リファイナリークラッシュ
目を細めた青年は怪しく笑い、2人を見送る。屈強な黒スーツの男たちがドアマンとなり、オタとポールが店を出るのを待つ。リチャードは、車が消えるまで頭を下げていた。
「リチャードくんと仲直りできたの?」
「
「おそらく、調達の当ては確保できたと思います。詳細は作戦が決まってからですよね?」
「薬物工場を2か所だろ……? しかも増援の相手もしなきゃならねぇ」
「人数不足をどう補うかですね」
「ボスならすごい作戦考えてるんじゃない?」
「皆で一斉にこっちを見るなよ。作戦なんてないぞ」
「じゃあ、正面突破でドンパチか?」
『ダンが嫌いなギャングらしいやり方だな」
「それも人数差で押し切られるんじゃ? オタさんが一騎当然の働きが出来るなら可能性はありますけど」
「……一騎当千か?」
「それです」
「ポール、最近一杯本読むようになったもんね。オタさんみたいになりたいって言って」
「ちょ、言わなくていいから!!」
「おだてられてるのに、こんなこと言いたくないが、一騎当然ってどういう意味だ?」
「当千だっての」
『オタはバカだからな~。ちなみに、1人で1000人を相手できるほど強いって意味だぞ』
「……ポール、お前賢いな」
「いや間違ってたけどな」
「そうじゃなくて。面白い作戦思いついたぞ」
「お、なになに~?」
「まさか1人で1000人相手しろなんて無茶は言わないよな……?」
「そのまさかだよ。相手は1000人もいないがな」
「まず、ガニムンに近い拠点、これはダンとポールの2人で襲撃する。ただの麻薬精製所なら中の人数はそこまで居ないから、2人でも行けるだろ」
「そして、こっちの拠点は俺とベティでつぶす。2か所同時に襲撃すれば【オオイヌ】の戦力も分散するし、混乱に持ち込める」
「同時襲撃の案はたしかに頭の片隅にあったが、俺たちを分けると、そのあとの防衛で厳しくなるだろ。【オオイヌ】の連中だって、取り返そうと必死になると思うぜ?」
「いいか、俺が1000人を相手しようと思ったら、正攻法では無理だ」
「オタさんなら意外と上手くやりそうですけど」
「ほどんとの麻薬精製所は入り口が2か所になってるんだ。1か所だと襲撃が来たときに逃げられないし、3か所以上あれば襲撃が来たときに守れない。ハリス、確認してくれ」
『……今、周囲の監視カメラを確認したが、入り口と思われるのは2か所だ。トゴメナの中心部にある方も、ガニムン地区に近い方もな』
「扉1つなら、1人でも守れる。ブラフも通しやすいだろ」
「ブラフ……。たしかに向こうも2人で襲撃に来てるとは思わないから、攻めあぐねること間違いなし。その間に【スプルースタウロス】の加勢を待てばいいってことですね」
「ポールもわかってきたじゃないか」
「じゃあ、私も銃撃つ練習しておいた方がいい?」
「全員だな。ダン、重い銃は苦手とか言ってたが、ちゃんと練習しろよ?」
「言われなくてもわかってるよ。……ハンドルが重い車なら、大歓迎なんだけどなぁ」
「よし、方針は決まったな。作戦の決行は今から5日後の深夜。早速準備に取り掛かるぞ」
「襲撃場所の下見だろ? どっちから行く?」
『近いのはガニムン側の精製所だな』
「ならそこにしよう。ハリスは監視カメラのチェックも頼む。ダン、少し離れた場所でポールとベティを降ろして、下見をさせる。俺たちも車から周囲の確認だ」
オタの指示に全員が声をそろえて返事をする。
ナビを見ることもなく、すぐに現場に到着し、襲撃する精製所の周囲をぐるぐると回る。
廃墟と古臭いアパートの多いトゴメナ地区であるが、ギャングの拠点となっている場所は、たいていがぼろ小屋のような一軒家だ。落書きも多いが、そのちかくの歩道には浮浪者も距離を取っている。
『2m程度の塀に囲まれていますね。ハリスさん、玄関が見えてますか?』
『ああ、見えている。その隣、車が停まっていると思うが、少しズームしてくれ』
「こちら、オタ。裏口を発見した。裏側、窓には全て鉄格子」
『裏側の窓は人が入れるような大きさが無いから無視していいな。ドアの鍵タイプを調査している。ポール、車の方はもういいぞ』
『ベティでーす。家の前に居るホームレスの人から、
「……住み込みの男が2人。大きなカバンを持った男が入れ替わりか」
「家の中でずっと作ってるってことか?」
「そうみたいだな。定期的に材料や完成品を運ぶ奴が来るらしい」
「警備が居ないのか?」
「【オオイヌ】は正式なギャングってより半グレとかが近いんだよ。たまたま薬を作るノウハウを持ったヤツが集まっただけって言ってもいいかもな」
「そんな素人連中、すぐに他のギャングに潰されるんじゃ?」
「トゴメナ地区はラメカールの中でもクソが多いからな。お互いいがみ合って大乱戦になるより、知らぬ存ぜぬ突き通して関わらない方が利益になる。だから今まで生き延びていた」
「じゃあ【スプルースタウロス】に目をつけられたのはアンラッキーってことか」
「そもそもアイツらが【
「へぇ~絶賛勢力拡大中ってことか?」
『その裏に居るのが、トム・グレイってことだ。まったくもって皮肉なものだ』
「ブルだけの力じゃ、一時的に人を集めることは出来ても、継続的に稼ぐことができないからな。アイツらの拠点の所有者名義もトムになっていた」
「はぁ~、随分と厄介な奴を引き抜かれたんだな」
「アリス研究所の中でも優れたハッカーだったからな」
