第10話
「ど、けぇぇえええっ!!」
勇者ルカルオは叫ぶ。愛する者を守る為に。
「そう叫んだとて、私は消えないし道は譲らない」
シンはルカルオの剣を戦鎚で受け止めて、そしてそのまま押し返した。
「勇者ルカルオと言ったか?
ルルアが名を知っていた、いや、調べることができたのであれば、貴殿はきっと素晴らしい実績の持ち主なのだろう」
惑星が記憶しているような人物だ。目の前の人物が偉人と呼ばれるような存在であることはシンも理解していた。
「だが、その程度に押される私ではない」
目の前の人物に敬意を払いつつ、シンは彼に負ける気どころか、何か爪痕を残させる気すらなかった。
勇者ルカルオには、シンがかつての強大な魔王のように見えていた。彼は死力を振り絞って剣を振り下ろした。だがしかし、その剣はあっさりとシンに弾き飛ばされた。
「ここまで腕のある戦士が、俺以外に居るなんてな」
戦士ガンドはリョウに剣を振りながら口を開いた。
「……」
リョウは戦士ガンドの剣を躱しながら、彼の様子を注意深く見ていた。
所々のタイミングで、彼に深く踏み込ませない為に刀を一閃する。
だがしかし、その一閃はあくまでも牽制の一撃であり、リョウは未だに全力ではなかった。
「少しくらい、会話しろよ」
「……なんだ、寂しがりなのか?」
戦士ガンドの挑発に、リョウは挑発で返した。
リョウの挑発を聞き、戦士ガンドは今まで以上に鋭く剣を一閃した。
「んだと?」
「怒んなよ。短気か?」
戦士ガンドは正しく歴戦の猛者であった。彼自身にもその自負はあった。だがしかし、そんな彼の緩急を付けた一撃すらも、リョウには軽々と躱されてしまう。
「……あー、シンさん、倒しにいってるのか」
リョウは少し離れた所で戦っているシンの戦況を見て、自身の戦闘の指針を変更することにした。
「随分と余裕だな?」
戦士ガンドはその様子を見て、皮肉混じりの挑発をする。
「ああ、余裕だよ。お前くらいじゃ相手になんねえよ」
リョウは言い返した。と同時に、刀を戦士ガンドを仕留める為に一閃する。戦士ガンドは一切反応できずに脚を斬られて地面に這いつくばった。
「お前まさか、自分が主導権を握ってるとでも思ってたのか?
……だとしたら、ご愁傷さま」
リョウは上から立てなくなった戦士ガンドを見下ろした。
「ガンドっ!?」
魔法士ザルバは戦士ガンドが敗北した様を見て、悲鳴のような驚きの声をあげた。
そして、戦士ガンドの方向に魔法を向けようとした。
「別に仲間がやられたことに驚くのは良いけれど、援護をさせる訳にはいかないわ」
ミリアリアは血の魔人に持たせた大剣を、魔法を構えた魔法士ザルバに叩き付ける。
「……くうっ」
魔法士ザルバは苦悶の表情を浮かべながら、何とかミリアリアの攻撃を躱した。
「貴様らは何者なのだっ……!?」
「何者って言われても、ねえ?」
ミリアリアは肩を竦めた。パーティ名であるアブソル・ノワールを名乗っても、恐らく何も想像はできないし、答えにもなっていないだろうと考えたからだ。
「貴様らは全員が吸血鬼なのかっ!?」
「ああ、それなら私だけよ」
限定的な質問になったので、ミリアリアは親切にも魔法士ザルバの疑問に答えた。そんな彼女の様子は油断にも見えるが、ミリアリアは敵に冷徹ではない。
「魔法士ザルバ、だったかしら?
降参するならした方が良いわよ?
私、他の人とは違って、降参しないと本気で潰しちゃうから」
ミリアリアは敵を程よく生かした状態に維持するのが苦手だ。相手の降参か殺すか、その二択になってしまうことが多い。
「ぐぬぅ……」
「ね、降参しなさいよ」
魔法士ザルバの下半身を、ミリアリアは血の魔人が持つ大剣で消し飛ばした。
「何が目的なのですか?」
身体が修復された治癒士ハクアは口を開いた。彼女は訝しんだ目をしていた。
「貴女たちなら、私たち勇者一行を虐殺……じゃなくて、消滅させることはできますよね?」
治癒士ハクアは更に言葉を続けた。
目の前の人物たちが自らの身体を修復する理由がわからなかった。それをしてルルアたちが何を得するのか理解ができなかった。だからこそ、治癒士ハクアにとって目の前のルルアとデリの行動はとても不可解であった。
「その質問に関しては、確かにそうですね」
ルルアは治癒士ハクアが告げた事実をあっさりと認めた。
彼女はシンやリョウが誰かに遅れを取るとは思っていないし、ミリアリアもたかが勇者パーティに負けるとは思っていない。
「目的を問われると、ハクアさんの身体を修復させたのは私の気まぐれ……としか」
ルルアは少し困っていた。彼女にも思惑や行動原理は存在するが、それが高尚な物だとは思っていなかったからだ。
「……そんな気まぐれだなんて」
治癒士ハクアは疑いの目を向けていた。
何故なら、そんなに簡単に解決するのであれば、治癒士ハクアは他の人々に殺されてなどいないし、アンデッドになることもなかったし、亡き子の器を幾千年も抱え続けることはなかっただろうから。
「他人の幸せを手を伸ばして拾えるのであれば、それは自らの負担にならない程度に拾ってやるべきかと思います。……まあ、それを理解されないことは知っていますが」
ルルアは天使と呼ばれるエンジェル族と、悪魔と呼ばれるデーモン族の末裔である。
故に、天使らしい裁定者らしい力も、悪魔らしい混沌者らしい力も程々に使える。
それ即ち、天使からも悪魔からも忌避の目を向けられることに他ならない。
