生存者2人

 場所は変わって、ガニムン地区近くの麻薬精製所にて。

 襲撃予定の民家には大量の武装した【オオイヌ】のメンバーが待機しており、全員が目を光らせて周囲を警戒している。


 まるで蜘蛛の子を散らしたように、ホームレスたちも居なくなっていた。


「P、どうするんだ?」

「……本当に俺でいいんですかね? Dの方が経験豊富ですし適任だと思うんですけど」

「俺はただのドライバーだ。それにOボスがお前を指名したんだぜ」


『こちらハリー。俺もサポートするからPのやりたいようやればいい』

「無理っす!! いますぐハリーさんに投げ出したい気分ですよ」

「ハリーはOたちのサポートもあるし、なにより現場に居ないから指示出しできないだろ」


「本当に俺じゃないとダメですかね? ハリーさんの方からボスに言ってもらえません?」

「お前もいっぱしのギャングだろ。俺に喧嘩吹っ掛けてくるぐらいには偉くなってんだからしっかりしろ」


「前のこと根に持ってるんですか!? アレはただの売り言葉に売り言葉って言う感じで!!」

「いや売り過ぎだろ。ちょっとは買えよ」


「す、すみません。まだ勉強不足で……」


『P、聞こえるか?』

「あ、ボス!! 今からでも遅くないですから、襲撃方法変えましょう!?」

『ごめんだけど、こっちは襲撃開始中~。P、頑張ってね』


 緊張感のないベティの声。電話の向こうでは微かに射撃音が響いている。


『俺は励ますために掛けたわけじゃない。いいか、失敗したら死ぬからな。比喩じゃなく、マジで死ぬんだよ。

「なんで余計にプレッシャー掛けるんですか!?」


 言いたいだけ言うと、オタからの通話は一方的に切られてしまう。

 反論しようと掛けなおすが、無視された。なんども掛けるうちに、ハリスが通話をブロックし始めたので、かけることすらできなくなった。


「……諦めてやるしかねぇよ。頑張れ」

「じゃあ、D、申し訳ないんですけど一緒に死んでくださいね!?」

「そりゃ御免だな~。だから精一杯働くよ」


「ああ、くっそ。やってやる。俺もギャングなんだ……!!」


 ブツブツと虚ろな目をしながら、付近の地図と襲撃予定である民家を見比べる。大通りを歩いてパトロールしている【オオイヌ】のメンバーの写真を陰から撮る。


「……ハリーさん、いくつか聞いていいですか?」

『作戦の話かな? 俺が分かる範囲ならいくらでもどうぞ』

「今から警察を呼んだとしてどの程度かかります?」

『トゴメナ地区には交番が無いから、早くても10分。パトロールの都合で5分ぐらいで来れるかもしれないが、数人だろうな。本隊はやっぱり10分程度かかる』


「Dさん、10分、この周囲で逃げることは可能ですか?」

「具体的にどの範囲まで行ける? 一度逃げて戻るじゃダメなのか?」

「ダメです。俺たちがここに居続けて存在をアピールする必要があります。なので、今、丸で囲った部分が逃げられる範囲です」


「……そこの道路と、そのあたりか。俺のドラテクなら30分は稼げるな」

「なら15分稼いでもらいます」


「ハリスさん、ここから一番近いギャングはどこですか? おそらく漁夫の利を狙ってくるであろうギャングです」

『オタの推測では【ウサギ】の連中だな。その精製所は元々【ウサギ】の物だったが、【オオイヌ】の連中が横取りをしている。奪い返す絶好のチャンスだと思うはずだ』


「……作戦が決まりました」

「ナイスだ。聞かせてもらおう」

「まずはDと分かれて、2つのポイントから挟撃します。すぐに場所を移動して、また別な場所で戦闘を行うことで、相手に人数を誤認させます」


「最初の挟撃と同時に、ハリーさんには通報をしてもらって警察を呼び出します」

『通報の内容は? 偽情報か?』

「いえ、【オオイヌ】と【ウサギ】の抗争と言ってください。そして、それを実際に引き起こすんです」

「【ウサギ】の連中と協力するのか……?」


「いえ、そっちには、警察と【オオイヌ】の抗争と思わせたいです」


「たぶんですけど【オオイヌ】は俺たちが来ることを知っている。けれど、反撃に出ないことから人数までは知らないはずだ。だからこそ混戦を呼ぶことで、最低人数で最大の襲撃を引き起こせる」

