第9話
「……で、ここは何処なんだ?」
エンシェント・ドラゴンの亡骸を眺めながら、リョウは自らの疑問をパーティに投げた。
「ここはダンジョンです。第九十九階層なので、地下九十九階とでも言えば良いでしょうか?」
「うひゃあ、めちゃくちゃ地下じゃん」
ルルアの答えに、ミレイはわかりやすく驚いていた。
「地上に戻るのは、それなりに面倒そうよね」
「そう、だね」
ミリアリアとデリは今後掛かる労力に嫌そうな顔をしていた。
「それはこのダンジョンを踏破してから考えよう。私の勘ではあるが、地上に戻るための何かがあるような気がする」
「シンの勘が当たってることを願ってます」
ルルアもミリアリアとデリと同様に、あまり面白くなさそうな顔をしていた。
「じゃあ、次は第百階層?」
「ま、ここまで来ちゃったら行くしかないわよ」
「そうですね。次がこのダンジョンの最後の階層のようです」
「罠に引っ掛かったからだけど、勝手にショートカットした感じになってる?」
「攻略って面だと、俺たちにとってはラッキー……なのか?」
「攻略するだけなら、な。貴重な武器が手に入るチャンスを逃した……うーむ」
シンが珍しく楽しんでいたダンジョンの仕掛けを、楽しめるはずだった道中をショートカットされてしまった為、彼は少し複雑な気持ちを抱いていた。
「やっぱり、いつもよりは楽しんでいたのね」
「……ふむ、そうかもしれないな。無くなってから自覚した」
「ダンジョン攻略が終わったら、武器探しでもしますか?」
「世界、滅ぶ、よ、?」
特殊な、貴重な武器の中には、人々の象徴になっている物もあれば、世界を制御する為に創られた物も存在する。
ダンジョンと呼ばれる不思議な環境下で何故か出てくる特殊な武器をコレクションする程度であれば、世界を揺るがすような大事件には繋がらないが、世界を飛び回って特殊な武器をコレクションするのは、下手をすれば、世界を揺るがすような大事件を引き起こす可能性がある。
「デリの言う通りだな。それは止めておこう」
シンもわかっていた。そして、思案顔をしていた。
「……まあ良い。
まずはダンジョン攻略だ。
エンシェント・ドラゴンの亡骸は回収して第百階層に向かおう」
少し考えて良い代替手段が見つからなかったのか、彼は今までの話を打ち切った。
第九十九階層から階段を降り、アブソル・ノワールはダンジョンの第百階層に足を踏み入れた。
「さっきの階層と同じくらい広いな」
「……そのようだな」
地下百階に広がる大きな空間、そこには何も無かった。
「……誰か居るわ」
ミリアリアの視線の先には、四人の人影があった。
「一つ、の、パー、ティ」
外見から見て、戦士、魔法士、治癒士、それから勇者と名付けるのが妥当だった。
「ルルア、あれは何だ?」
「……と、言われましても」
シンに尋ねられ、ルルアは困ったような顔をした。何故なら、惑星は一人一人の個体名など記憶している筈がないからだ。
つまり、ルルアの能力でも正体を探ることが……
「!?
……正体がわかりました」
惑星は目の前の四人を記憶していた。ルルアはその結果にとても驚いた。
それ即ち、惑星にとっても重要な人物であることに他ならないからだ。
三つの人影は、ルルアを目掛けて襲いかかった。
だがしかし、勇者の影をシンが相手取り、戦士の影が持つ剣をリョウが弾き、魔法士の影が放った魔法をデリが撃ち落とした。各々が戦闘を始める中で、治癒士の影は不動であった。
「勇者ルカルオ
戦士ガンド
魔法使いザルバ
治癒士ハクア」
ルルアは四つの影の名を読み上げた。
「かつて、この惑星を救った英雄の名」
惑星の記憶から流れ出る情報を、そのまま続けて彼女は読み上げた。
「ミレイさん、ミリアリアさん」
「おっけー」
「わかったわ」
ミレイとミリアリアはルルアに呼ばれて、その意図を素早く理解する。
「……私はこのまま惑星の記憶に潜ります。かなり深層に行くので護衛を頼みます」
彼女は意識を自らの肉体から手放した。地面に倒れ伏さんとする彼女の肉体をミリアリアが支えた。
ルルアは見た。幾千年前の勇者パーティの旅を。
それは惑星が記憶する程の素晴らしい旅だったとは思えない。だがしかし、惑星が記憶する程に救われた事実がそこにあった。
勇者ルカルオは元々は孤児であり、成人したタイミングで彼は惑星の抑止力-勇者-として惑星に選ばれた。
当時、惑星を破壊し続ける魔王が居た。あらゆる自然や建造物を壊し、惑星が自己防衛をする必要性があった。その手段が勇者であった。
勇者ルカルオは惑星に導かれ、数多の苦難を乗り越えて魔王を倒した。
その後も勇者ルカルオは惑星を良くする為に、様々なことに取り組んでいた。
だがしかし、その強大な力に恐れた人々が居た。その人々は勇者の仲間を殺した。勇者の住処を奪った。人の輪から勇者を追い出したのだ。
世のため人のためと働いていた勇者を、人々は"恐れ"の感情のみで排除したのだ。
勇者は怒り悲しんだ。惑星はそれを見ていた。
