第28話 荘英卓、救出される

 

 虐殺の現場は、坑道の入口の前、掘っ建て小屋が幾棟か建ち並ぶ開けた場所だった。


 煌々とした月明りが、薄く積もった白い雪を照らす。昼間のように明るいとは言えない。しかし、堂鉄たちが身を潜めている木立ちと小屋に、そして、松明たいまつを持ってうごめくものたちに、青白い影が出来ていた。


 息を潜めた堂鉄は、目の前のうごめくものたちの数を数えた。


 三人が一つの松明の下で、死体の見分をしていた。

 一人が死体をひっくり返して仰向けにし、もう一人が松明を寄せ、三人目がその顔を覗き込む。


「これは若くない、違う」

 頬を突き刺すような冷たい風に乗って、その声は堂鉄の耳元までとどいた。


 死体と思えたものにまだ息があったのか。立ち上がった男は若くないと言ったその顔を蹴り上げた。断末魔のうめき声が静寂を破った。


 あとは遠くに揺れ動く松明が二つ。

 人の死肉を漁りに来た野犬の群れを追い払っている。見分がすむまで、死体を食われては困るのだろう。


「今のところ、敵は五人か。こちらは七人……」

 堂鉄は呟いた。


 慶央を出立したときは、十人。しかし、滑落や病気で三人減った。七人いれば十分と思うが、場馴れしていない徐平がいる。そして、なんとしてもその命を守らなければならない蘇悦もまたいる。

 

 その時、小屋から三人の男が出てきた。出てきたと同時に火の手があがる。小屋の中を調べたあと、目当ての者が隠れていないと知ればわざわざ火を放っているのだ。


 若い時は戦場で、そしてこの五年は荘本家で修羅場を見てきたが、久々に堂鉄の胃が捻じれ喉元まで苦いものがこみ上げてきた。


「やつらは一人として、生かしてはおけぬ」


 徐平がすくっと立ち上がり、弓に矢をつがえて放つ。

 それを合図に、堂鉄は次の死体の見分にとりかかった敵の三人に向かって走る。その後ろを二人の手練れが続く。あとの者は小屋に火を放った敵へと走っていった。


 徐平の次々と放つ矢が空を裂く。


 そのたびに「うわっ!」と短い悲鳴が上がる。矢の一本で絶命させるのは難しいが、手なり足なりに当たれば確実に戦う力は削れるのだ。


 敵三人のうち堂鉄が一人を一刀のもとに斬り捨て、もう一人の敵はあとから来た二人に囲まれている。


 もう一人いたはずだと振り返ると、松明を投げ捨てた敵が徐平に向かって走っていくのが見えた。徐平の手にすでに弓はなく、抜き払った刀が月光を浴びて冴え冴えと青く光るのが見えた。


「徐平を守れ!」


 堂鉄の声に呼応して、仲間の一人が敵の後を追う。しかし間に合わないと知って、持っていた刀をその背中めがけて投げつけた。背中に刀を刺したまま敵は徐平に向かってたたらを踏む。


 容赦なくその敵を真正面から袈裟掛けに斬り下ろす徐平の姿が、影絵芝居の一幕のように月明りの下に浮かび上がった。


――斬ったか……。馬鹿め。返り血をまともに浴びたな――


 徐平の無事を目の端で確かめた堂鉄は、次の敵に向かって走った。


 家に火を放ったものはすでに雪の中に倒れていた。

 野犬を追いはらっていた者二人は、戦意を失ってじりじりと後退し逃げ道を探っている。そのうちの一人が背中を見せたので、堂鉄は彼の胴を手加減することなく刀で払った。臓腑を溢れさせて、彼の体の上下はほぼ離れたことだろう。そして敵の最後の一人は、胸に深々と刀を突き立てられて絶命した。


 こちら側の不意打ちということもあって、勝負はあっけなくついた。


「英卓を放り込んだ井戸は、あそこだ」

 暗闇から姿を現した蘇悦が指差して言った。


 言っていたとおりの浅い空井戸だ。

 木蓋を外して一人が飛び込み、痩せた若い男の体を押し上げる。


 雪の上に横たえた男の息はまだあったが、意識はない。そしてこれも蘇悦が言ったように、肘上に矢が刺さったままでその上に一太刀浴びせられたようで、左腕はまったく力なく捻じれていた。


 運悪く火矢であったので、油と着物と肉の焦げた臭いが鼻を突く。


 それでも止血の布がきつく巻かれているのを見ると、蘇悦という男は口の利き方は乱暴だが、英卓を弟のように可愛がっていたと言ったのは本当に違いない。


「蘇悦さん、世話になった。約束の半金は必ず届けさせる。万が一のために手下のもの二人をつける。十分に気をつけて山寺に戻られよ」


 堂鉄がそう言うと、蘇悦が答えた。


「俺は、六鹿山とはおさらばするつもりだ。傷が治れば、荘本家にこちらから訪ねて行く。英卓のことも気がかりだからな。半金の砂金はその時にもらうことにしよう」


「再会を楽しみにしている」


 短い別れの言葉を言い、堂鉄は意識のない英卓の体を肩に担ぎ上げた。

 千松園で関景が「英卓が嫌がれば、担いででも連れ帰ってこい」と上機嫌で言ったが、まさかこういう形で担ぐことになるとは誰も想像していなかったことだ。



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