接待ドラッグ

 彼らはあわただしく動き回る。

 急ごしらえの薬物強盗までのタイムリミットが刻一刻と迫っていた。


 翌日の夜、トムから詳しい情報を知らされ、リチャードから車と銃器を調達してもらい、取引現場となるヴォミアル地区の『グランマート』付近で待機する。


 『グランマート』といえば、『バランスタンド』と同じく、ドラマティック・エデンが経営する大型スーパーでもあり、一部の店舗ではも売っていることで有名だ。


 【12人のラメカール巨悪達ギャングスタ】ともなれば、ドラマティック・エデンとのコネもあって当然であり、『グランマート』を通じて、違法なドラッグも混ぜて売ることができる。


「ハリー、中の様子は見れないのか?」

『残念だが、どっかのクソ野郎が監視カメラシステムを握ってやがる』

「時間が無くて、中に細工もできませんでしたしね……」


 あくまでオタ達の役割は、【プラータカンケル】がドラッグを受け取った後に襲撃することだ。取引自体の邪魔をさせないために、彼らの待機場所はグランマートから少し離れた路地になっている。


 閉店後のスーパーマーケットでは、片づけ作業をしている従業員に紛れて、何人かのギャングが受け渡しの話をしているようだ。


「そろそろ取引の時間だな」

「ここからじゃ見えないところに行きましたね」

「牛野郎共が警戒するのは俺たちだけじゃないからな。【プラータカンケル】が持ち逃げする可能性もあるし、そもそも警察に一番ビビってるはずだ」


「そりゃそうだよな。警察が一番こえぇよな。俺だって怖いさ」

「……Oさんは俺たちとは比にならないぐらいに犯罪してるからじゃないですか?」


『みんな~、お喋り終わり~。時間になったから、通報したよ』

『トムに情報共有も済んでる。今に奴らが出てくるぞ』


 ダンが車のエンジンを掛けなおす。それとほぼ同時のタイミングで、グランマートの扉があわただしく開かれた。


 闇夜に紛れて見えないが、裏口の方からも何人かが走っている。

 それぞれ用意していた車に乗り込むと、一気にスピードを上げて店を後にする。ダンも負けじと、着いていく。


「向こうから連絡が来るまで待ってても良かったんじゃないか?」

「それじゃ、アイツらの車を見失うだろ。そこから追いかけるのは至難の業だぜ?」

「でも、向こうがどう逃げるかも分からないのに、着いていけますか……?」


「P、俺を舐めてるのか? コイツ専属のドライバーだぜ。余裕だよ」


 急ハンドルを繰り返す前方の黒い車。

 【スプルースタウロス】の取引担当が乗っているはずの車であり、取引をする前までは彼らの護衛も仕事のうちである。


 がむしゃらに逃げて、右へ左へ奔走しているにもかからわらず、ぴったりと一定の距離を取って見失うこと追いかけ続けている。ダンの顔は至って冷静であり、寸分の迷いもない。


『ブルから電話だ。繋ぐぞ』

『警察が来たってのはマジの話か? 今はどんな状況だ?』

「薬も客も無事だ。追跡車両は見当たらないが、念のため場所を変えた方がいい」


『ほかに場所なんて用意してないぞ。それに、客がキャンセルする可能性もある』

「候補無しかよ……。だったら、俺が捕まる前に使ってた場所がある。ハリーに住所を送らせるから、客の方にも連絡しろ。たぶん、仕切り直しを提案すれば通るはずだ」


『……てめぇの口車に乗るのは癪だが、こっちもこの取引は失敗できねぇからな。だが、罠なんて仕掛けようものなら、トムがすぐに突き止めるし、てめぇらの証拠をバラまくからな』

