青天の証明




 あれから、様々なことがあった。

 3人で虹を眺めたあと、陛下がふと言った。


 ──さて、此度も協力してくださった『アザレア』の皆さんにも無礼のないよう、挨拶をしないといけませんね。

 採点は『アザレア』が行うと聞いていましたが、やはりジルさんが?お礼の品物を贈らないといけませんね。



 ニケさんとオレは、その言葉にどきりとした。

 何せ『アザレア』に採点を行ってもらわなかったどころか、めちゃくちゃな暴言を吐いてしまった。

 そのことを説明したあと、オレはニケさんと共に『アザレア』に赴き、最高責任者の秘書へ謝罪した。彼女は「たはは」と笑って流して、「とにかく合格おめでとう」と言葉をくれたが、実際のところはどのように考えているのかわからない。

 トラブルがあったためか、『アザレア』は何やら騒がしく、オレたちの謝罪を受け付けている暇がないというような様子であった。帰り道、ニケさんは懲りずに悪態をついていた。


 それからは、居所を学校寮から王宮内にあるニケさんの部屋へと移し、彼女から王家職員のあれこれを学んだ。

 最初は厨房の皿洗いから、王宮内の掃除。そして、ニケさんの予告どおり、言葉遣いを徹底的に改めさせられた。王家職員の修行の中で、掃除の丁寧さだけは褒められた。まさかここで、学校入学前に培わされた掃除の才を発揮することになるとは思わなかった。


 採用後1年、『アザレア』附属能力者養成学校が突然廃校となったという報告が『アザレア』から上がった。

 詳細は一切不明だが、当時の教師──ユリヌ校長や笹野、『アザレア』に傾倒していたCクラス担任でさえ全員が全員、王家や『アザレア』に何も報告なく一夜にしてその消息を絶った、というから驚きだった。

 この事態に、陛下は然程驚いていない様であった。むしろ「いずれ報告があるでしょう」と何かを察しているように、学校の教師陣が全員消息を絶った理由をわかっていたかのようであった。


 学校廃校から事件から1年、冬が深まって雪が積もる頃、塔の封印執行が行われた。


 グルワールさんと出会ったのも、この日だ。

 彼と行動を共にする間に、ニケさんから預かった王家のマニュアル魔導書の使い方がわかっていなかったりとか、民が陛下を侮辱するような発言をしたことにオレが怒るとかいう失態を見せて、彼とは別れることになったが……。


 あの時、最後にグルワールさんのことを見つめた時、なんとなくまた会える様な気がしていた。



 そんな騒動から1日経った後、『アザレア』の最高責任者を通じて、封印の成功と戦闘部職員4名の訃報が陛下に届けられ、加えてシエント帝国の侵攻があったことを伝えられた。

 シエント帝国の侵攻は封印執行中に行われており、その戦闘に先鋭4名が駆り出されなかった事実を通じて、敵に戦力減少を悟られた可能性があり、今後侵攻の頻度が増加する可能性を伝えられた。

 そんな情勢の中、『アザレア』の先鋭4名の死は最高責任者でも戸惑うほどのことであったらしく、王家やギルディアの民に対して、更なる協力を依頼することがあると陛下に申し伝えていた。


 陛下は、今までと変わらず、これまで以上に協力をすると話していたが……正直、都合の良い時だけ陛下を利用する『アザレア』に対して、良い気はしていなかった。


 それからは、良くも悪くも平穏な日々がしばらく続いた。

 魔導書の扱いにも、陛下のお世話にも、『アザレア』への対抗心を抑えることもだんだんと慣れていった。陛下のお世話はニケさんと二人体制で、オレは国王付き執事と役職をもらうことにもなった。


 しかし、その肩書きも、あまり長くは続かなかった。

 役職を頂いてから、陛下の体調が芳しくなく、医師からは保って2年と言われた。


 体調の良い日はよくオレたちに黙って出かけて行ったのに、そんなことも少なくなって──

 けれど、このギルディアの平穏を祈りに教会へ行くことだけは欠かさず、部屋にいる時だって窓から玉座の間を見渡して、街中にも困っている民がいないかと、常々オレたちに問うていた。


 そうして、医師に告げられた余命から1年後、37歳という若さでシャンドレット王陛下は亡くなった。


 陛下を看取ることができたのはオレだけで、ニケさんは、その場に立ち会うことができなかった。それが理由とは言わなかったが、彼女はこの職を辞した。どこか遠くに行くのだと言って、彼女は陛下の葬儀にも参加しないで、陛下が美しいと誉めていた自慢の翼で大空へ羽ばたいていった。


