ミスター・クーパー
ヴォミアル地区での逃走劇から数日後。
オタ達は再び【スプルースタウロス】に呼び出されて、とある廃墟へと招集されていた。
彼らが到着する頃には、すでに呼び出した張本人であるブル・ウェストが待ち構えていた。埃っぽいパイプ椅子に腰かけながら、煙草の箱をトントン叩いている。
「よお、お友達ィ~。また仕事を手伝ってくれねぇか?」
「……前に話していた麻薬精製所の襲撃か」
「襲撃なんて物騒なこと言わないでくれよォ~。俺たちは、ちょっと場所をゆずってほしいだけだ」
「そういう御託はいらない。今の所有者は誰だ。いや、どこだ?」
「誰とかどことかって言うのは分からないなァ~? 風の噂じゃ【オオイヌ】って名乗ってるらしいが」
「ハリー、今調べられるか?」
『ああ、麻薬を中心に動いてるギャングだ。トゴメナ地区を縄張りにしてるらしい。届け出が出てる構成員は30ぐらいだが、実態はもう少し居そうだ』
「賢い情報屋が居るみてぇだなァ?」
「そっちのハッカー様には敵わねぇよ。だが、情報収集でいえば、間違いなく1流だぜ」
『拠点の場所までは特定できないな。推定ポイントをいくつか送るから実地確認が必要だ』
「ああ、そのぐらいはこっちでサービスしてやるよ。トム、精製所の場所を共有してやれ」
『今、ハリーの端末に送った』
『ちょっとまて、ウイルスチェックをいつもより厳重にやってる……』
「うちのトムがそんなつまんねぇ真似をする訳ねぇだろォ。警戒心が高いことは褒めてやるが、風に舞う葉っぱに怯えるネコみたいで滑稽だぜ」
ブルのくだらないジョークに、後ろに控えていた【スプルースタウロス】のメンバーも思い思いの嘲笑を見せる。しかし、ハリスは意に介した様子もなく、オタ達に情報共有を済ませた。
「……精製所は2か所あるのか?」
「ああ、そうだ。カンケルの連中がわがままを言うせいでなァ~。もっと薬を増産しないと間に合わないんだよ。だから、ちゃーんと、場所取りよろしくなァ?」
「Oさん、少し厳しくなりませんか? 人数的に……」
「その【オオイヌ】って奴らのレベルにもよるな」
「最悪、ベッキーも実働に回す。ハリー1人で厳しくもなるがな」
「いいよ!! よくわかんないけど、私頑張る~!!」
「……ブル、他に仕事が無いようなら、俺たちは帰るぞ」
「おい、子猫ちゃんが逃げ帰るらしいぞ~。マタタビぶちまけてやれェ~」
つるっぱげ大男の言葉を無視して、廃墟を出ていこうとする。しかし、背後から声を掛けられた。
「言い忘れてたが、そこ狙ってんのは俺たちだけじゃないんだよ。だから、俺たちが到着するまで守っててくれるか? あと、カンケルから急かされてるから早めにな~」
「……分かった。すぐに準備に取り掛かる」
汚い冷蔵庫から酒を取り出して浴びるように飲む大男。
宴会騒ぎをしている彼らを冷たい目つきで睨む反骨の瞳には気が付かなかった。
廃墟から逃れたオタ達は、ダンが運転する車に乗り込む。
当然、車内では緊張した面持ちで作戦会議が始まった。
「現実問題、動けるのは4人だけだ。ハリスは表に出てこれないからな」
「いつかの闇バイト募集みたいに、下っ端を集めるのは?」
「集める時間がないうえに、確実に人を集められるコネクションもない。他組織からのスパイが紛れ込まないように選別するリソースも無いしな」
「問題は人以外もだ。そこまで行く車が無い。襲撃のための武器もな」
「前に【プラータカンケル】から麻薬を奪ったときに用意していた車は1台を除いて押収されてますもんね。最後の1台も、おそらくナンバーは控えられている可能性が高いですし」
「その時は爆弾と発信機を用意するのに手いっぱいで、武器の準備はしてなかったんだよね?」
「撃ち合いに自信が無いから、それを避けるプランを選んだからな」
「幸い、前回の強盗のおかげで資金に余裕はあるが……」
「調達先が無いってことですよね。ドラマティック・エデンの他のメンバーに」
「それはご法度だ。俺たちがリチャードに殺されることになるぞ」
「やっぱ、リチャードくんにごめんなさいするしかないかな?」
「そう単純な話じゃあねぇだろ。土産にブランド時計でもプレゼントするか?」
「宝石引き渡しで会ったときも、高い時計付けてましたもんね」
「……そんな見え透いたプレゼントには引っかからないと思うなぁ」
「ベティの言うとおりだ。あのドラマティック・エデンの構成員が物で釣れるわけない」
「ならどうするつもりだ? 今後の強盗も、アイツなしじゃ準備段階で詰むぞ」
「素直に謝りに行こう。念のため、ダンとベティは車で待機だ。ポール、ハリス、サポートを頼むぞ」
『おいおい、人見知りの俺に交渉のサポートを頼むのか? 人選ミスだぜ』
「そっちじゃねぇよ。車に待機組との情報共有だよ!!」
『ああ、そういうことか。それなら任せろ』
通話越しに聞こえる彼の声は、確実にわかっているにもかかわらずとぼけた声であった。緊張が走っていた車内に一瞬だけ和やかな雰囲気が流れる。
リチャードが勤める『バランスタンド』まで到着すると、オタとポールが車から降りて店舗内へと入っていく。すでにアポは済ませてある。