「分かってるよ。それに、ハプニングなんだから罠の仕掛けようもないだろ」


『……なんだかきな臭ぇな。もしかして、てめぇが警察を呼んだのか?』

「そっちには警察の通報履歴を調べられるブラックハッカー様が居るんだぜ? こっちの情報屋じゃそれを誤魔化しようが無いし、気になるならそっちを頼ったらどうだ?」


『トム!! 今すぐ警察のアレに侵入して調べろ』

『……そう簡単に言うが、片手間で出来る話じゃないぜ? アリス研究所に現役で働いてるハッカーだって10分はかかる』

『うるせぇ、今すぐやれ!!』

『大きな声を出さなくても終わってるよ。通報者は、近隣に住んでる女だ。本当にコイツらとは無関係みたいだな』


「分かってくれたようでなにより。前を走ってる車と、どっかに逃げた客に、俺が用意した隠れ家までくるように言ってくれ。俺も近くで待機する」


 そう言って、彼らとの通話を切る。

 前の車のスピードが緩んで、グチャグチャにルートを選ぶのをやめて、オタが用意した隠れ家までの道を走り始めた。


「上手く行きましたね!!」

「ああ、まんまと引っかかってくれたな」


「これで誘導は完了ですね。隠れ家付近には武器も隠してありますし、Dさんが追跡しやすいように道の下調べも済ませてあります。通報したのが俺たちだって疑われたのはヒヤヒヤしましたけど……」

「心配しなくても大丈夫だ。本当の通報者はベッキーだが、を用意させて別人になっているんだから」


『さすがの1流ハッカー様も、戸籍を管理してるアリス研究所のデータベースにまでは侵入出来ないみたいだな』

「ドラマティック・エデンにはぼったくられたがな」

「高い買い物でしたけど、無駄ではないですよ」


「お前ら、お喋りはおしまいだ。隠れ家まで到着した」


 当然、この隠れ家もオタが捕まる前に使っていたというのは真っ赤な嘘であり、今回のためにドラマティック・エデンに用意してもらったもので、盗聴器や隠しカメラが満載である。


「ハリー、中の状況はどうだ?」

『警察に通報された責任をお互いに擦り付けてるみたいだな。疑心暗鬼になってる』

「内輪揉めで疲弊してくれればこっちが楽になる。ベッキー、警察の情報はどうだ?」

『ん~、軽く調べてる限り、お店の方を調べてるっぽい? こっちまでは掴んでないよ』


「アイツらの誘導、警察のひきつけ、一石二鳥ってやつか?」

「P、発信機の準備は?」

「出来てます。Dさん、見え方、大丈夫ですか?」


「問題ない。……それと、呼び捨てでもいいぞ」


『中で動きがあった。言い争いがかなり長引いたが、取引が始まるらしい』

「こっちも車の警備が手薄になったのを確認した。P、行ってきてくれ」

「分かりました!!」


 車を降りたポールは、身をかがめながら隠れ家の陰側を通って、【プラータカンケル】が乗っていた車まで近づく。


 身を屈めながら運転席を覗くと、髪を派手に染めた男が車内で退屈そうにスマホを弄っている。

 おそらくポールの存在には気づいていないはずだ。


 ミラーに映らないように慎重に車の後ろ側に回り込み、リアバンパーの裏側に発信機を張り付ける。バクバクと高鳴る心臓を押さえつけながら、その場を離れてオタ達が待つ車まで戻る。


