生還

 隆一が切腹して、床に倒れこむと同時に、最高司祭のオメガが宣言した。

「見届けました。早く処置して下さい」

それに呼応して、真司がステージに飛び出して叫んだ

緊急医療ポッドEMB準備!」

プロメテウスも呼応した。

「了解。救命ロボットRBも向かわせています。後一分で到着します」

真司は、隆一を横に寝かせ、止血パッドを腹にあてた。

すぐにステージ上空に連絡艇が現れて着地し、RBが隆一を連絡艇に収容した。

真司は隆一がEMBに収容されるのを見届け、江崎とマキに指示した。

「連絡艇に乗って下さい。母船に戻ります」

江崎とマキは何か言いたげではあったが、真司の指示に従った。



 連絡艇の中で、マキは怒っていた。

「……リュウのバカ。バカなことをして。なにが切腹よ。時代オタクも甚だしい……」

隆一は、迅速な処置で一命をとりとめ、EMBの中で眠っていた。

江崎も真司も、黙っていた。プロメテウスすら沈黙を守っていた。


隆一が切腹する時、母船にいたモーガン船長を含む三名は、通信障害として母船との通信を遮断され、障害対応をしていた。

通信が再開されると、意味の分からない隆一の『セップク』が伝えられ、同時にプロメテウスの指示で医療ポッドの準備がなされた。

母船の三名がプロメテウスの説明で状況把握に努めている間に、隆一を収容した連絡艇が母船に到着し、彼は医療ポッドに収容された。



 数日後、まだ医療ポッドの中にいる隆一は、全員からの責めにあっていた。

「皆さんに黙って実行したのは、申し訳ありません。しかし、言えば止められることが判っていたので、単独実行するしかなかったのです」

「確かに、できるだけ早く解決するには、ああするしかなかったかもしれないが、そうだとしても、副隊長の私に相談しての良かったのではないか?」

「言えば賛同してくれましたか?」

「賛同なんかするはずないでしょ」マキの怒りは収まっていない。


江崎は抱いていた疑問を口にした。

「私達への相談は別にしても、切腹して謝ることと調査隊の正式な後継者の証明にとするには、論理的に飛躍がありすぎるのではないか?」

「オメガやイータ、ゼータと話して分かったのですが、彼らはすでに私たちを後継者として認めています。彼らが気にしていたのは、住民の思考です。悪魔の使いを滅ぼすためなら自己犠牲もいとわない。その住民たちを納得させるには、自己犠牲を前提としたことで説得するしかないと思ったのです。オメガたちも納得しました」


モーガン船長もクレームを口にした。

「交渉に関して私は口出しできる権限はないが、母船との通信を遮断したのは問題ではないですか?」

「はい。また、隊長の最優先命令を出しました。確かに、通信遮断そしてその原因としてウソの通信障害をプロメテウスに作らせたのは問題です。しかしあの時、私の切腹が母船に伝えられていれば、船長はどうしていますか?」

「乗員の安全が第一だ。無論、止めに入る」

「どのように止めますか?」

モーガン船長は一瞬、逡巡して答えた。

「そうか。だからか」


周りは理解できなかったので、船長は説明を始めた。

「口頭で説得してもダメだから、多分、宇宙船で乗り込む。そうなると、住民は驚き、恐怖を覚える。戦おうとする人も出てくるだろう。そうなると私は武力制圧するしかなくなる。つまり悪魔の使いになってしまう…… それで自分の責任で対応しようとしたのか」

隆一は、答える代わりに微笑んでみせた。

船長はうなる様に言った。

「全てにおいて、そのやり方は正しいと言えない。しかし、『兵は拙速を尊ぶ』という言葉がある。指揮官は、正解の解決法を時間をかけて求めるより、少々まずくとも時間をかけずに行う方がよいという意味だ。今回の隆一くんの行動はそのように理解して、納得するしかないかな」


皆が納得しかけた時、マキが質問した。

「交渉の問題は解らないけど、真司さんに質問があります」

真司は、急に聞かれて驚いていた。

「あの時、指示を出していたのは真司さんでした。セップクのことは知っていたの?」


真司は、マキの怒りを物理的なものの様に感じた。

隆一が助けようとした。「それについては、俺が……」

「リュウは黙っていて」マキに一蹴された。


真司は、覚悟を決め、一呼吸して話始めた。

「はい。知っていました。しかし知ったのは連絡艇に乗ってからです。断りようがなかったです」

「連絡艇に乗ってからでも、一緒に居た私たちに相談できたのではないの?」

「隆一さんから指示が来たのは、降りる寸前です」

「指示が来たから、何も考えずに実行した?」

「いえ、連絡艇に乗った時に薄々感じました」

「どういうこと?」

「あの時の連絡艇のEMBは高度なものに変わっていました。RBも台数が増えていました。プロメテウスもあやふやな返事でした。それで何かあると思い、隆一さんに問い合わせして、説得されました」

「私たちは、同じ連絡艇に乗っていても、注意散漫だったという訳ね」


プロメテウスが会話に入って来た。

「それは、私から話します。隆一さんの元々の計画は、隆一さんと私で行うものでした。隆一さんが切腹した後、私が指示を出す形でした。しかし、それでは現地に居ない者が指示を出している形になるので、映像を見ている住民に不信感を与える可能性が高い。それで真司さんに対応してもらう計画に変更しました。説得しやすくするため、連絡艇のEMBやRBは真司さんに気付いてもらうような配置にしました。真司さんへの回答も不自然感を入れました」


「プロメテウス あなたは心理分析もできるの」マキの怒りはプロメテウスに向かおうとしていた。

AIは応じた「はい。園部マキさんの心理学書籍は全て把握しています」

マキは次の言葉が出なかった。

隆一は声を絞り出した「笑うと、腹が痛い」

この言葉で、場が和み、隆一への責めの会合も終わりになった。

隆一はモニターを消す寸前につぶやいた「プロメテウス ありがとう」

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