店内には普段は見かけないような屈強な黒服の男たちが数名勤務しており、全員が腰にハンドガンや警棒を構えている。他の客もいない状況であり、オタ達でさえ一瞬気後れしてしまう。
「ミスターO。時間丁度ですね。こちらにどうぞ」
「ああ、案内ありがとう……」
レジに立っていたリチャードは、2人を応接室まで案内すると、お茶を用意するといってさらに奥の部屋へと消えていく。彼らが座るソファの後ろには数名の黒服が直立していた。
「お待たせいたしました」
「わざわざ着替えたのか。そこまで気をつかわなくてもよかったのに……」
コンビニの制服から、ブランドロゴが光る高級スーツに身を包み、イヤリングから時計まで全てを似つかわしくない一級品で揃えている。
「それで、お話というのは?」
「いや、その、数日前の仕事についてなんだが」
「ああ、あの預かり物、ようやく持ってきてくださったんですか? 少し遅かったものですから、配達料はかなり差し引かせていただきたいんですけれども」
「悪い、違うんだ。その、荷物はすでに俺たちの客に渡していて……」
「ならば何の用事で来たんですか? 私に対して宣戦布告でも?」
「そんなつもりは毛頭ない!!」
「リチャードさん、取引の邪魔をした挙句、荷物を持ち逃げしたことは謝ります。ただ、俺たちにも事情があったんですよ」
「事情? 便利な言葉ですね。私たちの事情を無視して、自分たちのソレを押し通そうというのですか?」
「違う。そっちの事情も最大限汲みたいとは考えている。ただ、だからこそ話を聞いてほしいんだ」
「……話を聞くぐらいならば構いませんよ。ただ、時間も有限であり、貴重な商品になることをお忘れなく」
「……黒服に席を外してもらうことはできないか?」
「気になるのも当然でしょうが、この部屋に呼んでいる人間は、
「そういうことなら話をさせてもらう。ことの発端は、ジュエリーノゴ強盗が成功してからの話だ」
「ええ、その件については大変ありがとうございました」
「強盗自体は上手くいったが、【スプルースタウロス】に証拠を掴まれて、脅迫を受けている状況なんだ。リチャードについても把握しているらしい」
「そのギャングは知っていますが、最近【
「俺が捕まる前に仲間だった男が関係してる。ハッキングのスペシャリストで、元はアリス研究所の専属ハッカーだった男だ。削除したデータを復元することなんてお手のものだろう」
「……なるほど。それを聞いたうえで、私にどうしろと?」
「カンケルから薬を盗んだのも、そっちからの指示なんだ。返すなんてことになれば、俺たちだけじゃなく、リチャードの身も危なくなる」
「だから今回は見逃して……」
その言葉の先は、黒服たちが2人に銃口を向けたことで遮られた。とっさにポールも腰に手を掛けるが、オタが手で制したことで止められる。
「リチャード、俺たちは喧嘩をしに来たわけじゃない。銃を降ろしてくれないか?」
オタの目の前に座る茶髪の青年は、実際に銃を構えているわけではない。しかし、彼らを取り囲むのは、まさしくリチャードの
「ミスターO。あなたの仕事ぶりは先代のリチャード・クーパーからの引継ぎメモで知っています。そして、ジュエリーノゴ強盗の手際も見事だったと認めています」
「ただ、だからこそ気に入らない!!」
「なぜ私を子供扱いする。私は、ドラマティック・エデンの正式なメンバーであり、あなたたちの調達を完ぺきにこなしている自負がある!!」
「私を守ってやるなんて偉そうに言うんじゃねぇ!!」
「……失礼、取り乱しました。経験浅い若輩者の妄言と思ってください」
「いや、こっちこそ悪かった。お前を軽視しているつもりはなかったが、先代のリチャードと比べて子供扱いしていた部分もあったかもしれない」
「では、もう1つ妄言を」
「ああ聞かせてくれ」
「私は他の誰かに守ってもらわなくたって、自分の身は自分で守れる!! 私は、いずれドラマティック・エデンさえも飲み込む大商人になる男だ。ケツ持ち抱えた下っ端配達員になるつもりはない!!」
「……なら、パートナーとして頼みたいことがある」
「ええ、聞かせてもらいましょう、お客様」
「調達してほしいものがある」
「ご利用目的をお聞きしても?」
「気に食わねぇ牛野郎をぶっ殺すためだ」
「かしこまりました、お客様。委細全てご用意させていただきます」
「商人としてお聞きしますが、利益はどの程度を見込んでいますか?」
「最高にいい報酬を用意することを約束する。たとえば、クソ牛の首とかな」
「いいでしょう、改めてドラマティック・エデン構成員、リチャード・クーパーがお客様のご要望通りに品物を調達させていただきます」
「お客様、今後ともご
目を細めた青年は怪しく笑い、2人を見送る。屈強な黒スーツの男たちがドアマンとなり、オタとポールが店を出るのを待つ。リチャードは、車が消えるまで頭を下げていた。
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