第5話 ケートラックは走る
ケートラックは走る。
しばらく経つと、進行方向に小さな集落が見えてきた。
街でも町でも村でもない、集落だ。
「あれが、あなたたちの集落?」
アンバーの声に、壮年の夫婦が応える。
「そうさ! はぐれ者の寄り合いだね!」
「イカイ軍に故郷を追い出された一団が腰を落ち着けて作った村なのよ」
越境戦役時には、侵攻をうけて居住地を追い出された人々が多く発生した。
彼らは流浪の民として、さまざまな場所で
近頃は定住の地を得ている人々がいるとか、そういうことを耳にしているけれど──既存の町に彼らを受け入れる余裕がないことが悲しい。
「……そう。いい村だね」
アンバーが微笑んで、革鞄から封筒を取り出す。
住人が村と呼ぶならば、こちらもそれに習うべきだろうと言葉をなぞる。
「ところで、この村には本屋はあるのかな」
アンバーの問いに、助手席から女が誇らしげに声を張り上げる。
「本屋はないが、貸本屋があるよ! あんな小さな村だけれども、貸本屋がある。それが私たちの自慢さ!」
イカイとの争いは、市井の人々の文化を駆逐した。
小さな村に貸本屋があることを喜べるのは、やっと平和のようなものが訪れたことの証左だろう。
手紙から伸びる糸の端は、まっすぐにケートラックの行く先に繋がっている。
港町の老婆の息子──手紙の受取人は、おそらくあの集落にいる。
アンバーの目線からそれを悟ったのか、糸を見ることはできないはずのジィナが呟いた。
「思ったよりも近くにいたようで、よかったですね」
「ああ、君の銃の出番がなかったのもね」
アンバーの言葉に、むふんと不満げなのか誇らしげなのか分からない表情でジィナが頷く。
主人であるアンバーよりも年若い少女の背格好をしているが、ジィナが携行しているイカイ産の武器は、非常に幅広く、そして殺傷能力に優れている。
自分の安全が脅かされているのでもない限り、人殺しなんてしたくない。
あくまで、ジィナの武装は護身用だから。
「……はー、お腹空いた。村に美味いものはあるかな」
太平楽に呟くアンバーに、ジィナが呆れ声をあげる。
「食い意地ばっかりご立派ですね、アンバー」
「ふふん。食べることは生きること、だよ」
「そうですか。ジィナにはわかり得ません」
ケートラックは、走る。
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