第17話 蘆信と藍秀、異国の地にて自ら果てる
姉を背にして、蘆信も剣を抜き鞘を捨てた。蘆信の後ろで、藍秀も帯に挟んでいた短剣を取り出し構えた気配がする。彼は目の前の賊にも聞こえるよう大きな声で叫んだ。
「姉さん、だから言ったではないか。あの荘何某と名乗った男は、胡散臭いうえに卑怯者でもある!」
こうなれば、姉を守りつつ、道連れに何人を斬り殺せるかだ。蘆信が一瞬たじろいだほどの体の大きい男が一歩前に進んで、朗々とした声で言った。
「俺の名前は、
「天の定めだと、なんと、勝手な言い分だ。姉さん、この場は私がしのぎます。姉さんだけでも逃げてくれ」
そう言いながら蘆信は剣をかまえ、その切っ先を目の前の
かろうじて振り返ると、姉が蒼白な顔をして自分を見つめている。視線を下ろせば、その両手に自分の背中から抜いた短剣が握られていた。しかし、心の臓を一突きされた彼の視界はすぐに暗闇となり、剣を落とした体はその場に崩れおちた。
すべては一瞬のことだった。
事の成り行きに、襲いかかろうとした荘本家の手の者たちは足を止め、剣をかまえた手を下ろした。彼らが驚愕の眼で遠巻きに見守るなか、藍秀は座り込むと、何も見ていない目を見開いたままの蘆信の頭をその膝の上に抱いた。
「蘆信、おまえに海を見せたかったが、叶わぬこととなりました」
そう言いながら、藍秀は弟の目を閉じてやる。そして毅然と姿勢を正し、さきほど荘興の口上を述べた大男に向かって言った。
「魁さま、お屋敷にお帰りなれば、荘さまにお伝えください。荘さまの白麗さまへのお心遣い、この藍秀、痛み入りますと。白麗さまとお別れすれば、もとよりこの命はないものと覚悟しておりました」
そして、弟の命を奪った短剣を自分の首に当てて、一気に引いた。
銀狼教の寺院は、中華大陸の西の果て、銀狼山脈の懐に抱かれるようにしてある。
草木も生えぬ岩肌を背に、銀狼山脈頂上の万年雪と同じように白い建物が何棟もひしめきあい、金色の尖塔がそびえ立つ。しかし寧安上人が朝に夕に読経する祠は、地下を迷路のように深くくりぬいた奥にあった。
祭壇には石に刻まれた銀狼の像が鎮座している。その周りには、西華国建国以来の王や妃たちの位牌が並べられている。寧安上人はここで朝夕、読経によって銀狼神と多くの御霊を慰め鎮め、そしてその代わりに時々もたらされるお告げを聞くのだ。
座して経を唱える彼のまわりには、たくさんの灯明がともされていた。
寧安上人が静かに読経する間、その灯明の皿一つ一つに、若い僧が油を足していく。その時、風もないのに、すべての灯明の灯りが一瞬大きく揺らぎ、そして消え入るように細く暗くなった。地下深い祠は闇に包まれた。
油を注いでまわっていた若い僧が驚いて「あっ!」と声をあげる。
「騒ぐな、早慶。すぐに明るくなる」
その老いたみかけからは想像できない落ち着いた声だ。
その言葉通りに、しばらくして何事もなかったように、再び、灯明は輝きを取り戻した。そのことにより、藍秀と蘆信がその任務を全うしたのち異国の地で命を落としたことを、寧安上人は知った。
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