ヴォミアル住宅街プチ戦争

 誰も居ないヴォミアル地区郊外の闇夜の大通り。

 後ろが派手にぶっ壊れた銀色の車が走り抜け、そのはるか後方では爆炎が立ち込めている。


 つまり、ラメカールでは日常ということだ。


「追手無し。爆弾作戦はひとまず成功ですね」

「ベッキー、爆破に気づいてないようなら詳細な場所を通報してくれ」

『りょ~。まだお店の方を調べてるみたいだね~』


「Oさん、タウロスの方に連絡入れますか?」

「いや逃げ切ってからでいい。もう少し後ろ見て追手を確認してくれ」

「まだ用意してた車に乗り換えるのは早いか? 行くなら進路を変えるが」


「警察とカンケルの動きが分かるまではこのあたりを逃げ回っててくれ。情報が揃うまで待機だ」


『O、聞こえるか?』

「カンケルの動きが見えたか? それとも警察?」

『いや、リチャードが至急連絡したいって話だ。つなげるぞ』


『ミスターO、今、何の仕事してます?』

「商売に来たのか? 悪いが、必要なものはすでに調達しているから、追加注文はないぞ」

『違います!! 昼に車と武器と、拠点に違法戸籍まで頼みましたよね!? それ、何の仕事に使ってるんですか!?』


「リチャードさん、やけにグイグイ聞いてきますね」

「商売人は売った物の使い道を詮索しないのがルールだろ? それとも売り物に不備でもあったか?」


『まさかとは思いますけど、皆様、【プラータカンケル】の薬物取引の邪魔をしていないですよね!?』

「……そのまさかなんだが、何か問題があるのか?」


『問題!? そのレベルじゃありませんよ。今すぐに中止して奪ったものを投棄してください!!』

「御託はいいから理由ワケを話せ。こっちも別な客に頼まれた仕事なんだ!!」


『時間が無いので端的に言います。【プラータカンケル】が取引している薬物は、他国から来訪しているVIPに売る予定だったものです。ドラマティック・エデンもその取引に噛んでいるんですよ』


「VIPだと? てめえの国じゃ出来ねぇからって、こそこそラメカールまで来てドラッグパーティーかよ。クソ気に食わねぇやり口だな」


 ダンが思い切り顔をゆがめて舌打ちをする。

 心なしか、ほんの少し運転が粗々しくなったようでもある。


『そのVIPに雇われている他国のギャングも追跡に駆り出されています。当然、【プラータカンケル】やドラマティック・エデンも!!』


「ということは、警察、【プラータカンケル】に海外のギャング、ドラマティック・エデンまで相手しなきゃいけないんですか!?」


『ミスターO……。どの程度の報酬を積まれているのかはわかりませんが、今回は身を引いてもらえませんか? 僕は大事な取引先を失いたくない。もちろんタダとは言いません』

「……こっちも調達の恩がある。話ぐらいは聞いてやるよ」


『さすがに分が悪すぎます。向こうは執念深く追ってくるはずです。今なら、僕に盗んだものを預けてくれれば、上手く言って捌くことができます。当然、皆さんの名前を出すことはありませんし、安全に逃げるルートも用意します』


『お願いです。僕を信じてもらえませんか? 今回は、手を引いてください』


「リチャード、お前が本気で俺たちを心配してくれてるのは分かる。今回の調達も、いきなりだったのにきちんと対応してくれて助かった」

『分かってくれたみたいで良かったです。では、盗品を預かる場所ですが……』


「だが、俺たちにも事情はある。このトランクは返せない」

『僕が信用できませんか? 若輩者ではありますが、皆さんを守るために全力を尽くすつもりですよ!!』

「信用はしてる。頼りにもしてる。だからこそ、こっちの事情に巻き込めないんだ」


『……僕はあなたを買いかぶり過ぎていたらしい。この程度のリスクヘッジもできず、くだらない利益に縋るバカだったとは思いませんでした。さようなら、お客様』


 それを最後の言葉とし、唐突に通話は切断される。

 ぐしゃぐしゃになったクーペに乗る3人の表情は硬いものとなっていた。彼の提案を受け入れたい気持ちはあるが、それをすれば【スプルースタウロス】の脅迫通り、強盗の証拠がバラまかれる。


