第8話

「……面、倒、巻き、込ま、れた」


 転移した-強制的にさせられた-先で真っ先に静寂を破ったのはデリだった。

 彼女はロード・アンデッド族である前に、一人の魔女であった。それ故に魔術的なトラップ-転移罠-に馴染みがあったし、アブソル・ノワールが巻き込まれた事象の正体も大方の目星が付いていた。


「……そうだな」


 シンはトラップの詳細は知らないが、自らの場所が大きく移動したのは認識していた。もし仮に彼が結界を作らなければ、アブソル・ノワールの面々は散り散りに転移させられていた可能性があった。


「本当に良かったです……」


 ルルアは心底ホッとしていた。彼女にとって、他のメンバーと離れ離れになる事の方が、転移罠に引っ掛かるよりもよっぽど怖いことだった。


「うーん……

 ここは、何処なんだろう?」

「流石にわからないねー……」


 リョウとミレイは他のメンバーに比べて、雰囲気も発言も呑気であった。

 アブソル・ノワールが立っている空間はとても広く、東京ドーム十個分はありそうだ。


「何か来るわよっ!」


 ミリアリアが叫んだ。彼女は血の、紅の魔人を背負うように顕現させる。その魔人は人に比べてとても大きな剣と盾を持っていた。

 魔人が持つ盾を、突然現れた何かにぶつけた。


「……ドラゴン族」


 ぶつかった衝撃は空間を揺らすには充分で、ミリアリアの魔人が盾をぶつけたと同時に、新手の正体が明らかになった。


「……さっきの罠は、こうやって通常の人種ではどうすることもできないような、そんな存在の前に強制的に転移させる物のようですね」


 ルルアは惑星の記憶から得た知識を、他の面々に共有する為に口を開いた。


「うわぁ、本来なら即死トラップって奴ね。……性格悪いね」


 ミレイは彼女の知識を聞いて、本当に嫌そうな表情をした。彼女は魔法で生み出した銃弾を使って、ドラゴンに牽制の射撃を行う。それを皮切りにリョウが刀を抜いた。

 ……が、それより先に手を打った者が居た。デリだった。

 デリは自らの転移魔術を使用して、自らの傀儡であるアンデッド・ドラゴンを召喚した。そのドラゴンは死した後に、デリによって眷属化された存在であり、その牙は新手に向かって突き進んだ。


「……ミリアリア、下がっ、て」


 そうして始まった大怪獣バトル。

 アンデッド・ドラゴンの噛みつきが、新手のドラゴンに直撃し、逆に新手のドラゴンの噛みつきもアンデッド・ドラゴンに直撃する。前足でお互いにどつき合い、その度に大地が上下に揺れた。


「デリがそうするなら、私も合わせるわ」


 ミリアリアはヴァンパイア族特有の血の繋がりにより、自らの血で特殊な魔法陣を作成した。

 その魔法陣から彼女はヴァンパイア・ドラゴンを召喚した。ミリアリアの眷属のドラゴンであり、彼女の命令を絶対としている。


 ヴァンパイア・ドラゴンはアンデッド・ドラゴンを援護するように、ドラゴン同士のどつき合いに割り込んだ。


「エンシェント・ドラゴン、この世界に現存するドラゴン族の中でも上位の存在のようですね」


 敵の種族をルルアが看破した。

 エンシェント・ドラゴン族とは、ドラゴン族の中でも太古より存在する存在であり、太古より存在し続けたからこそ、上位種に進化したドラゴン族のことを指す。


「特殊な能力は?」

「他のドラゴン族も獲得しているブレス以外に、特殊な能力は無いようです。強いて言えば、個体として強力なので、他のドラゴン族に比べて身体が強靭な所でしょうか。……ですが」


 アンデッド・ドラゴンは元を辿れば、とある世界で最強だった存在であり、ヴァンパイア・ドラゴンも元を辿れば、とある惑星で好き勝手できるような存在であった。

 そんな二体のドラゴンに囲まれて、袋叩きにされて、それを返り討ちにできるほどエンシェント・ドラゴンは強くなかった。

 アンデッド・ドラゴンの右フックと、ヴァンパイア・ドラゴンの左からの尻尾アタックを、エンシェント・ドラゴンは顔面に受けた。それが相当に効いたのか、エンシェント・ドラゴンは大地に倒れ伏してしまった。


「封印……」


 倒れ伏したエンシェント・ドラゴンを、これ以上の身動きができないように、デリは首や脚、腕に抑える為の枷を作り出した。


「……あり、がと」

「助かったわ」


 アンデッド・ドラゴンとヴァンパイア・ドラゴンは送還され、この場から姿を消した。


「このドラゴン、どうしようか?」

「殺すのは忍びないな」


 アブソル・ノワールの面々は、とても困ったような表情をしていた。

 そんな中で、ルルアの腹の虫が鳴いた。


「……お恥ずかしい限りです」


 綺麗な顔を朱色に染めながら、ルルアは小さく呟いた。


「ダンジョンに潜ってから一度も食事を取っていないからな。ドラゴンの処遇を考えながら食事の時間にしよう」


 シンは何も無い空間に次元の穴を開けた。その先にある全くの別世界に片腕を突っ込んで、その片手に文字を浮かべた。

 暫くすると、その片手には料理が乗った皿が置かれていた。

 シンが開けた穴の先には王の為のレクスパラディソ-王の為の理想郷-と呼ばれる世界が広がっている。その世界にはシンたちの眷属が各々の生活を営んでいた。シンの片腕が作った文字を見た眷属が、彼の趣向に合った料理を提供したのだ。