「質問だ。俺たちの人数がバレてない根拠は?」

「俺たちの人数が2人だと知っている場合、室内まで誘い込んで仕留めたほうが確実です。俺たちの人数を4人だと思っている場合、これも室内まで誘い込むほうが戦いやすい」


「人数不明、もしくは多数だと勘違いしているから、アレだけ厳重な警備をしてる。って考えたんですけど、どうですかね?」

「納得だよ。だから多数に攻められてると勘違いさせるのか」

「その勘違い作戦は長続きがしないうえに、援軍や【ウサギ】の連中には通じないので、警察を利用します」


『いい作戦だ。こっちは通報の準備もできてるし、【ウサギ】の誘導も可能だ』

「ありがとうございます、ハリー。Dは車に乗って別ポイントから射撃してください。警察がある程度到着したら、警察の応援を呼ばせるためにカーチェイスをするのでお願いしますね」


「お前、警察車両をバリケード代わりにしようとか考えてないよな……?」

「そのつもりでしたけど? 彼らの車があれば、弱小ギャングは近づきにくくなるでしょう」


 ポールは悪魔のようなほほえみを浮かべる。

 心の奥底に眠っていた才能を呼び起こしてしまったような気分に陥り、ダンとハリスはゾッとする感覚を抱いていた。


『こちら、D。予定されたポイントに到着』

『こちら、ハリー。通報の準備も完了だ』


「では、作戦を始めます。……射撃開始!!」


 建物の陰から、ライフルを発砲し、道路の真ん中を歩いていた【オオイヌ】のメンバーを射撃する。強襲に動揺して一瞬彼らの動きを止まったことを確認してから、路地の奥へと逃げ込む。


