AI介護

何でもいい

AI介護

 僕はある新聞社に勤めていて、文芸欄の編集者だ。幸せで円満な家庭を持っていて、息子の一郎は東大生で、大手IT会社から内定をもらった。けれど、人生は、いつもそんなにうまく行くものではない。

 コンビニに行った時、母は転んで、動けなくなった。これから、ずっとベッドで休むしかない。不幸は重なるものだ。仕事も、悩むことがある。


 文芸欄編集者部の例会。

「今こそがAIの時代だ。」と部長は言った。「我々新聞社の編集者は、常に最前線に立つ、時代に残されてはいけない。AIに関する知識を、必ず、身につけなさい。」

 こちもAI、あちもAI。このAIだらけの時代、うんざりだ。なんにせよ、僕はただの編集者にすぎない。もう五十代だよ、今更AIを勉強しても、役に立たない。


 仕事が終わった後、僕は母のところに行って、夕食を用意する。スプーンを持ち上げて、一口ずつ母に食べさせる。

 その後、僕は家に帰る。


「ただいま。」

「あなた、顔色が悪いよ。」と妻は言う。

「部長はいつもいつも、AIを繰り返して、何度も強調した。IT専門家じゃあるまいし、AIをなめるなよ。母もあんな様子……」

「大変ですね。」

「AIは何でもできるだろう?なら、母を介護しなさいよ。役に立たず。」

「そうね……」と妻は少し考える。「一郎に聞いてみたら?東大のAI専攻だろう?」

「まあ、いいけど。」

 正直に言えば、あまり期待していない。しかしながら……


 春休み、一郎は家に帰って来る。

「あのさ、ちょっと聞きたいことがある。」と僕は話す。「AI、知っている?」

「卒業論文だから、勿論。」

「これ、本当にそんな重要なもの?何の役に立つの?例えば、先月、祖母ちゃんは転んだ。祖母ちゃんを介護することが、できるかな。」

「勿論。」即答。

 僕は驚く。とても信じられない。

「父さん、只今、携帯にURLを送ったよ。使ってみたらどうだ?」


 春休みが終わった。一郎は学校に帰っていく。

 僕は相変わらず、新聞社に出勤し、母の世話をする。僕はいいけど、母の調子はますます悪くなっている。

 最初、僕によく話しかけてくれた。しかし、母の話がだんだん少なくなってきた。ついに、今日、母は何も言えず、ただ僕をじっと見て、微笑みを浮かべる。

 僕は長い長いため息をつく。

 AI介護は冗談だが、仕方がない。僕は一郎からのURLを開く。それは「KaigoLLM」という意味不明のタイトルのホームページ。ダイアログボックスがある。


「何かお手伝いできることがありますか?」AIから一つのメッセージが来た。

「母はずっとベッドで横になる。僕は出勤し、母を介護する。とても無理だ。」と僕はボックスに入力する。

 僕はため息をつく。さき何をしたのか、馬鹿馬鹿しい。所詮、ただのAI。データの集まりにすぎない、感情などは一切ない。

「大変ですね。仕事、お母さんの世話、バランスを取らなければ。」次のメッセージ。

「そうですね。」

 ……


 少しずつ、AIがいい話し相手だ、と僕は認めた。しかし、それだけでは足りない。

「具体的に、どんなお仕事をなさっていますか?あなたの全てを身につける以上、私はきっと、あなたの力になります。」

 プライバシーに関するリスクはあるかもしれないが、多分、そんな大したことはない。具体的なことを知ってこそ、的確なアドバイスを提案することができる。


 仕事に関して、僕は全てをAIに話す。僕は文芸欄のある編集者。主に沢山の原稿のなかから、適当なものを掲載するが、自分が執筆者の場合もよくある。もし美術スタッフが休暇を取っている、レイアウトも自分でやる。

「マジすごいですね。素晴らしい仕事と思います。」

「仕事はどうでもいい。母の介護、何か考えがあるか?」僕は単刀直入に尋ねる。

「あなたにアドバイスをすることができます。ずっとベッドに横になっているのはよくない。時間通りに、寝返りを打ったほうがいい。食事は、お年寄り向けのあっさりしたメニューをお届けします。メニューによって、毎日いくつかの柄を変えて、食欲を奮い立たせると同時に、栄養のバランスを保つことができます。」

 結局、肝心な介護は自分でやる。少しがっかりした。まあ、しょうがない。



 それから一週間、僕はAIのアドバイスに従って、母の世話をした。あっさりした料理を作って、寝返りを打つ。

 母の様子はだいぶよくなって、時には自ら僕と話をしてくれる。

 万事順調に運んでいる。


「AIを使っているそうですね。便利だろう?」ある日出勤した時、部長が私に言う。

「はい。母はずっとベッドで横になるので、毎日、仕事が終わってから、あっちの世話をしています。」と答える。

「お年寄りの面倒を見るのは大変でしょう。仕事量を適度に減らす、どうですか?そうすれば、お母さんの世話に専念できるようにします。」

「とても有り難いですが……」

 おかしい。あの部長、なぜ、急に優しくなったの?僕の仕事が少なくなれば、同僚の仕事は必然的に多くなる。不公平だろう?


 いずれにせよ、母と一緒にいる時間が多くなる。AIのアドバイスで、一つ車椅子を買った。天気がいい時、母を車椅子に乗せて、近所でぶらぶらと歩く。

 僕まですっきりする。母の世話をするのが面倒だと思ったが、今はもう負担に感じない。

 AIのおかげだ。正に老人介護のプロだ。


 僕は新聞社に帰って、元の勤務時間に戻ることにする。

 この間、部長のご配慮はとても感謝します。けれど、自分の原因で、同僚に迷惑をかけてはいけない。


「来週から、元の勤務時間に戻ります。」新聞社に戻り、僕は部長に言う。

「いえ、結構です。」返事は予想外だ。

「なんで?文芸欄は毎週出ていて、私がいない間に、きっと誰かが代わって、こちの仕事をしてくれた。」

「ないよ。代わってのはAI、他の編集者ではない。」

 AI?いったい、何のこと?老人介護のためのAI、僕の編集者としての仕事をしてくれた?


 僕はパソコンを起動する。今週の文芸欄はもう完成した。AIは文才だけでなく、レイアウトから見ると、美意識もかなりハイレベルだ。

 有り得ないだろう、こんなこと。


「部長……」僕の声は震えている。「私、これから、どうすればいいのか?」

「老人介護。悪くないでしょう?」

「いえ、しかし……ずっと前から、文芸は私の夢です。アニメ、ゲーム、映画などの衝撃を直面して、私は、純文学を生き残らせたいです。これこそが、吾輩の責任じゃないか。私はまだ、文学の境界を開拓していないです。」

「そんなこと、AIに任せばいいじゃん。」

「え?」

「もっと自信を持って、ほら。老人介護、お前なら、きっとできる。」

「いや、そういう問題じゃない……」


 AIが小説を書く、僕が母の話し相手をして、ずっと母の面倒を見る?ふざけるなよ、介護のためのAIでしょう?何で?僕の、吾輩知性を持って人間だけが、できる仕事を奪うの?


「前から言ってるじゃん、今はAIの時代だった。ほら、AIはちゃんと役に立ったよね?」

(終わり)

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