ナーバス・ダン&ポール

 薄暗い雰囲気だけが拠点を包み込んでいた。

 ブルの車が見えなくなった辺りで、無骨なデザインのオフィスデスクに置かれたパソコンから気の抜けたような着信音が流れた。


 オタがキーボードを叩いて応答する。


『やっと繋がった!! お前ら、電波妨害されてるぞ!! それともう1つ大ニュースだ』

「トム・グレイが裏切って【スプルースタウロス】に協力してるって話だろ。ジュエリーノゴ強盗の証拠もばっちり押さえられて、俺たち大ピンチって話なら知ってるぞ」


「改めて言葉にすると、割と絶望的な状況だな」

「トム・グレイって男、元々オタさんの仲間だったんですよね? なんで……?」

『アイツはオタの仲間では珍しくスラム出身じゃないんだ。アリス研究所を追い出されたところをオタが拾って仲間になったんだよ』


「……ハリスさんもスラム出身じゃないんだよね? なんで向こうは裏切ったんだろう」

「今は裏切ったやつの話よりも、これからのチームの話だ。物事には順番がある」


「それは……その通りか。あの筋肉ダルマ、一生このネタで強請ゆすってくるつもりだろ」

「今は仕事を手伝うだけって言ってますけど、そのうち金も要求してきますよね……?」


「ハリスさんの力で、上手いこと証拠を消せたりしないの?」

『しつこいようだが、俺は簡単なハッキングしかできない。一応試してみたが、トムのネットワークに入る前に門前払いされたよ』


「このままじゃチームを大きくするどころじゃないな。さっきから黙ってるが、どうするんだボス?」

「ダンさん、きっと今は考え中なんですよ。そっとしておいてあげましょうよ……」

「黙れクソガキ。そもそも、リチャードやハリスが、もっとちゃんと証拠を消しておけばよかったんだろう」


「……なんですか、その言い方!! それを言うなら、ダンさんが監視カメラに映らないような道を通ってれば、向こうも決定的な証拠は掴めなかったんじゃないですか?」

「素人がほんの少し上手く行ったからって、いっぱしの犯罪者気取りか?」

「ダンさんだって強盗は前のが初めてでしょう!!」


「ちょ、2人とも落ち着いてよ。ボスもなんか言ってあげて」

「お前ら、せっかく人が面白いこと考えてるのにギャーギャー騒ぐなよ」


「……あのな、オタ。今は【スプルースタウロス】の連中をどうするかって話をしてるんだよ」

「オタさん、さっきまでは嫌そうな顔してたのに、すっかりいつもの表情ですね。まさか、【スプルースタウロス】の下に付こうなんて考えてませんよね!?」


「なんであんな脳筋連中と仲良しこよしをしなきゃならねぇんだよ。俺は前の仕事のリベンジがしたくて、わざわざから舞いたんだぜ?」


「え、つまんな」


 空気が凍るようなベティの一言。

 オタの飄々とした顔が崩れて、へたくそな作り笑いを浮かべる。つい30秒前までかっこつけて、喧嘩する2人を仲裁してた男とは思えない情けなさだ。


「お前、ギャグセン低いんだな」

「お、俺は面白いと思いますよ……」

「ポール、おべっかはやめてくれ。逆に心にくる……」


『ああっと、楽しくおしゃべりしてるところ悪いんだが、オタ、何を考えていたのか教えてくれないか?』

「これが楽しくしてるように見えたか!?」

『あいにく、カメラ付きの通話じゃないから、節穴なんだ』


「ハリスさんのユーモアの方が面白いね~」

「ベティ!? ちょ、ちょっと黙ろうか」

「いやいや、同感だぜ。そういう皮肉なら大歓迎だ」


「だから、俺が考えてたのは、するふりして、ちゃっかり【スプルースタウロス】を壊滅させたら面白いなと思っただけだよ」

『簡単に言うが、計画はあるのか?』

「やり返したいのはヤマヤマだが、向こうはがっちり証拠掴んでるんだぜ? あの筋肉ダルマをぶっ殺して、ハイ解決とはならねぇだろ」


「その有利さがあるから、のこのこ俺たちの拠点に来たわけですしね」

「あんまりわかってないんだけどさ、その、証拠?ってやつを持ってるのって、ボスたちの元仲間なんだよね? お願いしたらこっちに戻ってきてくれないかな」


「さすがにそこまで単純な話じゃないだろ……。そもそも、ブルの野郎は俺たちとトムが繋がることを一番恐れてるだろうし」


「だが、俺が考えてたプランはベティの言うとおりだ。そして、その難易度の高さは、今、ダンが話してくれたとおりでもある」


「いくらオタさんが捕まったとはいえ、すぐに裏切るのは変ですよね。例えば、【スプルースタウロス】に何か弱みを握られていて、仕方なく協力してるとか?」

『その線は濃厚だ。ナイスだぞ、ポール・ジュニア』


「なら今後の方針は決まったな」

「アイツらのご機嫌伺いをしながら、トムが【スプルースタウロス】に協力してる理由を探る。もし、弱みを握られてという話なら、そこからの解放も目標にしよう」


「せっかく正式にチームを組んだのに、しばらくはクソ共のパシリか」

「何言ってるんだよ、ダン。俺は面白いことを考えたって言ったろ?」


「……あ? どういう意味だよ」


「並行して、もう1つデカい強盗をやろう!! そんでもって、派手に【スプルースタウロス】を巻き込んで、どさくさに紛れてブル・ウェストをぶっ殺す!!」

「……すごいこと言いますね」

「あのおっさん感じ悪くて嫌いだからさんせ~」