やがて、勇者と残った仲間たちは、悪魔の手によって惑星の認知外に連れ去られてしまったようだ。
彼らを悪魔の手から解放して欲しい。それが惑星の願いであった。
「かの英雄、見つけ次第、解放されたし」
ルルアの脱力した身体に力が入る。彼女の意識が肉体に戻った。
「……今のは?」
「惑星の意思です」
「なるほど、ね」
惑星が願う英雄たちの魂の解放。それ即ち、目の前の人影が何者かに囚われていることに他ならない。
「戦局は?」
「特に問題は無さそうよ。均衡状態を維持してるわ」
シンとルカルオ、リョウとガンド、デリとザルバ、どの戦いも苛烈ではあったが、アブソル・ノワールの面々は余裕そうな表情をしていた。
「私は後ろの治癒士と接触します」
「私も行くー」
ルルアは勇者パーティの後ろで待機している治癒士ハクアを目掛けて走り始めた。それをミレイも追いかける。
だがしかし、ハクアは大地から土を隆起させ、接近した彼女たちから距離を取った。
ハクアの腹部には新たな魂を宿した器だった物が存在しているのを確認した。
「……酷い」
ルルアは思わず呟いた。
惑星の記憶で見たルカルオとハクアは番であった。
「アンデッドだね」
ハクアは人々に殺された勇者ルカルオの仲間の一人であり、その遺体を禁忌に触れ、屍人化させたのは勇者ルカルオであった。
屍人化した肉体は、通常であれば、それ以上の変化を行わない。それは母子を兼ね備えた肉体も同様である。子を抱えたまま、その肉体を維持していることになる。
ハクアが抱えているどす黒い感情を、幸せを描いたその瞬間に潰された無念を、殺された悔しさを、ルルアはしっかりと感じ取っていた。
「必ず解放してみせます。私は貴女のような人を見過ごせないから」
ルルアの目には決意が宿っていた。
デリはザルバの魔法を全て撃ち落として対処していた。ザルバは勇者パーティに属する程に優秀な魔法士かもしれないが、デリはそれ以上に優秀な魔女であった。
「デリ、交代よ」
ザルバの魔法を、ミリアリアは血の魔人が持つ盾で防いだ。
「……良い、の、?」
「その代わり、ルルアを手伝って来なさい」
デリはルルアが治癒士と対峙しているのを見た。その場にミレイも居たので、戦力的に援護が必要には見えなかった。
とは言え、ミリアリアの指示だ。デリは特に反発はせずにルルアと合流した。
「ルルア、何、やる、?」
デリはルルアの後ろから尋ねた。
「あの者、ハクアの腹部を見てください」
「ん、なる、ほど。身魂分離、すれば、良い、?」
「……できますか?」
「理解」
ルルアの指示を受けて、デリはミリアリアの指示の意図を理解した。
「捕獲、必要」
デリはハクアが行った地面の操作を、自らの魔法で乗っ取った。そして、ハクアの足元に一つの穴を作った。ハクアの身はその穴に閉じ込められた。
「……っ!?」
ルカルオがシンとの戦闘を停止し、ハクアを守る為に行動を開始する。
「行けると思ったか?」
シンは彼の進路を妨害した。ルカルオがハクアの元に駆け付けることは敵わなかった。
捕獲したハクアの周辺に、デリは地面を操作して魔法陣を作成した。
彼女はそのまま"身魂分離"を行った。その技術は文字通り、精神と身体を分離させる術である。
通常であれば、魂は身体が離れると霧散してしまう。それは完全なる死を意味する。
だがしかし、それをルルアは許さない。彼女はデーモン族の力を使い、ハクアの魂が霧散する前にその輪郭に触れた。そしてそのまま手に取って、とある瓶に閉じ込めてしまった。
「肉体の修復、できますか?」
「ん、任、せて」
デリは更に身体を修復させる術を使った。この技術は死骸に使う術であり、魂が入っている生きた人々には使うことは好ましくない。
何故なら、身体の修復時にリソースとなるエネルギーに影響されて、その者の魂自体が変質してしまう可能性があるからだ。
「ん……」
デリは顔を顰めた。
屍人として存在していたハクアの身体は、既に存在しない魂の器を所持し続けていた。
恐らくはルカルオとハクアの子供だったのであろう未成熟児の遺体と、ハクア本体の遺体を分離させた。
「こっち、も、?」
「……いえ、そちらは保管に留めましょう」
デリに未成熟児の遺体も修復するのかと問われ、ルルアは首を横に振った。何故なら、修復してもそれを動かす魂が存在しないからだ。
「ん」
デリは一つの棺桶を取り出して、未成熟児の遺体を中に入れた。
そして、真の意味で一つになったハクアの遺体を、その損傷部位を一つずつ作り直していく。
「凄い……」
ハクアの遺体はとても美しい物になった。勇者の隣を歩くに相応しい姿に変貌した。
ルルアはハクアの遺体を見て、捉えた魂を再び遺体に戻した。
ハクアの遺体だったそれは、屍人へと戻り、ブラウン色の美しい瞳を瞼を開けて晒した。
「……話せますか?」
ルルアは恐る恐るハクアに話しかけた。ハクアは視線を彼女に向けてから、やがて、ゆっくりと口を開いた。
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