亡国王子の英雄冒険譚

@TMDN

第1話 終わりと始まり

 世界中で魔物が蔓延はびこっていた時代。


 この日、一つの国家が滅びを迎えようとしていた。


「アイビス様! この王城ももう持ちません!」


「我らが盾となり時間を稼ぎます。お逃げください!」

 

 レイダーン王国を守護する騎士たちは、玉座で鎮座する国王に懇願する。


 人々が行き通い、活気に満ち溢れた王都は侵略者によってそこに住む人や家を蹂躙じゅうりんしながら、王城にまで戦火が上がっていた。


「この国の王として逃げ出すわけにはいかん」


 そう言って、アイビス王は断固として玉座を離れようとはしなかった。隣に立つ王妃も赤子を抱いたまま動かない。


「……だが、この子にその使命を強制することはできない」


 アイビスは手を伸ばし、我が子との別れを惜しむように頭を優しく撫でる。


「ブレイン。我が子を王城から逃がしてはくれぬか?」


 アイビスは一人の騎士に頼み込む。


「……私は貴方様に命を助けられた身……この戦争も命を賭して戦おうと決意しました。そんな私が王子を連れて逃げろと言うのですか⁉」


「君の決意を無駄にしてしまって済まない。だが、レイダーン王家の血を絶やしてはならない。その役目は君にしか頼めないのだ!」


「ッ⁉」


 アイビスの鬼気迫る表情に押され、僅かに決意が揺らぐ。


「この中じゃお前が一番強いんだ!」


「アイビス様とカルラ様は俺たちが守るから、お前は王子様を連れていけ!」


 周りの騎士たちもブレインを説得しようと声を掛けた。


「……分かりました。この場は――――お願いします!」


 彼は俯きながら仲間たちに託す。


 ブレインは階段を上り、カルラの前に立つ。


「……この子を……よろしくお願いします」


 カルラは白い布に巻かれた我が子をそっと彼に受け渡す。


「ンアアァ……」


 直後、我が子の可愛らしい声が耳に入り、感情を押し殺していたカルラは大粒の涙を頬を伝う。


「ッ……⁉ ごめんね……ちゃんと産んであげられなくて……」


 うめき声をあげながら彼女は泣き崩れた。


「お前のせいではない。仕方のない事だったんだ……」


 アイビスは玉座を立ち、妻を宥めた。


「ブレインさん。最後にもう一度だけ顔を……」


 カルラの願いを聞き、無言でしゃがみ込む。


「アゥア――――」


 赤子は短い手を伸ばして、触れようとする。二人はその手を優しく掴む。


「この子と出会えてたった半年……『ママ』と呼ばれることは叶わないのね」


「今ならまだ間に合う。ブレインたちと一緒に――――」


 彼女は首を横に振った


「私も貴方と同じ気持ち。民にだけ戦わせておめおめ逃げられるものですか」


「済まないな……」


 彼女は夫に叱責しっせきすると、再び我が子に顔を向ける。


「これから貴方は大変な人生を歩むことになります。でも、忘れないで。貴方を心の底から愛している両親が居たことを。貴方を慕ってくれる民が居たってことを……」


 彼女は我が子の額に口付けする。


「愛しているわ、マイダス。強く生きてね……」


「後は頼んだ……」


「はい!」


 ブレインは優しく赤子を抱えて、玉座の裏にある隠し通路へ駆け出した。


「貴方も額にキスをしておけば良かったのに……」


「父親は威厳のある姿を見せねばならんのだ。そんな事できるか!」


「こんな時まで頑固ですね」


 夫の変わらない態度にカルラは苦笑する。


 そんな中、バタバタと大勢の足音が王室前に響き――――扉が破られる。


 広々とした廊下を埋め尽くすほどの侵略者たちが扉の前に押し寄せた。しかし、彼らは端に寄って真ん中に道を作り、一人の男が姿を現す。


「貴殿らがレイダーンの王族だな。私の名はボルテッド=リバインド! バラトラス陛下に逆らう逆賊共め! 貴様らに許しを請う時間をやろう」


 アイビスは数秒の間を置き、口を開く。


「我らレイダーンの民は潔白である。故に許しを請う気は一切ない!」


 アイビスとカルラは騎士と同様に剣を持ち、戦闘の意思を見せる。


「……抗うか。ならば、『忌子いみこ』諸共ここで死ね!」


 直後、背後の手下たちが一気に玉座に押し寄せる。


 レイダーンの騎士たちも必死に抵抗する。


「グアアァ――――!」


 多勢に無勢――――四方八方から攻撃を受け、為す術も無く殺されていく。


「止まれッ!」


 ボルテッドが攻撃を止めさせた。騎士たちは全員殺され、国王や王妃も虫の息であった。


「おいッ! 『忌子』は何処へやった?」


 血で染められたアイビスの胸倉を掴んで尋問する。