「何処でも美味い飯を食えるのは、このパーティの特権だよね」

「どっちかと言えば、シンさんと旅をする特権かな」


 ミレイとリョウも、ルルアと同様に食事を必要とする。不老ではあるのだが不死ではないし、元々は何の力も無い只のヒューマン族であり、今も身体スペックだけを見ると大した差はない。ルルアも同様でエンジェル族とデーモン族と呼ばれる種族のハーフでしかなく、それぞれの種族特性を多数持ち合わせている程度でしかない。つまり、ヒューマン族と同様に腹も減るのだ。


 アブソル・ノワールが食事の時間を終えたタイミングで地に伏せたエンシェント・ドラゴンは目を覚ました。

 そのまま身体を起こそうとしたが、デリが作った枷によって邪魔された。


「起、き、た」


 デリはエンシェント・ドラゴンの前に立ち、その竜顔に手を触れた。極めて危険な行為ではあるが、これ以上は暴れないであろうという確証が彼女の中にはあった。


「……貴殿らは何者だ?」


 エンシェント・ドラゴンは人語で話し始めた。それを聞いて、リョウとミレイは少し驚いていたが、他の面々は驚いた様子が一切なかった。


「何者だと言われても困るな」


 シンは答えた。アブソル・ノワールはこの世界において一切の地位と名誉を持っていない。それ故に目の前のエンシェント・ドラゴンが理解できるような立場を提示することができない。


「色々とあるだろう?

 ドラゴン族だとか、エルフ族だとか……」

「だとしたら、尚更だな。ヴァンパイア族だったり、アンデッド族だったり、ヒューマン族だったり、私たちのパーティには様々な種族がいる」

「ほう、そのような仲間が存在するのは素晴らしいな。

 ……もしや貴殿らは、異世界の住人か?」


 エンシェント・ドラゴンは頭は悪くなかった。シンから与えられた情報と、自らをあっさりと倒してしまう程の力を持つ彼らを見て、名乗る地位や名誉が無いことなど有り得ないと感じた。ということは、この世界外で得た地位や名誉を持つ存在である可能性が高いと考えたのだ。


「……何故そう思う?」


 シンはエンシェント・ドラゴンに探るような目を向けた。


「貴殿ら程の者たちが、我を容易く葬るような存在が、地位も名誉も持たないはずがない」

「なるほど、それもそうだな」


 だがしかし、エンシェント・ドラゴンの言い分にもっともだと感じて、あっさりとシンは認めた。


「それ程までに頭が回るのに、何故ダンジョンの中に居るんだ?」

「……ダンジョン?

 ああ、この空間のことか。ドラゴン族の寿命は長い。我は生きるのに飽きてしまった。故に暫し眠りについていた」

「生きるのに飽きたのか。それは中々……大変だな」


 不老種の最も大きな弱点は、生きることに飽きてしまうことだ。

 かつて、宇宙を統治していたシンが、今はアブソル・ノワールといったパーティを作って旅をしているのは、存在することに飽きないようにする為だ。


「貴殿もそう思うか」

「……ああ、そればっかりは同情できる」


 エンシェント・ドラゴンとシンの間にある種の共感が生まれた。


「我の仕事はここに来た者を食らうことだ。

 もちろん、我ほどの存在が狩られてしまえばその限りではない。ダンジョン・マスターとやらも諦めるであろう」


 エンシェント・ドラゴンは死ぬ準備を終えていた。戦って負けたのだ、勝者に殺されて然るべきだと考えていた。


「……ダンジョン・マスターとやらが、お前を使役しているのか?」

「我は他のモンスターとは違う。ダンジョン・マスターとやらに頼まれて、住処を提供する代わりに、ここで門番をやれと言われたまでだ」


 ルルアは"ダンジョン・マスター"に該当する情報を惑星の記憶から探した。


「なるほどな。つまり、負けてしまえば用無し……か」

「そういう事だな」

「……ふむ、わかった」


 シンは片手を振り上げた。

 長らく世を眺めてきた瞳は、彼の介錯によって幕を下ろした。







「……ここは何処だ?」


 エンシェント・ドラゴンの意識は消えなかった。

 だがしかし、命が絶たれた事実は、自らの瞳から見た記憶から間違いが無いと裏付ける事ができた。


「……何が起こっている?」


 白亜に染まった世界で、エンシェント・ドラゴンの意識はふわりふわりと浮遊していた。

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