第6話 たのしい温泉ライフしてるのに縋りに困られても困るので消えてね、すぐでいいよ!


 魔王城を後にしてから、俺はトールに背負われながら戦傷によく効くとうわさの温泉に湯治でのんびりと過ごしていた。

 勇者エリオットから解放されて、ただのエリオットとして過ごす毎日は気楽なものだ。


 あれだけ娼館に通っていたトールも娼館に入り浸るかと思いきやそんな事もなく、日がな一日街をぶらぶらしたり、子どもと遊んだり、街の住人の大小の困りごとを解決したりとしているようで退屈していない模様。

 戦闘力を殆ど失ったとはいえそれでも戦いを知らない町の人や衛兵よりは腕が立つらしく、あれで結構頼りにされたりしてるらしい。人と仲良くなるの早いし子供にはよくなつかれてるからそこら辺はトールの性格によるものもあると思う。


 で、俺はというと美味いものを食べたりだらだらのんびりしながら過ごしつつ、トールの頼まれごとの手伝いをして毎日楽しく過ごさせてもらっていた。毎日スローライフ&エンジョイ最高!


 ちなみにこの商業都市は海辺にあるので、温泉が幾つもある宿場町というだけでなく陸路と海路を繋ぐ重要な拠点でもあり、その立地からモンスターが出現する事や野盗や海賊に悩まされていたのでそういったものへの対応を手伝っていた。特に海竜種のような大型モンスターが出現すると各国に救援を求めて大海戦、という大事になるのだが俺が出て行けばそれでカタがつくので大いに頼られた。

 そうして頂いた謝礼も街への滞在費に使っているんだけど、この街温泉幾つもあるし美味しいものあるし活気もあるのでもうここに家買ってのんびり暮らそうかなぁと思う程に穏やかな毎日で大変満足していた。


 そんな中でも住民の話題になっているのは、王国の滅亡とその王族の哀れで惨めな末路だった。第一報でヒルデが戦死した報が届いた時はトールが新聞を見ながら、


「あちゃー、ヒルデとうとう死んじゃったかー」


 なんて呑気に言っていたけれども俺も別段感慨は湧かなかった、正直もう他人だしな。マルールとセシリアは消息不明だということだけど、どこでどう死んでも関係ないからこっちに迷惑かけるなよというぐらいにしか思わなかった。


その後、王国は魔王軍+周辺国の人魔連合に完膚なきまでに叩き潰され、領土の割譲等を含めて完全にこの世界から消滅した。

 王国民に関しても最大限人道的な配慮がされているとかだけれども、その王族は他国に嫁いでいたもの、その子供を含めことごとくが処断されることになった。王国の王家の血統が人類全体を戦禍に巻き込んだ者達という事らしい。

 で、大戦犯の王子に関しては楽に殺されなかったようで、魔族の拷問官や各国の処刑拷問のスペシャリストが集い公開処刑と超強力な回復魔法を使われる事で“殺され”続けているらしい。魔族の僧侶達がもつ治癒呪文は致命傷を負い絶命しても3秒以内程なら蘇生ができるらしく、死んだ瞬間自動的に蘇生されるので殺されては生き返り公開拷問され続けているとか。

 最低限この戦争で命を落とした者たちの回数分は拷問死を受けるらしく、正気を失わないように精神安定の魔法もかけ続けられて至れり尽くせりの無限獄死を味あわされているらしい。

 犯した罪を考えたら……まぁ、そうね、という言葉しか出ない。


「なーに難しい顔してんだよエリオット」


「ん?あぁ、なんでもない。すまんな」


 トールの声にハッとして意識を戻す。今は住人に頼まれて町の近くに出たモンスターを倒してから、温泉をキメてる最中だった。幼馴染の婚約者も故郷も全部なくしたけど俺にはまだ友達が残ってるから充分だよな!!


「2人とも壮健そうだな」


 そんな声と共に振り向くと、全裸の魔王が立っていた。湯桶を持参してきているので魔王も湯船につかりに来たらしい。


「す、すげぇ……まるでナウマンゾウだぜぇ……」


 トールが魔王の股間を凝視して戦慄している。ナウマンゾウというのはどんなモンスターなのかはわからないが、魔王の股間にボロンッとぶらさがる魔剣は男子であれば敵わぬと畏怖してしまうレベルだった。デッッッカッ!!デッッッッッカ!!あれが魔王級……!!


