地上へ

 エステは徐々に回復し、乗員たちの会話もスムーズに行えるようになった。

特に異星人文化が専門の江崎は、単一言語による影響について質問攻めにしていたが、エステは歴史・文化に詳しくなく、詳細な経緯は分からなかった。

しかし、彼だけでなくモニターしている放送からも、前回調査隊の影響でこの世界が発展したことを、住民全体で感謝していることは判った。


『悪魔の使い』の格言から直接のコンタクトは時期尚早の結論に至ったが、エステから早く地上に戻り、『局』に報告したいとの要望が出された。

この『局』という単語もプロメテウスは翻訳できなかったので仮称になっていた。エステの説明では、教育の一環と生活・倫理指導と自治の機能を受け持つ出先機関のようであった。


彼の要求を拒否することは、得策でないとの判断がなされ、視聴覚バイオモニターを改造したバイオカムを付けた状態で帰ることになった。

情報保護の観点から、バイオカム経由の映像、音声をモニターする許可をエステから受ける必要があった。

エステはなぜ自分が許可しなければならないか理解できなかったが、隆一が頼み込んだので、一つの儀式として承諾した。



 エステは、深夜に事故のあった湖の近くに降ろされ、徒歩で『局』に向かった。母船では全員でエステからの映像と音声をモニターしていた。

明け方過ぎに、エステは多くの建物が建っている敷地に来た。

丸太で組まれた門の様なものの前でエステはつぶやいた。


「『局』に到着しました。中に入ります」

母船でモニターしていたマキも同じようにつぶやいた。

「重力フィールドのゲート見たい。しかしあそこにゲートはないよね」

隆一も江崎もモニター画面を注目していたが、何も答えなかった。

エステは、その門を通り事務所と思われる建物の中に入った。


中では、エステが関係者と呼ぶ人物が居た。プロメテウスは彼をゼータと名付けた。

ゼータはエステを見て驚いた顔をしていたが、静かに尋ねた。

「エステ、生きていたのか?」

「はい。死にかけたみたいですが、助けてもらいました」

「助けてもらったって、誰に?」

エステは一呼吸おいて答えた「新たに来た調査隊です」


ゼータは目を見開いき、しばらくしてから言った。

「そうか、とうとう来たか。では『報告』せねばならないな」

「はい。お願いします」

プロメテウスが割り込んで補足した。「『報告』も仮称です」

母船では、二人の会話の意味が理解できず、見守るしかなかった。


二人は、モニターの様な四角な箱が置かれている部屋に入った。

ゼータは、白い紙きれがたくさんついた棒のようなものを持ち、振り始めた。

「放電消毒?」マキが疑問を口にしたが、だれも答えない。


ゼータは、四角な箱にお辞儀して発音し始めた。

プロメテウスは翻訳しない。

隆一がプロメテウスに聞いた「どうした?」

「昔の地方言語であることはわかりますが、訳せません」

マキは驚いて聞いた「使っているの?」

「多分、ここだけ使用されているのだろう」江崎が想像を述べる。


「……覚えておきなさい。再び調査隊が訪れるだろう。……」

隆一が驚いて尋ねた「プロメテウス、誰が話しているんだ?」

「私ではありません。ゼータが日本語を話しています」

確かに、ゼータは多少アクセントが異なるが、日本語で発音していた。

「……彼らは、あなた方に幸福をもたらすかもしれないし、不幸をもたらすかもしれない。彼らは、あなた方をだますつもりで来るかもしれない。また、彼らはあなた方に幸せになってもらいたいと思って色々なことを授けるかもしれないが、それが元で不幸になるかもしれない。判断するのはあなた方だ。今から準備をしておきなさい。……」

ゼータの発声は再び翻訳できない言葉に戻った。



 暫くして、江崎が言葉を発した。

「驚いたな。隆一くんわかるな」

「はい。まさかですね」

マキは二人の会話が理解できなかった。

『悪魔の使い』に関しては、以前から皆で話していた。だからマキは二人がなぜ驚いているか理解できなかった。

「リュウどういうこと?」

「あの敷地は神社だ。ゲートみたいなのは鳥居とりいだ。振っていた棒は祓串居はらえぐしだ。ゼータは神主かんぬしで、翻訳できない地方の言葉は多分祝詞のりとだ」


江崎は補足した「祝詞に日本語を含ませたのは、仏教の手法を取り入れたのだろう。しかし驚いた」

マキはまだ理解できないでいた。

「調査隊が神社や仏教を、住民の指導に取り入れていることが、そんなに驚きなの?」

隆一が補足する。

「それもあるが、俺の大学でのメインテーマは古代日本の宗教だ。まさかそれがこの惑星で出てくるとは」


 ゼータの祝詞は終わり、エステからゼータへ、事故の内容と今回の調査隊の説明がなされた。

その後、『局』の神主ゼータの要望もあり、後日、隆一とマキの二名で『局』に出向くことになり、エステは久しぶりの自宅に戻った。

エステの自宅では、近所の人たちが、エステの体験談を聞きに集まった。

その内容は、エステのバイオモニター経由で、宇宙船全員が見守っていた。

エステが説明する情報で補足すべきものは、プロメテウス経由でエステに伝えられた。

母船の調査隊は、当初AIのプロメテウスに対する住民の反応に心配されていたが、エステ経由であることが住民の納得を得ているようだった。

住民からは直接プロメテウスと会話したいといった好意的な反応まであった。

翌朝、エステは地元放送局の取材を受け、前夜と同じ説明を行った。

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