「……なぁ、俺はラメカールの人間じゃないから知らないんだけど、アリス研究所ってなんなんだ? 国公認の研究機関だってのしか知らないんだよ」
「それで合ってるよ。警察も消防も軍隊も教育も全部民間企業に任せてるラメカールの中で、唯一、アリス研究所にだけは国として出資をしてる。研究内容は全て極秘で、違法合法の境が無い」
「なんだその無茶苦茶なルールは」
「それでも許されてるのは、アリス研究所の研究が、全人類の運命を左右してるからだ。俺もわかってないけど、なんか地球温暖化とかの研究をしてるんだよ」
正しくは、温室効果ガスを消滅させオゾン層を再生させる可能性のある特別なエネルギーについての研究であるが、それを指摘できるのはハリスしかいない。
……そのハリスが、麻薬精製所の調査で忙しいため、間違った情報のまま進んでいる。
「ちょっとベラベラ話過ぎたが、アリス研究所は今は無関係だから忘れてくれ」
「話の規模が大きすぎて、覚えておくには脳みそが足りねぇよ」
『1つ目の拠点の解析が終わったぞ。次に行こう』
「ずいぶん時間がかかったな?」
『途中で、別な仕事に進展があってね。そっちを優先していたら遅くなった』
2つ目の拠点でも同じように情報を集める。
トゴメナの中心部に近いともなると、塀は崩されていて、落書きや浮浪者も先ほどよりも増えていた。ホームレスたちに中の人数を聞いてみたが、正しい情報は得られない。
「おそらく、【オオイヌ】の連中が口止めしてるんだろ。揉め事にぶつかる前に戻ってきた方がいいな。本番前に余計な手間を増やしたくない」
ポールとベティが情報を集めている最中なんども絡まれていた。彼女の明るさでなんとか回避できていたが、人通りも増えてきた。
「情報収集は十分だな。俺とハリスは【オオイヌ】について調べる。3人は銃の練習だ」
「オタさん、調達についてのアレコレ、俺に任せてもらえませんか?」
「……わかった。リチャードとの連絡はポールに任せる」
意欲的なポールに仕事の一部を任せて一旦拠点へと戻る。
それから数日。
麻薬精製所の調査もあらかた済んで、オタも含めて銃の扱いを練習していたある日のこと。
『オタ、向こうから連絡が来てる』
「わかった、つなげてくれ」
ドラマティック・エデンが経営している射撃練習場から外に出て、ブルからの電話に出る。電話がつながった瞬間に怒声が響いて、おもわずスマホを落としそうになっていた。
「何の用だ、ブル」
『とぼけてんじゃねぇ!! いつになったら襲撃を開始するんだ!!』
「5日後に決行するって連絡入れただろう。ハリスから来てないか?」
『間違いなくトム・グレイに伝えているぞ?』
『どういうことだ、トム!!』
『……てめぇ、こっちのセキュリティシステムに引っかかるようなアドレス使いやがったな。途中で止まってるぞ』
『おいおい、訳の分からねェ小難しい話は要らねぇんだよ!! 早く襲撃を実行しろ!!』
「ちょっとまってくれ。セキュリティシステムに引っかかったのはそっちの都合だし、俺たちも準備が済んでないんだ。あと数日時間が欲しい」
『黙れクソが!! いいか、今日だ!! 今日の夜には襲撃を実行しろ!!』
「ふざけんな、こっちの準備が間に合わない!!」
『間に合わないなら、お前たちが【ジョーヌゲミニ】に殺されるだけだ。いや、前回の取引の邪魔をしたこともバラしてやる。【プラータカンケル】や【
それだけ言い捨てると、ブルは通話を切ってしまう。
オタはその場で座り込んで深いため息を吐いた。ハリスも、同じように通話の向こうで物憂げな息を漏らしている。
「リチャードに連絡してくれ。計画を前倒しする」
『了解。ダンたちにも連絡しておくから、お前は少し休憩しておけ』
「たすかるよ。準備が終わったら、ハリスにも10分ぐらい休憩の時間を作ろうか?」
『俺は休憩なしでも働ける。気にしなくていいぞ』
射撃場に居る3人を呼び戻し、急いでリチャードと連絡を取る。彼の店で車を受け取った後、2人ずつに分かれて【オオイヌ】の麻薬精製所まで向かった。
オタとベティはトゴメナの中心近くまで車を走らせて、襲撃予定の民家から2つほど道路を挟んだ場所に居た。ダンとポールの準備が整い次第、同時に襲撃を開始する手筈だ。
「準備は出来たか?」
『こちらP、問題が発生してます』
「……問題?」
『家の周りに武装してるのが何人か見える。この様子だと、中もそれなりに居るんじゃないか?』
『ハリーさん、監視カメラの記録を確認できますか?』
『今見てる……。家の前に不審車両が停まっているな」
「襲撃の情報が漏れてる?」
「……ボス、向こうにおっきい銃持ってる人がいる」
ベティが顔を近づけてこっそりと報告する。彼女が小さく指さす方向を見れば、耳に無線イヤホンをつなげて、どこかと会話をしている男の姿があった。
背中にはライフルのようなものを背負っている。
「……全員、聞こえるか。計画を変更する。……そっちの指揮はPに任せるぞ」
『お、俺ですか!? だ…Dじゃなくて!?』
「お前だ。ハリーもDも上手く使っていいぞ。2人もPの指示に従うように」
「ねぇ、Pに任せてもいいの?」
「信用してるから任せるんだよ。それより、俺たちはこっちの仕事だ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます