第7話

「ここが保護犬カフェか」

 幼児連れは成人していないと不可なので、年齢確認をされつつ、険しい顔をしているまおを見守る。恐る恐る人と接しようとする子もいれば、遠目で眺めでいるだけの子、怯えてはないが隠れている子もいる。


「まお、まだ人にあまり慣れていない子が多いから、近づいてきたら撫でてあげるようにしてね」

「うむ。まおのけるべろすも、さいしょはこうだった。まかせておけ、まおはじょうきゅうのテイマーのしかくをしょじしている」

 近くにあった座布団をとり、ぽてぽてと歩き始めた。ソファー席もあるんだが、地べたに座ることを選択したらしい。まおは目立つ場所を陣取ると、恐る恐るといったようにケルベロスたちが集まり始めた。


「あ、ありがとうございます。なにかあるといけないので、すぐにまおくんのところに行ってあげてください」

 許可がおりたので、怖がらせないようにゆっくりと近づいていくと、優しい顔をしながらびくびくと怯えるケルベロスたちに思う存分、においをかがせてあげていた。こんなにもここのケルベロスたちが集まっていることが珍しいのか、なにかあってもいいように店員さんたちもゆっくりと近づいてきている。


「まおはまおという。おまえたちに、こわいおもいはさせない。いたいこともしないから、なでなでしてもよいだろうか」

 とてもやさしい声で話しかけると、においをかぐ動作が一瞬止まる。まおが聞いたことに対して、考えているように見えた。しばらくすると、目の前にいたケルベロスがまばたきをした。……まるで、なでなでしともいいよと答えているかのようだった。

 そのことを察したかのように、まおはゆっくりとした動作で、その子の頭に小さな手をもっていき、ゆっくりゆっくり、優しくなで始める。はじめは体を固くしていたが、徐々に力が抜けていき、その子は最終的にまおの小さなお膝に頭を預け、眠り始めてしまった。


 まおの横にいた子も、なでていいよと伝えるかのように、恐る恐る頬っぺたをなめる。その気持ちをすぐに察し、その子のことを優しく優しくなで始める。

 まおはけして自分から触れに行くことはなかった。ケルベロスがなでてもいいよと伝えてくるまで、待っていた。最終的に、まおに近づいてきたケルベロスたちは囲うようにして、眠り始めてしまった。


「すごい……。あの子たち、やっと触れるようになったばかりなのに。いつもなら、自分の小屋以外で眠ることなんてないのに、眠ってる……」

 さすがは異世界で、狩りもできる猛獣を飼っていた飼い主であり、ケルベロスのために上級テイマーの資格まで取ったまおだ。周りも常連ばかりなのか、怖がらせないように静かにまおたちの様子を眺めている。

 うーん、どうしようか。下手に近づいたら、せっかく気持ちよさそうに眠っているのに起こしちゃうなと悩み、考えた結果、少し距離をおいてまおたちの様子を見守ることにした。


「アキトくん。このこたちすごいのだ、まおのけるべろすはにおいをかがせただけでけいかいしてうなっていたのにこうしてなでさせてくれる。このこたちは、きっとすぐにしあわせになれるのだ」

 そう嬉しそうにする。幸せになれる、ということはこの中にまおのケルベロスはいないのかと少し残念な気持ちになった。まおのケロべロスと出会うことで、少しでも心のよりどころが増えてほしいと考えていると、スタッフ以外立ち入り禁止の部屋からとんでもない物音が聞こえてくる。

 ……ん? なんかトラブルだろうかと考えたとき、扉につけられた犬用の扉から、弾丸のようにケルベロスが飛び出してきた。


「うわぁん!!」

 そう鳴き声を聞いた時には、ケルベロスに囲まれていたまおは押し倒されていて、鳴き声の主に顔中をなめられまくっていた。

 ……まあ、もし嚙まれても病院にいけばいいか。

 僕は静かに近づき、まおを舐めまくるケルベロスを抱っこする。幸い、あまり人を怖がっていないのか、「うわぁん?」と言われただけだった。


「君さぁ、まおのケルベロスだよね? あのね、今のまおはあのスピードで来られたらケガするの。昔と違って、今は小さいんだよ? 賢いケルベロスなら、少し考えればわかるよね。ね?」

 と圧をかけて説得すると、今ので上下関係が決まったのか、まるで「イエッサー」というかのように、ケルベロスの背筋が伸びた。……よろしい、わかったようなのでケルベロスを床におろしてあげると、すぐさまお座りをした。うん、すぐにまおのところにいかなかったのは賢い。


「すぐにまおのところにいかなかったのは、かしこかったね。えらかったから、まおのところにいっていいよ」

 わかりました、というかのように頷いてトトト……とまおのところに行き、優しくひとなめした。


「けるべろす……、こんなところにいたのか」

 突撃されて放心していたまおは嬉しそうに、そう呟いた。うん、やっぱり前世のまお周辺の関係者は、大好きすぎて追いかけてきていると思った! さて、まおのために、ケルベロスがそばにいられるように交渉しますかね、と責任者を探そうと辺りを見渡すと僕の目の前に土下座している店員さんがいた。

 あ? は? 突撃されただけで、ケガもしてないのにどうして店員さんは平謝りをしてらっしゃるの?


「お客様がよろしければ、そちらのポメラリアンを家族にしていただけないでしょうか! お願いいたします!」

 うえ? 願ってもないことだけど、こういう要請って、何回も通ってやっとこの子飼いませんか? ってなるものだと思っていたのだけど。


「実はですね、この子はポメラニアンにしてはとても強く、この保護犬カフェのボス的なポジションの子でして。人は嫌っていないのですが、ここの人間を下僕だと思っている節がありましてですね。ボスがこういう方針だと他の子が人なれ活動がうまくいかず……、ボスには気に入った家に早く家族になってほしいんです。お願いします、ボスが気に入っているもの全てお付けしますので!!」

「あっ、飼うならまおになるので、とりあえずこの子を飼いたいとまおの両親と相談してからになります。すぐにはむりですよ。僕は、2人が働いている間の保護者なので、そこまでの決定権はないので、それからでもいいですか? 多分、いい返事ができると思いますので、まおもこの子のことを気に入ってますし」

 圧倒されながらそう答えると、涙目になりながら「ありがとうございます、ありがとうございます」とお礼を言い続ける店員さん。どれだけ、ケルベロスはこの人たちを困らせていたんだと呆れた視線を向ければ、視線をそらされた。

 まあ、僕でさえ上下関係をわからせられたので、爽やかに底知れない義兄さんなら余裕だろう。姉さんはあやしいけど。


「まおはこの子と一緒にいたい?」

 答えはわかっているが、本人の方針も一応聞く。

「うむ、まおはけるべろすといっしょにいたい」

 こうして、まおは運命の出会いを自らの手で勝ち取ったのだった。


 結論から言うと、三年生きてきた中であまりわがままをいわないまおが、このポメラリアンを飼いたいと頼めば、義兄さんだけではなく、姉さんもすんなりオーケーを出した。名ばかりのトライアルを終え、最初からいましたよーばりになじむ、ポメラリアンことケルベロスは案の定、この家のボスは義兄さんと判断したらしい。絶対的主は、まおであることは変わらないみたいだけど。

 義兄さんのいうことは、絶対服従。唯一、姉さんだけにはなめてかかっているが。どうして、まおも、ケルベロスも私の扱いが雑なのよーと騒いでいるのがよく聞こえてくる。……近所迷惑だからやめなさい。


 僕もケルベロスのお世話を手伝っているが、僕のやることは危ないことをしてないかの見守りと、まおのできないことの手助けくらいだ。ほとんど、まおが手慣れた手つきでお世話している。

 ケルベロスはこの家に慣れるのと同時に、僕の家にも慣れさせていたから別にうちでお世話をしてもいいけど、家族の時間を減らすわけにはいかないから、朝は僕がまおの家に行っている。


 時折、

「ケルベロスが来て良かったのは、アキトと接する機会が増えたことね」

 とボソリと呟く姉の言葉が聞こえてくるが、呆れた視線を向けつつ、あまり近づかないようにしようと思っている。……だから、ケルベロスになめられるんだよ。


「ケルベロス、散歩いくよ。準備して」

 まおは身支度整えているので、僕は散歩の準備をしながら、ケルベロスに声をかければ、心得た! というかのように、トトト……と走っていき、自分でリードを持ってきて、渡し、お座りをしてまおの準備を待つのが、ケルベロスの毎朝のルーティーンだ。


「皆、私の扱いが雑じゃない?」

 姉さんの呟きはスルーし、僕たちの今日が始まったのだった。



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