第8話 荘興、荘本家・宗主となり、五十歳となる
五年ぶりに、
父の
訊かなくとも、見ればわかる。五年の間に心身ともに成長して、興はその顔つきさえ変わっていた。大切な息子がひとかどの大人の男となって戻ってきたのだ。
慶央に戻ってきた興は、すぐに、父の口入れ屋家業を手伝うようになった。いや、手伝うというよりは、その仕事にのめり込んだ。傍目には、何かに取りつかれていると見えたほどだ。人の頼みごとを断れない健政が、人助けと思い、始めた口入れ屋だった。それを男の一生をかける
蛙の子は蛙だった。興も父に似て、人を見抜く目を持っていた。 適材適所に人を差配するのが上手かった。しばらくして、慶央の役人宅・豪族・商家・客桟・渡し場・妓楼などで働くものたちで、荘家親子の世話にならなかったものはいないとまで言われた。
そのうちに、興の下で、彼の手足となって働きたいという者が現れた。興はそういったものたちで、見どころがあるものは、手元に置くようになった。
荘興に働き口を見つけてもらったものたちは、彼に恩義を覚える。そして、その恩義を返そうと願う。その結果、雇われ先で小耳に挟んだ話を、彼のもとに寄せる。
そういう話は、公にはできない面倒ごとが大半だ。それで、興は、彼のもとに身を寄せた知恵者や腕に覚えのある者たちを送り込んでは、解決にあたらせた。
面倒ごとには、解決に流血をともなう危険なものも少なくない。しかしそれで得る謝礼は、口入れ屋で得る儲けとは比べものにならないほどに大きい。父・健政の賢さと面倒見の良さに加えて、興は、この生業をより発展させるために必要な、勘のよさと度胸を持ち合わせていたのだ。
三年が過ぎた。
荘興の活躍を風の便りに知った泗水の交易商・
李香は十八歳となり、花も恥じらう美しい大人の女になっていた。彼女を妻とするのになんの不満もない。李香を娶ったことで、彼は美しい妻と、財力のある義父の後ろ盾を同時に得た。
十年が過ぎた。
初めは、荘健政が役人仕事を辞したのちに細々と商った口入れ屋だった。しかし、息子の興によって、その形を大きく変えていた。 彼に従い手足となって働くものは、数百人を超えた。いつしか、荘興が率いる任侠集団は荘本家と呼ばれるようになり、彼は宗主を名乗った。
その後、また二十年に近い月日が経った。
荘興は、知命・五十歳となった。頭に白いものが混じるようになったが、上背のある屈強な体と冷静な判断力・行動力は、若いころと変わりはない。
そして、荘本家の手下は三千人を超えて、実質、興は慶央の支配者となった。
都・安陽から赴任してくる役人たちは、慶央のことは、荘興と荘本家の者たちに任せるようになった。彼らは、在任中の数年を、慶央で波風の立たぬように過ごす。時が来れば、都の安陽に帰って行くか、新しい任地に旅立った。
泣く子も黙ると怖れられた。
また頼りにもされた。
だが、彼は一つだけ、その真意が解せぬ魔訶不思議なこだわりを持ち続けた。傍目から見るとあまりの他愛なさに、慶央の人々は<荘本家宗主さまの道楽>と噂した。
『笛の名手であり、髪が白く美しい少女』を、彼は探し続けたのだ。
『笛の名手であり、髪が白く美しい少女』のためになら、金も時間も惜しまない。
彼が、客桟・渡し場・市場の管理に熱心に口を出し手を出すのは、荘本家の生業のためだけではなかった。それらを
『笛の名手で髪が白く美しい少女を見かけるなり、その噂を聞くなりしたら、その者を連れてくるように。その真偽は問わず、じゅうぶんな謝礼を払う』
それで、彼のもとには、笛の上手いもの・髪の白いもの・美しい少女たちが集まるようになった。しかしながら、笛は上手くとも男であったり、髪が白くとも老婆であったり、美しい少女であっても髪は黒々としていたり……。
彼の期待に沿うものは一人も現れない。それでも興は多忙な中でその一人一人に会った。彼らが自分の嘘に震えあがるほどの丁寧な礼の言葉とともに、じゅうぶんな金銭を謝礼として払い続けた。
また、忠告するものもいた。「少女はいつまでも少女では、なかろう。何十年もたてば、それなりに歳をとるものだ」しかし興は、「その少女は、いつまでも少女のままなのだ」と、意に介さなかった。
彼が五十歳になった時には、『笛の名手で髪が白く美しい少女』だと自称する者は、まったく彼の前に姿を現さなくなった。噂の片鱗さえも絶えて久しい。
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