第6篇「行き先は靴のみぞ知る」

黄昏の向こう側に落とした靴のもう片方を

僕はもう諦めてしまおうかと思っていたのに

そこから動けなかったという事実が

僕の後悔を後押ししているようで嫌になる


新しい靴を買おうにも

罪悪感が足を引きずって言うことを聞かない

もう疲れてしまった

ずっと自分を責めていたけれど

もうその体力すら残っていない


風が


新しく砂埃を舞い上げて風が


吹き抜けていく廊下を抜けて


風が


僕の意識を掻っ攫って

無理やり後ろへ押し倒そうとするから

抗うことにも疲れた僕は

引きずられるまま手足を放り投げた


冷たい


冷たい木の床の表面が

むしろ僕の体温の高さを強調して

どうにもできない熱だまりにうんざりとする


掠れた空気のなんとも言えない質感が

たまらなく恋しく感じて

失ってしまった靴の存在なんて

もはやどうでもいいと思えた


なんて


都合がいい生命だろう


ふふふ

あはは


なんとなく笑えてくるのは

どういう現象で誰の意思か


僕は僕を手放したのだ


この身体の重さなんて

もう一生感じなくても良くなった

そんな結末ならどんなにいいか


けれど


生い茂る木々のざわめきが耳元まで伝わる前に

僕はこの心地のいい静けさから

僕自身を追い出さねばならない


さて


今日の晩御飯は何にしようか

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ありふれた手記 Nova @stella_noir_sta

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