第11話
ダンジョンの最下層、広大な空間で勇者ルカルオとミレイが対峙していた。一瞬の間を置き、二人は同時に地を蹴って飛び出した。
鋭い刃が空を切り裂き、剣が交わる音が広がる。ルカルオの一撃は素早く、的確にミレイを狙うが、彼女は冷静にそれを防ぎ、絶妙なタイミングで反撃する。二人の剣は絶え間なく交差し、火花が散る。
ルカルオは連続した斬撃を繰り出し、ミレイの防御を崩そうとする。彼女はしなやかな身のこなしで刃をかわし、巧みに剣を操りながら彼の攻撃をいなす。ルカルオの刃が横から迫ると、ミレイは後方に軽く跳躍して距離を取り、上から振り下ろされる斬撃には体を低く沈めてかわし、逆に彼の脇腹を狙って突きを放つ。
鋭い突き、素早い斬り返し、力強い打撃が繰り返される。ルカルオが剣を横に薙ぎ払うと、ミレイは瞬時に体をひねってそれをかわし、その勢いを利用して逆に彼の肩口を狙う。ルカルオが斬り込む度に、ミレイは巧みにステップを踏み、攻撃を紙一重で避けながら、反撃の隙を狙う。
剣と剣が激しくぶつかり合う音が広がる。ルカルオの剣は鋭く、正確にミレイの防御の隙を突こうとするが、彼女はそれを視線で追いながら、紙一重でかわしてカウンターを繰り出す。ミレイは素早く前進し、横にステップして攻撃をかわし、その度に反撃の刃をルカルオに向ける。
剣戟の応酬が続く中、二人は全ての技と力を振り絞り、攻防を繰り返す。
「ミレイさんっ!」
ルルアの叫び声が聞こえる。そのタイミングで、ミレイはルカルオの足元を崩して彼の動きを遮った。
「"絶対解呪"」
ルルアの詠唱が終わりを迎える。その瞬間、ルカルオの足元は白い光に包まれ、彼の中に結ばれた呪いが、一つ一つルルアの力によって解かれていく。
「……!?」
が、しかし、解いた箇所から再び呪いが結ばれ始めた。ルルアは酷く驚いていた。
呪いには大まかに分けて二種類存在する。一つは呪い-まじない-を掛けて放置された物、そしてもう一つは、呪いを掛けた主たる存在に管理された物だ。
後者はもし仮に解呪を試みたとして、端から呪いを解く度に呪いを結び直されてしまうのだ。
「中々に面倒そうだな」
シンは呪いの動きを見て、ルルアに話しかける。
「……はい。まさか、幾千年もかけ続けられた呪いが、未だに管理されているとは思いませんでした」
ルルアは端から呪いを解き、呪いを掛けた主たる存在は、何処からか呪いを結び直していた。
これではイタチごっこである。キリが無い。であれば、違う方向性から勇者ルカルオと呪いを掛けた存在の縁-えにし-を切る必要がある。
「シン」
「わかった」
シンが持つエネルギーが、ルルアの天使の片翼に充填される。すると、一枚だった翼は三枚に増えた。裁定者としての力を用いて、勇者ルカルオと呪いを掛けた存在の間にある縁を断ち切ろうと試みた。
「……つぅ」
ルルアの頭に痛みが走る。解呪をしながら裁定を行うことによって、タスクが単純に二倍になったからだ。
だがしかし、縁が切れかかったおかげで、呪いが結び直される速度は落ちた。
今だ、そう言わんばかりの勢いで、ルルアは完全に勇者ルカルオに掛かった呪いを解き切った。
「……俺、は?」
「良かった。成功したようですね」
勇者ルカルオは意識を取り戻した。
ルルアはほっとした表情をしていた。天使と悪魔の翼は一枚ずつに戻り、後ろに立っていたシンに持たれかかるように倒れた。
「大丈夫か?」
「……まあ、はい」
シンは彼女を抱きとめて、軽く頭を撫でて労った。
「多分、まだ終わりじゃないです」
動けなくなって申し訳なさそうな表情をしながらも、ルルアはシンに忠告する。
「……だろうな。リョウっ!」
シンはこれから現れる真打ちの存在に気が付いていた。だがしかし、自ら戦おうとは思えなかった。
「んあ?」
リョウは倒れた戦士ガンドの隣で寛いでいた。随分と気の抜けた表情でシンを見た。
「任せても良いか?」
「んー、良いけど。相手、多分死ぬぞ?」
「……まあ、だろうな。構わない」
「わかった」
リョウは立ち上がった。ちょうどそのタイミングで第百階層の次元が歪んだ。
「イッヒッヒッヒッ
まさか、この世界に私の呪いを破る奴が居るとはねえっ!」
三対の蝙蝠の翼を持った紅の悪魔が姿を現した。
「……アンリマンユ・デーモン、か。ルルアの予想が当たったな」
「ふふ、それは喜んで良いのですか?」
アンリマンユ・デーモンは紛うことなき強敵だ。茶化すシンの言葉にルルアは微妙な顔をしていた。
「私とリョウが居るから、万が一にもアレに負けることは無いさ」
「……ミリアリアさんも居ますからね」
ルルアは疲労で意識を手放した。
「その小娘が私の呪いを解除しやがったのですか」
アンリマンユ・デーモンは意識を失ったルルアを見て、忌々しそうな視線を向けた。
「だったらどうした?」
シンは肩を竦めた。
「敵に慈悲無しでやがります」
アンリマンユ・デーモンはルルアを殺すべく、彼女を抱えるシンに襲いかかった。
「まあ待てよ。俺が相手だ」
神速の抜刀術がアンリマンユ・デーモンの翼を全て刈り取った。
「!?