「フフフ。我も湯船につからせてもらうぞ」


 湯桶に汲んだ湯で身体を流した後、温泉に肩までつかる魔王。魔王の超巨体の分一気に湯船から温泉が溢れるが、どうせここには今俺達3人しかいないから気にすることもない。

 そもそも商業都市は中立で、魔族も普通に出入りしているので魔王がここにいても別段咎められることもない。まぁ、魔王デカいから目立つだろうけど。


「ひと仕事お疲れー?」


 トールが労うように明るい声を魔王に駆けると、魔王が王業に頷いて返す。


「うむ、じき新聞などでも広まると思うが、王国は滅びたといってよいだろう。細かな事はまだこれから各国の王と協議をすることになるが、戦は終わった」


「そいつぁめでたい、グッドなニュースだ!どうだ、一献」


 オヴォンなる板にのせて湯船に浮かべていた酒を笑顔と共に魔王に勧めるトールと、にやりと笑顔で返す魔王。


「うむ、いただくとしよう」


 魔王が手にした盃にとくとくと酒を注ぐトール。トールまじで物怖じしないというかコミュニュケーション能力が高いんだよな、躊躇なく魔王に酒をすすめて遠慮なく注げるのすげーよ!


「―――うむ、これが強敵(とも)と味わう勝利の美酒の味か」


「だろ?まほろの国から仕入れたダツ=サーイって名酒だぜ。味わいが違う」


 上機嫌でぐびぐび酒を飲む2人をみて愉快な気分になっていたが、そんな所に雰囲気と空気をぶち壊す聞きたくもない声が乱入してきた。


「ミ……ミツケタ……ゾ!!」


 ここは男湯だというのに聞こえたその声は女の声。ガサガサと繁みをかき分け囲いを乗り越えて現れたのは、やつれ果てて薄汚れた姿のマルールだった。髪はボロボロ、肌はガサガサ。まともに食事をとっていないのかガリガリに痩せ果てており、身体も洗えていないんだろうかかなり距離があるのにツーンという異臭がする。女として以前に人としての尊厳をかなぐりすてた、生ける屍のような汚れきった姿に純粋に気持ち悪くて顔をしかめる。


「あぁ、エリオットォ……助けてぇぇ」


 涙を流し、よろよろとこちらに歩いてくるマルール。だがそんなマルールに、風呂桶をなげつけるトール。判断が早い!風呂桶がヒットしたマルールは、ぐぎゃっという汚い悲鳴をあげるが反撃の魔法が飛んでこないあたりもう魔力もカラカラなのだろう。


「きったねぇなぁ!!こっちくんなばっちい!!」


 中指を建てながら第二射の風呂桶を構えるトールだが、そんなトールを無視してマルールは涙をぽろぽろと零しながら縋るように這い寄ってくる……キショッ!!


「助けてエリオットォ、謝るからぁ、あんたを裏切った事謝ってあげるからぁ、だから私を助けてよぉ!!暗殺者が、レッドシャドウがどこまででもおいかけてくるよのよ!腕を組んだまま上半身を動かさずに、足だけを高速で動かしてどこまででも走っておいかけてくるのぉお陰で国に戻る事も街に寄る事もまともにできなくってぇ、疲れちゃってぇ……ずっと逃げながらあんたの気配を探して、やっとみつけたんだからぁ……ねぇエリオットォ」


「知らねーよ。さっさと国に戻って裁きを受けろ」


 臭いし気持ち悪いしあと普通に悪いことした奴なのでさっさと王国に戻って掴まって裁かれろとしか思えない。面倒くさいけどつーほーするかーと頭を抱えるが、そんな俺の様子に気づかないままマルールが泣き叫ぶ。


「嫌よっ、そんな事したら殺されちゃうじゃない!私、死にたくない!!ねぇ、やっぱりエリオットは私の大切な人なの!もう一度わたしをたすけて……あの頃のように!!」


「あの頃のwwwようにwwwwブフォッwww」


 マルールの哀願がツボったのか、声を上げて爆笑を始めるトール。きっとトールの笑いのツボにささったらしい、よくわからんけど。


「―――聞くに堪えんな」


 おっと、ここまで黙っていた魔王様がぐびり、と酒を飲んでから声を上げた。言ってやってくれよ魔王。


「ヒギョエエエエッ?!?!マ、マママママママ魔王?!魔王ナンデッ?!」


 じろり、という擬音のつきそうな眼差しで魔王に睨まれて、マルールは失神しそうになってひっくりかえっている。腰が抜けたのか逃げる事も出来ずに、仰向けになったままじたばたと手を動かしているのが滑稽だ。


