第4話 二十歳の荘興、故郷に戻る決心をする

 

 親の期待に背いて青陵国内を放浪するうちに、 荘興は十九歳になっていた。


 旅の空の下で迎える四度目の夏だ。

 その容姿に十五歳だった頃の少年の面影はない。四年の歳月と放浪に伴う経験が、幼さの残る少年から精悍な顔つきとたくましい体を持つ青年へと、彼を変えていた。母の珂葉が縫ってくれた着物も体に合わなくなり、旅の途中で古着屋に売っていた。


 家を出て初めの一年は、賢い彼といえどもまだ世間知らずの子どもだった。足の向くまま気の向くまま、名所旧跡を訪れる旅を楽しんだ。それまで慶央の街を出たことのなかった彼は、一人旅を楽しむ方法を他に知らなかったからだ。


 そのために、都・安陽で勉学に専念できたはずの懐の銭は、羽が生えてどこかに飛んでしまったかのように消えて底をついた。


 そこで初めて、荘興は足を止めて旅の目的について考えた。

 親の期待に背いたのは、なりたくもない役人になるための勉学に、自分の若い時を費やしたくはなかったらだ。だからといって、物見遊山の旅を楽しみたいという訳でもない。


 それでその後の彼は、たどり着いた町にしばらく居ついては、仕事を探して働くということを繰り返した。父親の口入れ屋の仕事を身近に見て育った。そういうことには慣れていた。


 働き口の先々で、彼の賢さと如才なさと恵まれた健康な体は重宝された。

 しかし、ひとところに長居は無用だ。少々の蓄えが出来ると、それを懐にしてまた次の町を目指した。


 細長い青陵国を北に向かい、突き当ればまた南に下った。ある時はひたすら東に向かって海を見て、西に引き返した。そうやって、四年目に泗水しすいという町にたどり着いた。

 

 泗水は、青陵国の真ん中あたり、北の安陽と南の慶央を結ぶ要の地だ。

 地図の上でもへそだが、交易でも臍だ。

 

 さっそくに口入れ屋で、地の利を活かして広く交易を営む大店の店主・園挌えん・かくのもとに仕事を求めた。始めの数か月は使い走りの仕事をあてがわれていたが、働きぶりが認められて、責任を伴う仕事を任されるようになった。


 園挌の店は居心地よく、彼にしては珍しく長く居ついた。

 そのうちに園挌えん・かくの娘・李香りこうに、一途に好かれた。この時、李香は十五歳。なかなかに美しい娘だった。


 どこの生まれかも定かではない男を、愛娘が好いてしまった。初めのうちは、父親の園挌も困惑を隠せなかった。しかし、彼はこの若者のただものではない気質に気づいていた。


 娘の気持ちが変わらぬのであれば、彼に商売を教え、婿として迎えるのもよかろう。李香の美しさにまた、興もまんざらでもない。そして、大店の商売の面白さには、格別のものを感じる。

 

 しかしながら、「婿となり、この家の身内の一人として、いずれは店を盛り立てて欲しい」と、あらためて園挌より言われると、彼はためらった。


 慶央を出て四年。そしてその後、泗水に腰を落ち着けて一年。

 この五年で、見るべきものは見た。

 経験すべきこともまた、経験した。

 一度、故郷の慶央に戻り、父母を安心させたい。


 そこで、彼は園挌に自分の身分と今までの経緯を明らかにして、慶央に戻る許しを願い出た。園挌も娘の李香がまだ十五歳であり、荘興も二十歳になったばかりの若者であることを考えて、彼の暇乞いを快く許すことにした。


 園挌もまた、生き馬の目を抜く商売の道で長く生きてきた。人の縁というものは、生まれ落ちた時にすでに天が定めているもの。その定めがある限りは、人の縁は切れることないのだという信念がある。


 慶央に戻ると決めた荘興に、彼は十分すぎるほどの旅支度を整えて送り出した。




 泗水しすいの町を出て、一か月が過ぎようとしていた。


 慶央を目指し、興は南に向かって歩いた。気ままな旅もこれで終わりかと思うと、急ぐ帰路でもない。おのずと、この五年を懐かしむように、心も足ものんびりしてしまう。目指す故郷は、山をあと一つ越えた先にある。

 

 慶央の街を出た当初と同じように、この一か月、再び彼は物見遊山の旅を楽しんだ。懐の中には、園格からもらった銭がたっぷりとある。そしてまた、大人となってしまった自分が故郷に帰れば、これからは気ままな旅はできないだろうという思いもある。

 

 その夜は、途中の山中で見つけた廃寺で野宿と決めた。


 一度行き過ぎて、先の道にあった茶屋で酒と肴を買い込み戻る。園挌えん・かくからの餞別で銭に不自由はしていないが、常に倹約を心掛けた旅の癖が抜けない。


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