荘興、夢の中で兄弟神と対峙する

第18話 荘興、白い髪の少女のこれからを憂う


『ついに、荘本家の宗主さまが<白い髪の少女>を見つけられた。抱えるようにして馬の前に乗せ、研水の客桟から荘本家お屋敷に連れ戻られた』


 人の噂は一日に千里を走るという。研水から慶央、そして荘本家までの街道筋で知らぬ者はいない。人々が集まれば、その話でかまびすしい。


 その夜も更けた荘本家奥座敷の一室。


 密談するのにふさわしい狭い部屋で、荘興は一日の疲れを休めるかのように脇息に体をあずけていた。彼の横には、あぐらを掻いた荘本家の知恵袋である関景かん・けい。そして、荘本家三千人が出入りする屋敷を内から治める家令の允陶いん・とうが、こちらは正座の姿勢を微動だに崩すことなく座っている。


 そして、三人の前には、大男がその巨体を縮めて平伏していた。


「寺にはたっぷりと布施をほどこし、また、住職も口が堅い男ですので、今回のことが外に漏れる心配は無用にございます」


 藍秀と蘆信の最期とその骸を山寺の墓地に葬ったことを、大男は報告した。そして、顔を上げて荘興が頷いたことを確かめると、再び平伏して言葉を続けた。


「男はよい剣をもっておりました。青陵国では見かけぬ造りでしたので、中華大陸の西の果てにある西華国のものかと想像します。それもまた二人の骸とともに葬りました」


 脇息にあずけていた体を起こして、荘興が答える。


「長旅の末に、弟は姉に殺され、姉は自害して果てたとは。想像だにしていなかった顛末となってしまったな。堂鉄、面倒な仕事を押しつけてしまったようで、すまなかった」


「いえ、荘本家に仕えるものとしての任務を全うしたまでのこと」


「もう夜も更けてしまったが、飯は食ったか? 食っているのなら、湯で汗を流して寝るといい。下がれ」


「はっ、仰せのとおりに」


 大男は平伏したまま答えると、その顔を横に向けて関を見やった。それを合図に関はこれ見よがしの大欠伸をひとつ漏らす。そして立ち上がりながら大きな声で言った。


「今日一日、くだらんことにつき合わされて、儂もくたびれ果てたわ。歳をとらぬ髪の白いおなごなんぞが、本当にいるのかどうか、疑わしい限りだ。興よ、おまえも自分の歳を考えろ。異国の身元の知れぬ女と男が打った芝居にころりと騙されるとは、あまりにも情けない。情けなさ過ぎて、開いた口もふさがらんとはこのことよ」


 彼の口の悪さは今に始まったことではない。だが、彼は還暦も間近な老人だ。荘本家の誰もが聞き流す術を心得ている。


 関景は慶央の出身だが科挙に受かり都・安陽で上級役人として活躍していた。しかし三十年前、故郷に荘興という面白いことを為そうとしている若者がいると聞き及んで、あっさりと官職を捨て慶央に戻ってきた。それ以来、知恵と人脈をおおいに活用して、荘興と荘本家を支えてきた陰の立役者でもある。


 彼はもう一度遠慮のない大欠伸を漏らすと、その禿げ頭をつるりと撫でる。

「あ~~、年寄りは眠くてかなわぬ。堂鉄、戻るぞ」


 その言葉に、魁堂鉄はもう一度荘興に向かって深く平伏し暇を告げると、その巨体からは想像できない敏捷な動きで立ち上がった。その堂鉄を従えて部屋を出ようとした関だが、彼の口はまだ収まっていなかったようだ。宗主の横に座る家令に向かって言う。


「おい、允陶。あとはおまえに任せた。あのうさん臭いおなご、煮るなり焼くなりして、いかようにでもせよ」


「はい、関さま、心得ております」


「ふん! 腰巾着が澄ました顔で、心にもないことをぬかしおって」


 少女の美しさにはっと息を飲み言葉を失う者もいれば、その得体の知れなさに如何わしさをおぼえ悪態をつく者もいるのだ。関景は後者だ。小柄な老人の足音はその不満を表してどしどしといつまでも奥座敷の渡り廊下に響き、その後ろに従う巨体の男のそれはまるで忍び去る虎のように静かだった。



 


 十七歳の時から荘興のそばに居てはや十年。ときに血が流れる荘本家の生業なりわいについては知らないことが多いが、屋敷内で起きることについては、家令の允陶は誰よりも詳しい。特に主人の荘興については、空を眺めて雲の流れから天気が知れるように、その心の内を読むことができる。


 いま主人が無言なのは、子というより孫に近い若い娘の処遇について悩み、またそのことについて言うべき言葉を知らないからだ。家令は主人の心の内を代弁した。


「当屋敷に勤めておりますおなご衆の中からその心映えと器量のよい三人を選び、白麗さまの雑仕女ぞうしめといたしました。古物商の舜老人に由緒ある家具を揃えさせて部屋を整え、また、華やかなお着物も彩楽堂で誂えさせましょう」


 頼めば揃えられない物はないと言われている古物商の名前と、慶央一といわれる老舗呉服店の名前を、彼はよどみなく言う。


「おお、そうだな。白麗さまを当屋敷にお迎えしたものの、いったい何をすればよいのかと思っていたところだ。おまえに任せれば安心だ。何よりも、長旅のお疲れを癒していただくことが大切だと心得てくれ」


「承知いたしております」


「で、いま、あのお方はどうなされている?」


「わたくしがこちらに参ります前には、湯浴みを済まされて御寝所にお入りでした。すでに、お休みになられているかと」


「ご挨拶をと思っていたが。お休みとあれば、明日の朝、あらためて部屋にお伺いすることにしよう」


「それがよろしいかと存じます。もう夜も更けておりますれば、宗主もお休みを。お疲れが明日に残るかと」


「この俺を年寄り扱いか……」


 そう言いながらも主人がしぶしぶ立ち上がったのを見て、家令もその姿勢をまったく崩すことなく立ち上がった。その言葉遣いにおいてもその所作においても、允陶にはまったくつけいる隙がない。





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