 オレは、それを見送ることしかできなかった。

 ニケさんがこの先どうするのかは、正直言うとわかっていたが、それを止めることができなかった。


 あまりに、大きすぎるものを失ってしまった。

 それによりできた穴を埋めることができず、埋められるものもなかったのだ。

 オレも、陛下に「この国をお願いね」と言われていなかったら、彼女と同じ道を辿ったと思う。


 悲しみを埋めるためにオレは奔走した。

 このギルディアの代表として、行政長官として、陛下に託されたこの国を守るために。塔の封印の日まであと一年という時期でもあったから『アザレア』とも協力して、少しでも国民が抱く不安を少なくしようと思っていた矢先──更なる事件が起こった。


 塔の封印を前に、『アザレア』が無期限の休業を表明。

 説明くらいしに来いよとは思ったが、そんなことも言っていられない。

 塔の封印は数ヶ月先、残された王家は国や民を守る術を持っていない。このままでは国の存亡に関わると思って出した答えが、隣国シエント帝国への協力要請だった。


 一時はギルディアに侵攻をしてきたと報告のあったいわゆる敵国であったが、どういうわけか「ええ、良いですよ」と二つ返事で、ギルディアに兵を派遣してくれた。流石に、塔の封印執行者の大役は、最後の最後で断られてしまったが、塔の封印執行までの期間、魔物の動きが活発になっているギルディア周辺を防衛してくれた。

 しかし、封印執行者が決まらないまま、その日が訪れた。民の不安は最高潮に達しており、暴動も起こっている。


 シエント帝国から協力関係という名の併合、いや隷属の話をちらつかされて途方に暮れていた時、"救世主"がやってきた。


 『アザレア』から逃げ出した、脱走者2名。

 彼らから話を聞けば、どちらも『アザレア』にとって欠かせない存在だと理解した。なにせ、二人のうち一人は──グルワールさんは、『アザレア』が塔の封印のために鍛え上げた能力者で、実際に此度の封印をたった一人で成功させてしまった、すごい人だ。


 ギルディアの窮地を救ってくれた彼らには、感謝し尽くせない。

 しかも、人がいいときたもんだから、オレは調子に乗って、ギルディア王家直属の執行者になるよう依頼したが断られてしまった。そんな都合の良いことは起こらないと、当然だろうに、調子に乗ったあの時の自分を、今は殴ってやりたい。



「……と、まあ。なんだかんだで、上手くいってしまっているんです。すこし怖いくらいですよ、陛下」



 白い石の墓標に、オレは語りかけた。

 『アザレア』が休業の中、王家の施策として塔の封印が完遂された今、徐々に国民からの信頼が取り戻されつつある。

 正直、この国の人間は一貫した思想を持たず、その時々の情勢により簡単に手のひらを返す性質があることにはうんざりもしているが……魔物の存在や、塔の封印などという、たった一回でも転べば後がないような環境に常にさらされていてはそのような国民性にもなるのだとは、理解はできる。


 それに──

 たとえ今更であっても、王家の墓標が花で彩られていくのは、悪くない。



「ここも大分賑やかになりましたし、今日はもう行きますね。また明日」



 立ち上がり、余った花束を抱えながら霊園を少し歩く。

 そして、いつの日か陛下とニケさんとオレの3人で言った霊園の展望台へと歩みを進める。

 あの頃とは違い、霊園にはオレ以外にも多くの人が訪れるから、この展望台にもすでに先客が居た。先客たちはオレを見つけると、霊園の場にふさわしく静かに礼をした。他人に礼をされるなんて、昔のオレには考えられないことだし、嫌味とすら受け取りそうなものだが……今は、彼らに静かに礼を返した。


 展望台からは、ギルディアの街が見える。

 この街もまた昔と変わって、ここからの景色は大きく発展した。特に王宮と『アザレア』の建物は昔はよく目立っていたが、今は人々の住まいの中に溶け込んでいる。


 ふと、中央広場に目を向けると、"あの二人"が広場の屋台で買い物をしているのが見えた。こうして彼らや、人々の生活ぶりを見ていると、陛下の気持ちがよくわかる。



 ああ──

 今日も、平穏で何よりです。


 本日はあの日の青天も虹も見えない曇り空だけれど。

 この景色をオレが青天の瞳で映している間は、ギルディアのこの先の幸福を証明しようと思う。



 ──────


 END


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番外編【青天の証明】 京野 参 @K_mairi2102

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