現地人

 救助された現地人は、仮称としてエステと名付けられた。

空中に飛ばされた時、エステは湖面が見えた。その湖面に落ちていく際、死を覚悟した。これで悩みがなくなると思った。

エステは数ヶ月前、両親を事故で失っていた。彼は天涯孤独で、資産も特技もなく、将来に不安を抱えていた。

あの晩は、早めに漁の準備を終え、湖上のボートの上で、これから好きでない漁を本格的に行うか、心機一転して何かを行うか、考えてみようと思っていた。

悩みがなくなるという思いと共に、エステは、あの湖面にぶつかったら痛いのか、水中で呼吸できなくなって苦しいのか、死そのものよりそのことが気になっていた。

その湖面にぶつかった瞬間、意識がなくなった。



 マキはデッキにいる隆一に繰り返し説明していた。

「何度も言うけど、相手の目を見て話して。日本語で構わないから、ゆっくり話して」

「はいはい。目を見て話しかけることで、言葉は理解できなくても世話をしていることは理解できる。だから安心できるようになるってことね」

「ゆっくり話すのよ。リュウは相手が理解してないと感じると、早口になる癖があるから」

「ゆっ~く~り~は~な~し~ま~す~」

「あなたが、ファーストコンタクトをするのよ。本当はプロメテウスにさせたいのだけど、音声だけのAIでは彼の不安感が増すかもしれないので、リュウになったのよ。判ってるの? 以後の彼との対応はリュウにかかっているのよ」

「十分に、十二分に、理解しているよ」

隆一は、エステへの介護によるファーストコンタクトの意義について、副隊長の江崎から小一時間説明を受け、続いてマキからコンタクトの指導を受けていた。

エステへの介護の前に疲れてしまわないかと本気で心配し始めていた。



 エステは、見知らぬ部屋で目覚めた。

初めは死後の世界と思っていたが、体中が痛い。我慢できないほどではないが痛い。時々部屋が歪んで見えたり、耳鳴りがしたりしたが、しばらくすると収まってきた。

以前聞いた死後の世界は、天国は苦しみがなく、地獄は苦しみが続くと聞かされていた。しかし、痛みがそれも中途半端な痛みがあるというのは、聞いたことがなかった。


死んでいないのかもと思い始めていると、若い男が入って来た。話しかけてくるが、その言葉は理解できない。以前、どこかで聞いたような感じもあったが、発音が完全に異なっていた。

その若い男は、エステを介護してくれていた。そのことから、エステは死んでいないことを確信した。


 その若い男が部屋から出て行って、エステは一人になった。

どこからか声がした。

「貴方のお世話している隆一と言います。話している言葉はわかりますか?」

「え、なに? どこ?」

「ケガさせてしまい申し訳ありません」

「ケガって、あの衝突?」

「はい、衝突であなたはケガされました」

「ケガってどんな?」

エステは、体は痛いがケガしているようには思えなかった。

「目が見えず、耳が聞こえない状態でした」

「見えているし聞こえているよ。少しおかしいけど」

「あなたの頭に小さな装置を入れて、その装置で見聞きできる様にしています」


「それで、私はどうなるの?」

「良くなれば、帰れます。それまで、ここでお休みください。できればあなた方について教えて下さい」

「知っていることは何でも話しますが、あなた方は誰、神なのですか?」

「神ではありません。遠くから、星から来たものです」

「星って、夜空の星?」

「はい、調査に来たものです」

「調査って、調査隊?」

「調査隊を知っているのですか?」

「はい、小さいときに習いました。神ではないが神に準ずるものであると」


「ワチャ~」女性と思われる声がした。

エステはなぜ女性が騒いでいるかわからなかった。

マキは隆一がエステとファーストコンタクトする際、その会話をモニターしていた。

彼女は、口を挟むつもりがなかったが、エステの発言で思わず声を出してしまった。

プロメテウスが翻訳する際、エステが混乱しないよう、極力元の音質に近い声にしていた。その女性の声が質問した。


「調査隊についてどんなことを知っているの?」

「はい。私たちに多くのことを教えてくれました。いま話している言葉も教えてくれました。昔は場所毎に言葉が違っていて、お互いが理解できずに争いが多かったそうです。そして……」

「どうしたの?言いにくければ無理に話さなくてもかまわないのよ」


エステは一瞬悩んだが、ゆっくりと話し始めた。

「調査隊は私たちに格言を残してくれました」

その後の格言をプロメタウスは訳せずに会話に割り込んだ。「初めての単語で訳せません」

プロメタウスはエステに自己紹介した後、より分かりやすい言葉で伝えてくれるように頼み、エステは再び話し始めた。

「はい。わかりやすく言えば、再び星からの訪問者が来たとき、彼らは調査隊と同じように幸福をもたらす人かもしれないが、私たちをだまし不幸にする悪魔の使いかもしれない。それを私たちが判断しなければならない。そのために常に学ぶ努力をしなければいけないということです」

一瞬、隆一もマキも返事が返せなかった。隆一が気を取り直して発言した。

「そのことを話してくれたということは、私たちを信用してくれたということでしょうか?」


今度はエステがしばらく考えて答えた。

「あなた方を信用しているどうか、自分でもわかりません」

エステはしばらく考えてから、言葉を続けた。

「隆一さんは私の世話をしてくれました。私をだますつもりなら、わざわざ世話をする必要もないと思います。なぜ話そうと思ったか自分でも分かりませんが、私はあなた方を信じてこの格言を話したと思います。」

「私たちを信じてくれてありがとう。まだ長時間の会話はつらいと思いますので、休んでください。何かあれば言ってください。プロメテウスが常にあなたを見守っています」

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