 当然、オタ達は捕まるか殺されるが、その支援をしているリチャードも逃げられない。良くて、ドラマティック・エデンからの追放、悪ければ……。


「これ以上、リチャードは頼れない。ミスがあっても物資調達は出来ないと思ってくれ」

「最初から織り込み済みの作戦でしょう。そのために余分に調達は済ませてあるんですから」

「せいぜい使い潰さないようにしっかり働くよ!!」


『こっちも頑張ってサポートするから!! 必ず成功させて、リチャードくんに謝りに行こ!!』


『こちらハリー、リチャードからの譲歩の裏付けとれた。急いでその車は捨てたほうがよさそうだ』

「発信機の位置情報、攪乱できなかったのか?」

『いや、座標はちゃんとズレてる。だが、それ以外にも特定方法があるらしい』


 今彼らが乗っている車は、元は【プラータカンケル】の用意したものであるため、ポールが付けたものとは別の発信機が付いていた。それをこちらのトラップとして利用する手立てだったが、ハリスのハッキングでは手が届かないセンサがあったらしい。


 事態は想定よりも悪い方向へと向かっている。

 しかし、オタの表情は明るく、むしろ普段よりも獰猛で含みのある笑みを浮かべていた。


「ひとまずヴォミアル地区を抜けたと思わせるぞ」

「じゃあ、ポイント4で車を乗りかえればいいんだな?」

「Pはベッキーと警察の動きについて確認してくれ。後方確認も引き続きな」


「シレっとハードなこと言いますね!? できますけど!!」

『端末に警察の目撃情報を送ってるよ。SNSで写真付きのやつ!!』


「……ポイント4は安全です。まだグランマート付近にいるようですね」

「なら、ポイント1を経由してくれ。そこに用意してある車を囮にするぞ」

「早速使い潰すのか?」

「潰さない。布石にするんだよ!!」


「後方から数台ほど接近中です。……メタリックカラーが2台、おそらく【プラータカンケル】の物ですね。他3台は目視してます」


『特徴は?』

「1台は、ラメカールのナンバー表記、白の車です。ほか2台は、スポーツカー装甲車、色は黒と迷彩柄のオフロードカーです。カメラつけてますので、そっちも確認してください」


