堂鉄と徐平、六鹿山で荘英卓を探す

第24話 白麗が縫った錦の巾着袋


 

 手下三千人が常に出入りし、彼らの住まい以外に厩に厨に倉庫などの建物が建ち並ぶ荘本家の広大な敷地の中にあって、荘興が寝起きする奥座敷は奥まった場所にある。家令・允陶の配慮により、そこだけはいつも静寂が保たれていた。


「宗主がいらっしゃいました」


 荘興に付き従っていた家令が、一歩前に出て白麗の住む部屋の扉を開く。贅沢に熾された炭火で暖まった気が溢れ出てきた。青陵国の南に位置する慶央の街だが、冬はそれなりに寒い。


 部屋の入口近くに座っている二人の女の丸く大きな目が、男たちの突然の訪れに慌てた表情を浮かべて見上げてきた。女たちの膝の上には美しい布が広げられている。二人して針仕事の最中だったのだろう。


 部屋の奥からは、額がくっつくほどに身を寄せて覗き込んでいた絵草紙から顔を上げた目が、これもまた同時に見上げてきた。まっすぐに切り揃えられた白い前髪の下で美しく輝く金茶色の目は白麗。好奇心でくりくりと動く黒い目の持ち主は、女の子どもだ。


 ある日、白い髪の少女は一人で屋敷を抜け出した。言葉も喋れず記憶も長く保てず、まして慶央に来てから日も浅い。屋敷の者たち総出で探していると、夕方近くになって、彼女は四人の母子を引き連れて戻ってきた。


「流行り病で両親と夫を亡くし、呉服屋を営んでいた家も失いました。母子四人で慶央まで流れてきたものの、頼れる当てもなく行き倒れを覚悟した時に、白麗お嬢さまに救われました」


 女は汪萬姜おう・まんきょうと名乗った。そして三人の子どもの名は、梨佳りけい範連はんれん嬉児きじ。むげに追い返すことも出来ないと屋敷においているうちに、彼女たちに白麗の身の回りの世話を任せるようになった。

 彼女たちの世話が気に入ったのか、その日から、白い髪の少女も屋敷を抜け出すことはなくなった。


 膝の上の布を片づけた萬姜と梨佳が、慌てて部屋の上座に荘興の座を設ける。そこへどさりと胡坐をかいて荘興は座り、目を細めて美しい少女を見つめた。


「出かける前に、白麗さまのご機嫌伺いに来たまでのこと。楽しそうに過ごされているご様子で何よりだ。萬姜、なにか足りないものがあれば、遠慮なく言ってくれ」


 苦難続きの放浪生活も終わり、ふくよかに肥え太った体で平伏したままの萬姜が答える。


「いえ、家令さまにご配慮をいただいております」

「ああ、そうだな。あやつに任せておれば、大丈夫だ」


 萬姜が福々とした顔をあげた。

「あっ、そうでございました。宗主さまにお渡ししたいものがございます。白麗お嬢さまが縫われた巾着袋です」


 その言葉に、母とは似ても似つかぬほっそりとした体形の梨佳が立ち上がり、美しい錦の布で縫われた一枚の巾着袋を差し出した。


「私どもの針仕事を見ておられたお嬢さまが、ご自分でも縫われたいご様子でしたので、布と針をお渡しいたしました。そうすると、このように見事な巾着袋をお作りになりました。お嬢さまは言葉が不自由でございますが、何かおっしゃりたいご様子に『宗主さまにさしあげますか?』とお訪ねいたしますと、大きく頷かれました」


「おお、それはありがたいことだ」

 両手のひらに載せた錦の巾着袋をまじまじと見つめる。


「俺は針仕事には疎い男だが、それでもこの仕上がりの美しさはわかる」

「白麗お嬢さまは、ご器用な手をお持ちです」

「白麗さまには、なにか、礼をせねばな。さて、なにがよいか……」


 その時、大人の会話を聞いていた嬉児が、懐からぐちゃぐちゃとした布を取り出すと差し出した。


「そうしゅちゃまに、あたちのぬったきんちゃくぶくろもあげる。あたちにもおれいをちょうだい」


 あまりの子どもの無作法に允陶が腰を上げかけ、母の萬姜の顔が青くなった。だが、荘興は片手をあげて、二人を制した。


「允陶、萬姜、嬉児を叱るな。嬉児の縫った巾着袋は、白麗さまが当屋敷で機嫌よく過ごされている証拠でもある。嬉児にも礼をせねばな。嬉児よ、白麗さまとこれからも仲よく遊んでくれ」


「うん、そうしゅちゃま。あたちもあそぶのだいすき」


 一転して、部屋はなごやかな笑い声に包まれた。




 自室の戸の前で、荘興は足を止め何かを探すように中庭を見つめた。

 後ろに従っていた允陶もそれに倣ったが、彼はなぜ主人が立ち止まったかについては、いっさい訊かない。ただ、主人の次の言葉か行動を待つのみだ。


――やはり、銀狼と青龍は夢か――

 中庭に探していたものを諦めて、白麗が縫ったという巾着袋を荘興は懐より取り出した。


「允陶、これに砂金を詰めて、六鹿山の堂鉄に送れ。砂金の使い道は、堂鉄にはおのずとわかるはず」

「承知いたしました」


「それから、梅の花が綻ぶ時期を見定めて、華やかに花見の宴を設けようと思う。健敬の家族や、本宅の康記や園剋をはじめとして、慶央の高官や豪商も招く。そろそろ白麗さまを内外にお披露目しておかないと。どうやら、皆が勝手な噂を広めているようだからな」


「すぐさま、準備にとりかかります」


「そうだ、準備は早い方がいい。おなごたちは着物も新しく誂える必要があるだろう」


 主人が何を探し求めて中庭を見つめているのか。また、なぜに、砂金を詰めた巾着袋を六鹿山の堂鉄に送るのか。その真意は、允陶にはわからない。しかし、花見の宴を盛大に開く理由については彼にもわかる。園剋とその息がかかった者たちの目を、六鹿山から逸らすためだ。



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