「レッドシャドウ、来ておるのだろう?捕らえよ」


 魔王の言葉に、いつの間にかマルールの傍に立っていた赤い仮面の暗殺者がマルールをひょいと担ぎ上げた。


「ア、アイエエエエエッ?!やだ、たすけちぇエリオット!はやくたしゅけちぇにぇえっ!!」


 マルールが泣き叫びながら一生懸命こちらに助けを求めているが、無視する。


「うぬは王子に加担した重罪人、極刑は免れぬ。両手足切断か、逆さ吊りにして股から鋸で両断か、背骨ごと頭蓋骨引き抜きか、臓物を引きずり出して生きる鍵楽器か、……残酷な死は覚悟しておくのだな」


「やだぁぁっ!!死にたくない!!しにちゃくにゃいよぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ!!」


 残酷な処刑方法の数々に、担がれたまま粗相を漏らしはじめるマルールだが、レッドシャドウは顔色変えずに担いだまま魔王の指示を待っているので凄いなぁと感心してしまう。俺だったら汚いから叩き落してると思うもん。


「そうだエリオット、貴様の望みの処刑方法ががあれば聞くが?」


 魔王が確認を取るように俺に聞いてくるが、もうマルールがどうなっても俺には関係のない事なので特にリクエストはない。そんな事より温泉出た後の晩御飯に何食べるかに忙しいんで。


「アンタに任せる」


「そうか、ならば全部だな!!蘇生を繰り返しての魔王軍処刑法全101種フルコースだ。執行官にそう伝えよ、レッドシャドウ」


「承知いたしました」


 シャベッタァァァァァァッ!!レッドシャドウがシャベッタァァァァァッ!!

 驚いている間に、レッドシャドウはお辞儀をしてから立ち去って行った。……下半身だけを高速で動かして。


「うおーっ、はえー!あのダッシュスキル便利そうでいいなぁ」


「―――あれは十将走り、魔王軍の将であれば皆習得している技術だ。魔力を必要とせず走り始めに体力を一定量消費するだけで疲労せずに走り続ける事が出来るのだよ」


 ダンディなイケボが聞こえたので見ると、魔王十将のインパクターが追加の酒瓶片手に風呂場に入ってきていた。何その便利スキル!今度教えてもらおう。


「おぉ、インパクター!久しぶりだな」


「お前もな、トール。魔王様、ワシもご一緒させていただいても?」


「無論だ、インパクター。王国陥落の仕上げの仕事はご苦労であった。ここで存分に疲れを癒すが良い」


 戦いが終わればそこにあるのはお互いの実力を認め合った好敵手。ウーンイイハナシダナー!汚馴染の事は忘れて、男4人、湯船につかり酒を呑み、楽しい時を過ごしていく


「ところでエリオットよ。貴様に我から一つ提案がある」


「どうしたんだよ改まって」


「貴様、我の娘を娶る気はないか?我が娘アスモディエスの事だ。我より強い男にしか嫁がぬというが、我に勝ったものはお前しかおらぬし、あれも貴様とならばやぶさかではないようでな」


 アスモディエス!側頭部から角を生やして、青い肌に蝙蝠のような羽根の他に尻尾を生やした悪魔っ娘だったっけ。一応何回か戦った事はあるけれど年頃の女の子だったから見逃したんだよな。見た目も可愛かったしスタイルもすごい……凄かったですね!


「いいじゃんいいじゃん!ついにお前にもモテ期が来たんじゃね?!」


 我がことのように喜ぶトールだが、いやぁ、どうだろうね?


「めでたい話だな。ならばちょうどよい。さっき商店で珍しい珍味が手に入ってな……希少海獣ラ=コの肉だ。わしも手に入れるのは初めてだが、密室で煮込む“ラ=コ・ナヴェ”なる食べ方で食べるのが美味い食べ方と聞いた。風呂から出たら4人でどうだ?」


 そんなインパクターさんの提案に、丁度腹も減ってきたなと二つ返事で頷く。トールだけは何故か、


「ラ=コ・ナヴェ……?ラ=コ……ナヴェ?ラッ……コ……?うっ、頭が」


 と何かを思い出そうと首を傾げていたが、でも珍味なんだから美味しいんじゃね?と肩を叩く。

 そんなこんなで、温泉街での俺の暮らしは千客万来、思ったよりも気楽で楽しくて賑やかなのであった。毎日自由に楽しく生きてて最高だ、ぜ!!

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