『カメラ了解。ラメカールナンバーの白車はドラマティック・エデン所有名義だ。装甲車とオフロードカーは海外ギャングの物だろう。数日前に入国管理局で輸送履歴があった』


「VIPを警護してる海外ギャングの詳細は?」

『……俺のレベルじゃ調べられないな。人の方は管理局で改ざんされたらしい。復元不可能だ』


「おいおい、改めてあの強盗が上手くいったのは奇跡なんじゃねぇか……?」

協力者ミシェルの存在が大きかった。それが無きゃ、本番前に危ない橋を渡ってからになる予定だったぜ」


「なんでちょっと、そっちの方が良かったなって顔してるんですか!?」

「……P、よくわかったな?」

『えぇ!? ボスってマゾなの!? じつはもう1回檻の中がいいとか!?』


『知らなかったのか? こいつは超ド級のM野郎だぞ。年上彼女に尻に敷かれてたからな』

「余計なこと言ってんじゃねぇよ!!」


「おいおい、追われてる最中だってのに余裕だなァ!?」

「余裕なもんかよ。5台は多いから少し消すぞ」


 オタがバックミラーを見ながらつぶやくと、狭くなった後部座席に座るポールが、懐からハンドガンを取り出して、すばやくマガジンの交換を済ませた。

 窓から少し顔を覗かせ、照準を合わせる。


「いいですか?」

「D、一番邪魔なのは?」

「……オフロード。それが居なきゃ、悪路を突っ切って最短でポイント1まで行ける」


「了解です。撃ちます」


 短い射撃音。

 揺れる車内で、銃身をぶらすことなく的確に一射を決める。

 惜しくも、弾が落ちてオフロードカーの手前で火花が散った。


「外しました。もう1度行きます」

「バックアップが必要か?」

「大丈夫です。当てました」


 闇夜に金色の髪を揺らしながら報告を済ませる。

 オフロードカーのフロントガラスには弾痕とひびが入り、運転席側は血飛沫ちしぶきで染まっていた。


 後ろを走る車たちに動揺が走り、ほんの一瞬だけスピードが落ちる。


「加速するぞ」


 ダンの短い言葉。

 窓から身を乗り出していたポールも素早く身を引っ込めた。


 ヴォミアル地区の住宅街をメタリックカラーのクーペが爆走する。全てを置き去りにして、最初の待ち合わせ場所であったグランマートに向かうと、すでに隠していた逃走用車両は発見されており、複数台の警察車両が道路を塞いでいた。


「ベッキー!!」

『Dさん、400m左。突き当りにある細い路地の先!! 行ける!?』

「誰に聞いてる? この俺だぞ!!」


 警察の封鎖状況をSNSで確認していたベッキーが指示を飛ばす。ほんの少しだけ警戒が緩い、細糸のような隙間を抜けて大通りを突っ走る。


「予定通り、後ろの車は警察に止められてますね」

「今度は警察から逃げるのか。俺たちは追いかけられてばっかりだな!!」

「そりゃ、大それた夢を追いかけてるんだ。向こうだって追いつこうとするだろ」


「仕事が終わったら、ユーモアの学校に行って勉強しろ!!」


 ヴォミアル地区の端から端へと走り抜けた逃避行。

 当初予定していたポイント4付近まで逃げるころには、すでに警察もギャングたちも撒いていた。当然、薬の入ったトランクも、3人も無事である。


 ガス欠寸前になったクーペを放棄して、事前に用意していた車に乗り換える。そちらには別な武器も積んでいるので、もう1度追いかけられても逃げ切れる準備がしてある。


『警察はカンケル達の対応で忙しいみたい。足止めが上手く働いてるよ』

『ベッキーからの情報と合わせて、手薄なルートを見つけた』


「よし、【スプルースタウロス】の隠れ家まで急ぐぞ」


 パトロールをする警察の目をかいくぐりながら、無事に【スプルースタウロス】が待つ拠点に到着する。ヴォミアル地区の中でも小高い丘の上に建てられた一軒家にはブル・ウェストが待ち構えていた。


「上手く逃げたみたいだなァ?」

「取引先の連中はそうじゃないみたいだが、そっちは知らないぞ?」

「それは今回の仕事とは別だからなァ。薬が無事ならそれでいいぜェ」


「コレで俺たちの仕事は終わりましたよね。そちらが握っている証拠、消してもらえますか?」


「おいおい、1回きりの関係なんて寂しいじゃねぇか。もう少し遊んでくれよォ」

「そう言いだすと思ったぜ、クソ野郎……」

「落ち着け、D。次の仕事が近づいたら連絡してくれ」


「いや、もう決まってんだ。俺たちは薬の製造がメインだが、今の麻薬精製所がちと手狭でな。トゴメナにはいくつか良さそうな場所があるから、それを手に入れたいんだよ」


「それで?」

「運悪く、その場所には先住民が居るみたいでなァ。代わりにしてきてくれねぇか? 俺たちは多少汚れてても、文句言わねぇからさ」


「……後で場所を共有してくれ。それと準備が必要だから時間も欲しい」

「さすが伝説様だ。話が早くて助かるよ」


 大男は不遜に笑うと、受け取った薬を部下に渡して家の奥へと引っ込んでいった。残されたオタ達3人も、これ以上この家にいる用事はない。


 握りしめた拳から薄く血を流しながら、その場を後にした。

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