「おいおい、金魚の糞をやりながら、蝙蝠の腹を探って、ネコババした挙句、牛狩りまでやるのか!?」

「わ~動物大集合じゃーん」

「金魚、蝙蝠、猫、牛……。言葉って面白いね」


「ああ、やる。連れて行ってくれるか、ダン・ジョーンズ一流ドライバー

「YES、Oボス。クソムカつくクズ野郎に一泡吹かせてやろうぜ」


『話がまとまったようでなによりだ。具体的な計画は、向こうからの仕事の連絡を待って練ることにしよう』


「ハリス、別件で調べてほしいことがあるんだが」


 オタが何か頼みごとをしようとしたタイミングで、またも気の抜けたような着信音が閉鎖されたコンビニに鳴り響いた。その着信の主に、全員の間で一瞬の緊張が走った。


「トム・グレイ……」

『ああ、そうだよ。どうやら何か企んでるみたいだな。さっきの交渉をひっくり返す気か?』


「ブルに言うのか?」

『……次に捕まったときは、オタ、アンタはもう2度と出られないだろうな』

「そうだろうな。前に逃げたときはかなり無茶をして出してもらってるからな」


『……元・ボスを飼い殺せるなんてめったにない機会だから、もう少し楽しませてもらうよ』

「いい趣味を持っているみたいだな」

『御託はいい。トム・グレイ、わざわざ電話を掛けてきたということは、【スプルースタウロス】から仕事の話をするように言われたんだろう?』


『ハリスも久しぶりだな。さっきはお前の端末をハッキングして乗っ取ったから怒ってるのか?』

「トム、早く用件を言え」


『そう急かすなよ。何だったかな……ああ、そう、物事には順番があるんだろ?』

『飼い主を鞍替えしたらキャラチェンジか? ずいぶん向いてないキャラを選んだみたいで可哀そうに』


『口の利き方に気をつけろよ、ハリス。お前の所在地を暴いてやってもいいんだぞ?』

『どうせお前には出来やしないよ。アリス研究所のハッカーでさえ俺を見つけられないのに、そこから逃げた落第者に何ができるんだ?』


「いい加減にしろ!! てめぇら3人に因縁があるのは分かったから、早く用件を言ってくれ」

「ああ、悪いな、ダン。仕事の内容を聞かせてくれ」


『明日の夜、【スプルースタウロス】が薬物の取引をする。そこでお前たちには、客が受け取った薬物を横取りしろ』

「……お客さんに渡した後の薬物を横取りするんですか?」

「ん? 私がバカだから分かんないのかな。普通、お客さんのお金を横取りするんじゃないの?」


『随分質の悪いバイトを雇ってるんだな』

『少なくともお前よりは……』

「ハリス、いい加減にしてくれ!!」


『はぁ……。いいかガキンチョ、せっかくだから教えてやるよ。今回の取引相手は【プラータカンケル】で、こっちが手を出せば【12人のラメカール巨悪達ギャングスタ】同士で抗争がおきる。だからあえて部外者のお前たちを使うんだよ』


『取引が終わった後なら、薬を失くそうが奪われようが、責任は相手にある。もう1度買うといえば、利益を二重取りできるって話だ。勉強になったか、ガキンチョ共?』

「役割は分かりました。でも、その仕事を引き受ければ、俺たちは【ジョーヌゲミニ】と【スプルースタウロス】だけじゃなく、【プラータカンケル】にまで目を付けられることになりませんか?」


 ポールのもっともな指摘に対し、返ってきたのは無言であった。

 リスクだけを押し付けようとする【スプルースタウロス】に怒りを抱いたダンは、握りこぶしを固めてプルプルと震えていた。


「トム、取引の時間と場所は?」

『明日の22時。【グランマート・東ヴォミアル店】の店内だ。近くに目印になりそうなものはないが、場所は分かるか?』


 オタがチラリとダンを見る。スキンヘッドの男は軽く頷く。


「ああ、分かった。薬を奪う時は向こうのメンバーを殺してもいいのか?」

『……案外やる気だな。もう少し反発されると思ったが。1人2人殺すぐらいならいいんじゃないか? そんなことを聞かれてもんだから』


「クソが。どこまでも卑怯な連中だな……」

「ダンさん、気持ちは分かりますけど、落ち着いてください」


 近くにあった椅子を蹴飛ばそうとするダンを制止する。


 深いため息を吐くと、少しは落ち着いたようだ。


『ほかに質問はないな? まぁあったとしても答えないが』

『いちいち癪に障る言い方をするな。用が済んだなら、さっさと通話から出ていけ』

「ハリス、そいつが通話を切ったらドラマティック・エデンに連絡してくれ。いろいろと必要なものを調達してもらう」


「オタさん、今回もベティは情報担当で留守番させますか?」

「え、なんで? 私、別に行けるよ?」


「今回は計画が不十分だからな。不測の事態に対応するためにも、ハリス以外に情報担当を用意しておきたい。ダン、お前はいつも通りドライバーだ」

「わかってるよ。ドラマティック・エデンに車を用意させてくれ」


「オタさん、もう1回銃の練習しておいた方がいいですかね?」

「明日でいい。2人は今から俺と一緒に作戦会議だ」

「え、私も? あ、そっか、情報担当なら作戦知らないとダメか!!」

『リチャードに連絡が繋がってる。調達交渉も並行して頼むぞ』


 彼らはあわただしく動き回る。

 急ごしらえの薬物強盗までのタイムリミットが刻一刻と迫っていた。

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