから気が済むまで泣けよな」


 わかるよー、その気持ちわかる。やっぱり幼馴染NTRとかゆるせねえよな!!実は俺も同じ目に遭っていたからわかるんだ!!

 それから涙をひとしきり流し終えたエリオットの瞳は死んでいた。……あのクズ女達の所為でエリオットの心は死んでしまったが、それでもまだ命があって生きてるだけ御の字としよう。もちろん報復は10倍返し、いや100倍返しッ!してやるがね。そして俺はエリオットにざまぁを提案し、エリオットはそれに乗った。あとは魔王城で魔王との決戦で勝負の決着がつく直前にざまぁ劇をやれば良い。


 唯一誤算だったのは、その途中魔王十将の一人、衝撃波使いのインパクターと一騎打ちでの勝負をせざるをえなくなり、回避をしたら街を護る防壁システムが破壊されて無辜の住人が死ぬ、という状況に陥ってしまった事。住民の命を護るためにインパクターの全力の一撃を受けたら胴体に大穴あけられて致命傷を負ってしまったのだ。エリオットを遺して計画の途中で死んでしまうかと思ったが何故かセシリアに救命されて、戦士としての戦闘力、ジェーンから与えられたギフトをほぼ喪失してフルパワーで戦えない身体になりはしたが、命だけは助かった。


 ……なぜ俺を助けたのか聞いてもセシリアは答えなかったが。裏切り者なりに何か葛藤があったのかもしれないが、今となってはわからない。


 戦闘力を喪失した後も俺はエリオットを1人にするわけにはいけないと、旅に同行し続けた。荷物持ちぐらいしかできないし、パーティの女達、特にマルールにコケにされているのは知っていたが、俺が馬鹿にされるの自体は対して苦でもなかったので気にしない事にした。ざまぁの瞬間まで、エリオットを1人にせずに支えてやるのが友達だと思ったからな!


 そして満を持してのざまぁをキメた後、俺はエリオットを連れて商業都市にきて温泉ぽーかぽかまったりライフを始めた。世話になった娼館のお姉さんたちにお礼をしつつ、後は裏切り者達の顛末や王国が滅ぼされて行く様を新聞便りに見聞きしながら温泉暮らし。

 転生の際に頼まれた戦争を止める、という大目標も達成できたことには安堵もした。

 一応、チートの残り火が少し残っているので住人の困りごとを助けたりなんかもして、それなりに毎日を楽しく過ごしていた。ラ=コ・ナヴェ?……うっ頭が。


 で、今俺は再び王国、いや元・王国の王都へと戻ってきた。今では魔族領に組み込まれたが、そこでは人々が以前と変わらぬように暮らしている。ここは魔王の采配だろう。

 再びざまぁを眺めるために、そして親友の晴れ舞台のために―――王国よ、俺は帰ってきた!!……ってワケ。

 そんな元王国は今、活気に満ちており各国から人が集まってきている。魔王の娘、アスモディエスとエリオットとの結婚式をここでやる予定になっているからである。

 人魔の終戦、そして人類と魔族との共存の橋渡しともなる婚姻なのでめでたいことこの上ない。

 そんな慶事の前に、俺は少しだけやる事があって王国の地下に密かに設けられた場所に足を運んでいた。ここはエリオットも知らない場所だ。


「これはトール殿。あぁ、あの2人に面会ですかな?」


 門番代わりに2人の監視を務めるのは、魔王十将のマーヴェラス。それだけの人物が見張りをするのはここにいる人物たちが重要だからである。マーヴェラスと挨拶をかわした後、俺は薄暗い地下牢の中を歩いていき目的の人物たちを見つけたので、フレンドリーに手を挙げながら声をかける。


「よう。随分見違えたなおまえら」


「あ、アアアアアアア!トール!!アンタがっ!エリオットを唆したせいでこんなことになったんでしょこのくずううううううううう!!げすぅ!お前は世界最低のゲス野郎だぁぁぁっ!おまえが余計なことしなけりゃ私はこんなめにあわなかったんだああああああああ!死ねええ!!!この恥知らずの最低ゲボカス野郎ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!目玉!えぐってやる!背骨!バキおってやる!てめえこっちこいおらああああああああああああああああああっ!!ブッごろじでやりゅぅぅぅ!」


「すいませんごめんなさい許してくださいトール様ァァァァァァ‼!俺が悪かったですぅ、もうわるいことしません、だからどうかころしてください、もうころされつづけるのはいやでしゅうううううううう!いたいのやじゃあああああああああああ!!ぺにぺにさんもちょんぎられてなーいなーいのじぇぇぇぇぇ、もうぷーすぷーすやめてほしいのじぇえええええええええ!!」


 やせ細り以前の可愛らしさは見る影もなくなったマルールと、延々と殺され続けたからかハゲになり情けなく怯えきったネトリック元王子だ。

 普段は魔王城や他の国でなりで拷問を受け続けている筈の2人だが、今は故あってここにわざわざ運ばれてきている。

 別々の牢に入れられている2人からはそんな対照的な声が飛んできた。いやぁ、まだまだ元気そうじゃないか。檻の中で無様、悔しいでしょうねぇ!

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