第11話 もとの部屋、干し芋、海辺の街
海辺の街に、夕日が沈む。
海から陸に向かって吹く風は、春を待つ淡い匂いを纏っている。
街の片隅にある安宿屋の二階。女が窓の外を、ぼんやりと眺めていた。
女は──手紙の魔女アンバーは、数日前まで滞在していたのと同じ港町の、同じ宿屋の、同じ部屋で、今日も依頼を待っている。
町から街を移動するのは、手紙を運ぶときだけ。
それがアンバーが自らに課した旅のルールだ。
受取拒否の手紙を運んで、元いた街に戻ってきた。
だから、アンバーは今ここにいる。
開け放した窓の桟に気だるげにもたれ、毛布にくるまって。
街並みを遠く眺めながら、手にした干し芋をムシムシと咀嚼している。
「それ、ずっと食べてて飽きませんか?」
室内にも関わらずモッズコートを着込んだままのジィナが、素朴な疑問を口にした。右腕が三角巾で吊ってあるのは、魔獣・火熊との戦闘行為で受けた傷によるものだ。
「飽きないよ。この干し芋、なかなか美味しいの」
「……それにしたって、多すぎます」
部屋の隅には、干し芋が詰まった袋が積み上げられている。
保存食だからすぐに悪くなるものではないだろうが、それにしても多すぎるような気がする──イカイ産の自律式人型キカイであるジィナは、食糧を必要としていないのだ。
破損したジィナの右腕が自動的に快復しないのと、同じ理屈である。
「…………。お金もないし、配達で消耗したから食べなきゃいけないでしょ」
世界の理を越えて、人の縁を可視化する魔法。
それは通常の魔術よりも、魔力の消費が著しい。地味なのに。
「そのことですが」
と、ジィナが静かに問いかけた。
「一件目の依頼で以前までの滞在費は精算しました。山の中で受注した配達の依頼料は? それがあれば、困窮はしないはずでは」
「……魔女の手紙屋。依頼料は時価、だよ」
干し芋をもちもちと噛みながら、アンバーは応えた。
ジィナもそれ以上、追求することはなく──とにかく、今は依頼人を待つしかないのだった。
「……まあ。しばらく、
干し芋の山を見つめながら、ジィナは言った。
アンバーは「ええっ」と悲壮な声を上げる。
「あれ、好きなのにー」
「お金がなくちゃ買えません。今後、ジィナの修理代もかかりますので、お忘れなく」
「……はぁい」
大きなつば付き帽子に埋もれるように、アンバーは窓にもたれかかった。
船乗りのしるべ星が、暮れなずむ空に光っていた。風が吹いている。
また風が依頼人を連れてきてくれるかもしれない、とアンバーは思った。
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