「ど、どうですか、ハリーさん」

『ああ、問題ない。Dも見えてるな?』

「見えてるよ。よくやったな、P」


「ハリー、取引の状況を報告。ベッキーは警察の状況だ」

『引き渡しは終わってるが、どっちが先に逃げるかで揉めているな』

「カンケルの連中が先に出てくれれば楽なんだがな~」


『タイヤ痕を調べてるみたいだけど、途中で消えたから諦めたみたい。でも、隠れ家近くまでは来てるから危ないかも』


「しばらくは待機だな。動きがあるまで、Dも休憩しててくれ」

「ハリーさん、中の様子の監視、交代しましょうか?」

『ああ、頼むよ。ベッキーにも少し任せてるから、俺は別件を調べてくる』


「……オタ、どのくらいアイツらの下に付くつもりだ?」

「他の計画の進行具合によるな。2つか3つはアイツらの仕事を引き受ける覚悟をしておいた方がいい」

「俺はお前がいるからに来たんだぜ。あんまり下らねぇ仕事をさせるなよ?」


 ダンがジャケットのシワを伸ばしながら、首を鳴らす。助手席に座るオタを軽く睨みつけるが、いつもの飄々とした顔は崩れなかった。むしろ、どこか楽しそうな笑みにも見える。


「安心しろよ。お前が大嫌いなギャング共がブッ潰れる瞬間を必ず見せてやるから」

「その言葉、忘れるなよ? 期待を裏切ったら、お前を地獄に連れていくからな」


「D、Oさん、いい雰囲気のところ申し訳ないですけど、ターゲットが出発するみたいですよ。ハリーさん、また交代してもらっていいですか?」

『ああ、大丈夫だ』


 隠れ家の明かりが消えて、数名の男がメタリックカラーの車に乗り込む。エンジン音を轟かせて、隠れ家から消えると、それに呼応するように発信機が点滅を繰り返しながら動き始めた。


「全員、用意してたマスクを被って顔を隠せ」

「了解です」


「D、分かってると思うがもう1度言うぞ。【スプルースタウロス】が逃げて、追跡許可が出たら最短で追いついて横から吹っ飛ばす。素早く向こうの車に乗り込んで、車ごと運ぶ。OKだな?」

「確認どうも。こっちはいつでも出れるぜ」


「そう急かすな。物事には……」


 そこまで言いかけて、ハリスから『追跡許可が出たぞ』という連絡が届く。

 ほぼ同時のタイミングで一気にアクセルを踏み込んだ。


 マフラーから火を噴きださんばかりの勢いで一足先に逃げた【プラータカンケル】の車を追跡する。ちらちらと発信機を見ながらでも、そのスピードは一切衰えることが無い。


「P、ぶ、武器の準備は?」

「で、出来てます……。ま、マガジンチェックも、す、済んでます」


「バカかお前達。舌を噛む趣味がないなら黙ってろ」


 いつかの宝石店強盗の帰り道に通った裏路地よりも細い道。

 他の追随を許さないほどのスピードで、正確無比な運転で、深夜で視界の悪い悪路を。


「見つけたぜ。夜にはその銀色は派手過ぎるだろう!!」

「ツッコむぞ!! 衝撃注意!!」

「バカ野郎、黙ってろって言ったのが分かんねぇのか!!」


 ダンの怒号。

 メタリックなクーペの後ろ側を的確に狙って追突する。

 急な衝撃にハンドルを取られて、十字路の真ん中で2つの車がスピンした。


 横転ギリギリになっている【プラータカンケル】のメンバーが乗る車。


 それに近づくのは、ライフル銃を持ち、マスクで顔を隠した男3人。当然、抵抗の用意が出来ていないので、あっさりと降伏するしかない。鮮やかな手口で車を奪うと、薬の所在を確かめる。


「問題ないです。無事です!!」

「D、車を出せ。逃げるぞ」

「どこも壊れてないな……? よし、口閉じておけ!!」


 言うまでもないが、背面は粉々にひしゃげており、後部座席はポールが乗るぐらいのスペースが、かろうじてあるかぐらいだ。


 いきなり車を奪取された【プラータカンケル】のメンバーたちは、先ほどまでオタ達が乗っていた車を鹵獲しようと試みるが、小さな爆弾の起動音を聞いて絶望する。


 誰も居ないヴォミアル地区郊外の闇夜の大通り。

 後ろが派手にぶっ壊れた銀色の車が走り抜け、そのはるか後方では爆炎が立ち込めている。


 つまり、ラメカールでは日常ということだ。

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