その中で、彼女が求めた生き方は自分がオンリーワンになることだった。
アブソル・ノワールには、彼女よりも優れた者しかいない。彼女が戦闘時に他の面々に勝てる要素はない。彼女には他の面々を牽引するような力もない。
……であればせめて、アブソル・ノワールを他者に感謝されるように、敵を多く作らないように導くべきだ。
裁定者としての能力だけであれば、考え方だけであれば、世間体の正しさだけでは敵は増えてしまう。様々な世界でも正しいだけの国々は早々に滅ぶ物だ。
その裁定者の力に悪魔の思考を足し合わせる。であればきっと、アブソル・ノワールを本当の意味で正しく導くことができると彼女は信じていた。
だから今ここで、本来は死すべき、土に還るべき後悔だけが残ったような女を、アンデッドとして、美しい見た目に作り直す作業をした。
本来であれば浄化すべきだろう。本来であれば成仏させてやるべきだろう。
だがしかし、治癒士ハクアの気持ちだけを、彼女の報いだけを考えるのであれば、彼女はどんな姿であれもう一度人生をやり直すべきだ。彼女の愛すべき存在と共に。
「ルルア、勇者を捕縛した」
シンは勇者ルカルオの身体を拘束して、ルルアの前に突き出した。
彼がルルアに意見を求めるのは、アブソル・ノワールの中で唯一、彼女だけが自らの幸せの為に他者の幸せを思考するからだ。
例えばこれがミレイの行動原理であると、他者を(自分なりに)助けたいから助ける、になってしまう。
例えばこれがリョウの行動原理であると、他者の生き死になどどうでも良いとなる。
例えばこれがミリアリアの行動原理であったならば、恐らくはそのまま放置すらするかもしれない。
例えばこれがデリの行動原理であったならば、イタズラに自らの眷属として意思のない人形として扱うかもしれない。
年老いた長命種族、もしくは、長らく存在する不老種族は全ての事象を自分の気分で決めがちだ。実際にその力を持っているケースが殆どだろう。だがしかし、本来であれば、全ての事象には深く思考した結果があって然るべきだとシンは考えている。何故ならそれが他者を慮ることに繋がるからだ。
例えばこれがルルアならば、彼女はきっと無理のない範囲で、他者への正しい救いを模索するであろう。
シンはルルアの行動原理は、他者を慮ることに長けていると考えていた。
「勇者ルカルオ、貴方は私たちと敵対する理由がありますか?」
ルルアは勇者ルカルオに問う。治癒士ハクアの美しい見た目に視線を向けて。
「お、おお……」
勇者ルカルオは幾千年ぶりに見た五体満足の最愛者を見て言葉が出てこなかった。
「……ありがとう。ハクアを解放してくれて」
勇者ルカルオは敵意の無い感謝の言葉を口にした。
「ぐう……」
だがしかし、勇者ルカルオは頭を抱えて苦しみ始めた。
(目の前の敵を殺せ)
彼の頭に駆け巡ったのは、あまりにも冷酷な命令文。ルルアにはその命令文の元凶がどんな存在なのか予想できていた。
「シン、私に力を貸してください」
「ああ、もちろんだ」
シンはルルアのデーモン族の象徴である蝙蝠の片翼に手を当てた。そして、それに力を送ってやる。すると、片翼の一枚が三枚に増えた。
「敵はデーモン族なのか?」
「恐らくは最上位種であるアンリマンユ・デーモンです」
「……なるほどな」
アンリマンユ・デーモンとは、ミリアリアがヴァンパイア族の最上位種であるビギンズ・ヴァンパイアであるのと同様に、デーモン族において最上位種に位置する種族である。
もちろん、他にも最上位種と呼ばれるデーモン族は存在するが、アンリマンユ・デーモンはデーモン族の中で最もバランスが取れた最上位種であると言われている。
アンリマンユ・デーモンは一体で世界を傾かせる程の力を有していて、もし、勇者ルカルオに呪いをかけたのがアンリマンユ・デーモンであるのであれば、ルルア単体での解呪は不可能だ。
だがしかし、ルルアには使い放題のエネルギーの宝物庫が存在する。それがシンだ。
シンは超巨大な恒星の核を所持している。そして、それを自由に使いこなすことができる。それ即ち、エネルギー量で何かに負けることは有り得ない。
勇者ルカルオは何処からか与えられた力で、シンの拘束を壊して、ルルアに襲いかかった。
「んっ」
デリはルルアの前に結界を作り、彼女の身を外界から遮断する。
結界の作成速度だけを見るのであれば、シンよりもデリの方が圧倒的に速い。
だがしかし、強度は脆く、勇者ルカルオの力に負けてヒビが入った。
ルルアはそれでも落ち着きながら、絶対解呪の詠唱を唱え始めた。
勇者ルカルオは結界を割ることはせずに、突然にルルアから距離を取るように飛び退いた。彼の視線の先にはミレイがいた。
「私も居ることを忘れないでね」
ミレイはまるで光の巫女のような見た目をしていた。彼女は元々日本生まれ日本育ちであり、日本の最高神である天照大御神の眷属であった。もちろん、現在は眷属として振舞うことはほとんど無いし、諸事情により眷属の縛りが彼女に効かないこともあるので、実質は天照大御神の力を使えるだけの一般人であるが、それでも、デーモン族とは対極に存在する光の力であり、勇者ルカルオはわかりやすく彼女の存在を嫌がった。
「ルルアさんの詠唱、多分長いから……ここからは私と遊んでくれる?」
鮮やかな紅色が入った着物に身を包んだ彼女は、何処からか天叢雲剣(レプリカ)を取り出した。
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