第4話 ケートラックの夫婦
二人乗りのケートラックの運転席と助手席には、壮年の夫婦が乗っていた。
商談帰りだという彼らは、アンバーとジィナを快く荷台に載せてくれた。
荷台には断熱性の高いトロ箱が積んである。
磯の匂いが漏れてくる。朝方までいた街に満ちていた海の香りだ──断じて、生臭いわけではない。
「七日に一度、港町に野菜を売りにいっています」
男が運転席から荷台で揺られる二人に向けて、声を張り上げる。
朝一番に港町に野菜を売りに出て、港町で二日ほど商売をし、その帰りに干し魚や海藻などを仕入れてくる。残りの二日で、地元で仕入れてきた港町のものを商う。移動には各一日を費やしている。
それが彼ら夫婦のルーティンだそうだ。
アンバーが大きなつば付き帽子を脱いで、改めて礼を述べる。
「ありがとう。魚と一緒に運んでくれるなんて、助かる」
ケートラックの荷台で、風に吹かれるのも悪くない。
悪天候だったら、たまったものではなかったけれど。
助手席でおかみさんが快活に笑う。
「いいのさ。それにしても、美人さんふたりと一緒なんて、せっかくの干し魚が茹で上がっちまうかもしれないね」
「がはは、違いないな!」
二人の夫婦仲が睦まじいのが、笑い声からもよくわかる。
「大丈夫。私もジィナも過剰な熱を発したりはしないよ」
ずれた返答をするアンバーに、夫婦がまた愉快そうに笑う。
ケートラックの進行方向は、手紙の糸が伸びる方向に一致する。
「この糸、どこまで続いているのやら」
アンバーが、手紙から伸びる糸を愛おしげに撫でた。
魔力で編まれた糸は、誰にでも見えるわけではない。アンバーの魔力と差出人の思いを紡いだ、一筋の光だ。その先にいる受取人への思いが強ければ強いほど、糸は太く光り輝く。
老婆に託された手紙から伸びる糸は、一際輝いている。
「ところで、お嬢さん。さっき魔女って言ってたのは冗談だよな?」
朗らかだった男の声が、僅かに固くなる。
何かを探られているらしい。
魔女──自在に魔術と呼ばれる術を操り、時には人知と天理をねじ曲げるほどの存在となり得る存在だ。
一騎当千──魔女ひとりで、千の兵士を退ける力を持っていた。
越境の厄災および最大規模の軍事衝突だったとされる越境戦役が「痛み分け」となったのも、魔女の存在という要因がなければ掴み得なかった結果だと言われている
。
かつては、このヒガンに多く存在し、人々の営みの中に溶けこみつつ超常の力を司っていた魔女たちも、時の流れとイカイとの越境戦役で数を減らした。
現存が確認されている魔女の数は、両手で数えられるほどである。
アンバーが魔女を名乗ったことに対して、彼らは探りを入れているのだ。
魔女は何もかもをねじ伏せるから。
魔女と人間は違う存在だから。
魔女はあまりに危険な存在だから。
……魔女は、兵器だから。
少なくとも、魔女たちの猛攻によりこの世界からの撤退を余儀なくされたイカイ側にいた人間の認識はそうだ。
ヒガンの人間でも、魔女に対して畏怖の念を抱いているものも多い。
つまり。
『魔女の手紙屋』の張り紙を見て、それでも依頼をしてくるのは──そうまでしても、どうしても届けたい手紙がある人だ。
「……冗談かどうかは、そちらで判断してよ」
アンバーは手にしていた封筒を、肩掛け鞄にしまいこむ。
使い込んだ革の鞄を貫いて、遠く遠く、光の糸は伸びている。
糸の行く先をしばらく見つめて、アンバーは揺れる荷台にごろりと寝転んだ。
「少なくとも、暴力も略奪もどんとこいな悪い魔女だったら、こんな場所で立ち往生してない。そうじゃない?」
それに、とアンバーは付け加える。
「こんなに可愛い魔女に会えたなんて、一生自慢できるでしょ」
「……アンバー、それは質問に答えてませんよ」
ジィナの指摘には返事をせずに、アンバーは瞼を閉じた。
夫婦は「それはそうか」と笑ったきり、何も言わなかった。
──どうやら、当面の信用は得たらしかった。
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