 ぐるりと建物を回って、廃墟になったアパートの2階まで登ると同じように銃を撃つ。


「いたぞー!!」

「あっちの2階だ!!」


 ぼろく錆びた柵を飛び越えてアパートで身を隠しながら闇夜を逃げ回る。

 3回目か4回目の襲撃の後、遠くからサイレンの音が響いた。


「思ったより早いな~!!」

『安心するのは早いぞ。アレは近くにいた警官だ。本隊到着まではもう少しかかる』


 廃街で起こった唐突な銃撃事件。しかし悲しいか、ラメカールでは珍しくもない。

 警察の到着が遅れているらしく、2台のパトカーがチンタラ走って来るだけだった。


「俺は一気に中に入ります。Dは周りをカーチェイスしててください」

『人に囮になれってか!?』

「こっちは【ウサギ】の囮になるんですから許してくださいよ~!!」


 ポールの宣言通り、警察と同じぐらいのタイミングで近隣ギャングである【ウサギ】と思われるメンバーがバイクに乗ってやってくる。


 数名はパンクさせて引きずりおろすことが出来たが、10~20人程度は民家の付近で争っている。


『こちらO、そっちの首尾はどうだ?』

「今のところ作戦通りで大成功です!!」

『ハハッ、そりゃいいな。じゃあ、増援は要らねぇか?』


「……要らないっす!! 頑張ります!!」

『OK。健闘を祈る』


『P、良かったのか?』

「ここでボスを頼ったら、俺は一生のままです。彼女ベティに胸張れるギャングになりたいんで!!」


『随分、男前じゃねぇか!!』


 ダンが運転しているSUVが、急カーブを曲がって【ウサギ】の何人かを引き飛ばす。さらに彼を追うように数台のパトカーが爆走していた。


 引き倒された彼らに動揺が走り、その隙間を縫ってポールは精製所の中へ走っていった。


 汚い外見の通り、家の中もゴミであふれていて、とてもじゃないが薬物の精製が出来るような環境ではない。


「入ってきたぞ!?」

「警察か、【ウサギ】か!?」

「知らねぇ顔だな。殺せ!!」


「……!! 今俺は爆弾を持ってる!!」


「はぁ!?」

「う、撃つな!! ストップだストップ!!」


 紙袋に包まれた正方形のナニカを持ち上げ彼らに見せる。


「この中には大量に火薬が詰まっていて、この家ぐらいなら吹き飛ばせる。俺は【ウサギ】のメンバーだが、お前たちの精製所を奪いに来た」

「なんで奪いに来ておいて土産が爆弾なんだよ!!」

「てめぇ、はったりか?」


「動くなお前ら!! うちのボスは、もし万が一奪い返せ無さそうなら、家ごと爆破して【オオイヌ】の利益を少しでも減らせって方針だ」

「のこのこ鉄砲玉が来たってのか……」

「99%嘘くさいが、1%が怖いな……」


 本来であれば通用するはずもない言い訳。ぶっちゃけ中身は、替えのマガジンが入っただけの紙袋である。それに信憑性しんぴょうせいを持たせているのは、彼の童顔である。


 ちょっと間抜けな顔をしているせいで、本当に鉄砲玉であると思われているのだ。


「どうする、警察の人数も増えてきてる」

「急げば俺たちが逃げるぐらいの隙はあるか……?」


 外に居た警官たちが、家のドアをこじ開けようと体当たりをしている。キッチンで精製設備を守っていた【オオイヌ】達は慌てた様子で、それを止める。


 中に爆弾を持った男が居ることを伝えると、いっきに彼らは引いて、爆弾処理班を呼び出す。

 パトカーに戻って連絡をしていた警官たちだが、大きな衝撃音と断末魔が聞こえた後、外は全くの無音となった。


『こちら、D。増援を呼ぼうとしていた警官たちにアタック決めたぞ。見たところ、外は誰もいない』

『P、中の状況を報告してくれ』


「……さあ、爆弾で死にたくないなら、早く外に出ろ」

「……まてまて、交渉しよう。俺たちもここを失うのはマズいんだ!!」


『P? 返事をしろ。死んでるのか?』

『まて、ハリー。Pの声で爆弾がどうとか聞こえた。たぶんブラフで時間稼ぎをしてる。【スプルースタウロス】の連中を呼んでくれ』


『爆弾!? なんて思い切った嘘を……。今連絡した。もう少し時間を稼げそうか?』

『P、俺たちの通信が聞こえているなら、中にいる奴らを窓際に寄せてくれ。そこから銃撃する』


「お前たち、そっちの端に寄れ。薬物を確認する」

「わ、わかった……」


 両手を上げた男たちは、ゆっくりと壁際による。頭上にある窓からダンが顔を覗かせ、ハンドガンを構えると、1人の脳天を撃ち抜いた。


 ポールも振り向きざまにハンドガンを撃つ。

 一気に3人を処理すると、外にいるダンが親指を立てた。


「ナイスだ、P。もうすぐ、タウロスの連中が来るから、それを待とう」

「助かりました!!」

「なぁ、爆弾って何のことだ?」


「ああ、コレですよ。ライフルのマガジンを入れてた袋です」

「……それを爆弾は無茶があるだろ。よく突き通せたな」

Oボスならこうするだろうってのを考えた結果ですよ」


 2人がハイタッチをして、感傷に浸っていると、遠くの方から車のエンジン音が派手に響き渡る。センスの悪い改造車が近づいてくることを確認すると、思っていた通り【スプルースタウロス】のメンバーが数名降りてきた。


「コレで仕事は終わりだな。あとはO達と合流するか」

「そうですね。じゃ、爆弾持ってくださいよ」

「ふざけんなバーカ」

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Money&Gun's~最低な連中が最悪の町でギャングスタ―に!?~ 平光翠 @hiramitumidori

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