たかがヒューマン族が私の翼を!?」
アンリマンユ・デーモンは急接近したリョウから距離を取り、切り飛ばされた翼を再生させた。
「お前……まさか、超越者でやがりますか?」
だが、アンリマンユ・デーモンも数え切れない年月を存在してきた。知識も経験も豊富であり、何となくリョウの実態を理解している様子だった。
「超越者……ね。俺にはわかんねーな」
リョウはその言葉を知らなかった。それ故に捨て置くことにした。だがしかし、シンは超越者の言葉の意味を知っていた。
超越者とは身体的な進化ではなく、精神的、技術的な進化を元に、様々な事象に干渉する手段を持っている者を指す。
リョウが持つ武芸百般の技術は、確かに超越者として呼ぶにふさわしいものであった。
(それだけでは無いがな)
シンはリョウとミレイが持つ唯一無二の能力を知っている。それはリョウの持つ技術と同等かそれ以上に恐ろしい力だ。
「くたばりやがれっ!」
アンリマンユ・デーモンはリョウの壁を強引に突破しようと、闇の瘴気から生み出した幾千本の槍を彼にぶつけた。
リョウは必要最低限の動きで、その槍の合間を縫ってアンリマンユ・デーモンの懐に飛び込んだ。
リョウの抜刀術を防ぐ術がないアンリマンユ・デーモンは大人しく身体を斬られるしかなかった。
「ぐぬぅ……」
「一応、念の為に聞いてやるけど、何で勇者パーティに呪いをかけたんだ?」
リョウは殺せる距離に居ながら、珍しく敵に理由を尋ねた。
「楽しいから以外に理由などある訳……」
アンリマンユ・デーモンが意気揚々と理由を喋ろうとした矢先に、その身体にはまるで碁盤の目のように切れ込みが入った。次の瞬間には、アンリマンユ・デーモンの身体は既にサイコロステーキのように地面を転がっていた。
普段であれば、即座に再生するはずのアンリマンユ・デーモンの身体は、全く再生する気配を見せずに呆気なく死を迎えた。
「……流石だな」
シンは戦いを見届けて、デーモン族の最上位種の亡骸に視線を移した。
「回収、して、良い、?」
デリは本来は世界を揺るがす程の力を秘めていた筈の骸を眺めて、少しワクワクしたような表情をしていた。
「好きにしてくれ」
シンはやれやれと言った表情で、デリに死骸回収の許可を出した。
デリは一つずつ拾い上げて、肉塊を何処かに仕舞った。
「勇者ルカルオ、君はどうする?
私たちと敵対するか?」
デリの様子を尻目に、シンは勇者ルカルオに問い掛けた。
「いやまさか、救ってもらったのにそんなことをする訳が無い」
「戦士と魔法士の姿を見ても同じ事が言えるか?」
「ん?
……ああ、あれくらいならハクアの治癒術で何とかなる」
脚が無くなった戦士と腰から下が分かれた魔法士を見て、事も無げにルカルオは言った。
「なるほどな。それなりに優秀なパーティだったと見える」
「そりゃあ、惑星ブラルダに認められた勇者パーティだからな」
ルカルオに勇者であった自負はあるようだった。
「この後はどうするんだ?」
「……何も決まってない。俺たちを裏切った人々の為に何かをする気にはならないよな」
シンの問い掛けにルカルオは少しだけ暗い表情を作った。
シンはそれを見て、更に一つ提案を口にした。
「私の世界に来るか?」
「……は?」
その提案はあまりにも規模が違った。ルカルオが思考停止してしまうほどであった。
「言葉のままだ。私は一つの惑星を持っていてな。こうやって世界から弾かれてしまったり、居場所を無くしてしまった者たちに場所を与えているんだ。
……まあ、時と場合によっては、色々と手伝ってもらうこともあるが」
その説明を聞いてもなお、正しく理解することに時間がかかっていた。
「惑星の所有って、そんなに簡単にできるのか?」
「どうだろうな。私が一から作ったから……」
「いや待て、俺たちの世界って人の手で作れるのかっ!?」
「そっくりそのままって訳じゃない。この惑星ほど文化も発達していなければ、あくまでも、その星の住民も君みたいに生きる事に疲れてしまった不老種が多い」
「……俺たちは人の世には戻れないよな」
不老になった者が街で生きていくことは難しい。寿命を持っている者たちは不老種を酷く不気味に思い、嫌悪する者すら存在する。
短命種、長命種、不老種、短命種から不老種になった者、様々な者たちが存在する広大な宇宙の中で、その種族間の壁を完全に克服した世界-惑星-は存在しない。
「否定はしない」
「……それならいっその事、仲間だけでゆっくりと過ごすのも悪くないかもしれないな」
勇者ルカルオは治癒士ハクアに目配せをして、戦士と魔法士の治療をさせた。
勇者ルカルオはシンの手を取った。
アブソル・ノワール~最強パーティの異世界放浪記~ 悠な未来を @mashmashmashmash
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