「生憎……『忌子』なんて私たちには居ない……」


「……やれ」


「アアアァッ――――⁉」


 手下がカルラの脚に剣を突き刺す。大きな血だまりを作り、彼女は苦悶くもんの表情を浮かべる。


「アイビス=レイダーン。俺もこんな真似はしたくないんだ。てめえのガキの居場所さえ吐けば、さっさと殺してやるよ。もう一度言うぞ、『忌子』を何処へやった?」


 より一層の怒気を含めた。


「何度も言わせるな! 私たちの子に『忌子』などいない!」


 アイビスは最後の力を振り絞って、大声を出した。


「そうか……ガキを探し出すのもめんどくせぇ。城ごとを壊して終いだ」


 掴んだ胸倉を離すと、王室を後にした。


「済まない、カルラ……君では無く、マイダスを選んでしまった」


 アイビスは妻の手を握る。


「謝ることは無いわ、アイビス。貴方の立場なら私も同じことを言うわ……」


 カルラは夫の手を握り返す。


「「「【火球ファイヤーボール】」」」 


 侵略者たちは王城に無数の火球を放つ。傾きながら城が崩れていく。


「王位を失ったあの子はどんな大人になるのだろうか……」


 死を待つ間に我が子のことについて語った。


「……凄い人間に成らなくたっていい。人を思いやり、元気に育ってくれれば充分よ」


「そうだな……それだけで――――充分だ」


 王城が崩れ去る前に、二人は静かに息を引き取った。


 ボルテッドは瓦礫がれきの山を登り、頂上に立つ。


「我らが主に歯向かうことへの愚かさを解らせる良き日となった! しかし今後、このような事が無いよう我々は一層、秩序を乱すやからを取り締まらなければならない。全ては陛下、そこに住まう臣民らの為に! 法国アベレインに栄光あれ――――!」


「「「法国アベレインに栄光あれ――――!」」」


 ボルテッドに続き、手下たちは叫んだ。


 時刻は深夜を過ぎた頃――――レイダーン王国、陥落。 


 ***


 時は流れて、レイダーン戦争から十五年後――――。


 マリウス大陸南西部に位置する小さな村で、成人式が執り行われた。


「マイダス=フロイブッセ。貴方は人族に生まれたことに誇りをもっていますか?」


「はい!」


「貴方は法皇様の臣民であることに誇りを持っていますか?」


「はい!」


「貴方はロログ村の村民、そして父ブレインを愛していますか?」


「はい! 愛しています!」


「では、貴方に成人の証を贈呈ぞうていします」


 宣教師せんきょうしは彼の胸に銀細工を括り付ける。


「皆、杯を掲げよ!」


 老若男女問わず、数十人の村民が酒や果実水が入った杯を掲げる。


「これからの活躍を祝して――――乾杯!」 


「「「乾杯ッ!」」」


 宣教師の合図とともに人々は杯を仰ぎ、料理を口を食べ始めた。


 ***


「プハァ――――! 誕生日おめでとう、マイダス!」


 勢い良く酒を飲むと、ダンテさんは俺の背中を叩く。


「あはは……まだ実感が沸かないです」


「何言ってんだ。これからお前がこの国を支えていくんだろう!」


 そう言って、再び酒を仰ぐ。


 本来、成人式を行う日は決まっているが、十五歳を迎える者は俺以外に居なかったため、誕生日である今日に執り行う事になったのだ。


「あのマイダスが成人かぁ、お姉ちゃん嬉しいよ……」


 不意に頭を撫でられた俺は、反射的に彼女の腕を掴む。


「頭撫でんなよ! メリナ!」


「そんなに怒らなくても良いじゃない。あと、『メリナお姉ちゃん』でしょ!」


 そう言って、メリナは短い黒髪を縦に動かしながら、指差した。


 俺の二つ上の幼馴染で子供の頃からよく二人で遊んでおり、本当の姉のように慕っていた時もあった……。


「昔みたいに背中流しっこしようよ!」


 彼女の動きに合わせて大きな双丘そうきゅうが上下に揺れる。


「だ、誰が! お前なんかと入るかよ、バーカ!」


 一瞬、彼女の胸に視線を向けるが、体を反転させて無理やり視界の外へ追いやった。


「ちょ、ちょっと⁉」


 俺は足早にこの場から離れる。やや顔が熱く感じた。


「はあ、あいつ無防備過ぎんだよ……」


「主役が何をしているんだ?」


 広場から離れた俺は呼吸を整えていると、茂みの奥から声を掛けられる。


「親父!」


「よっ」


 手を伸ばして応える銀髪の男は、俺の父のブレインだ。村の警備を任されているため、長剣を腰に携え、革製の防具に身を包んでいる。


「俺が成人の証が贈呈されるとこ見ていたのかよ」


「済まん、村の警備で見れなかった……」


 父は両手を合わせて、頭を下げる。

 

「何だよ! 息子の晴れ舞台、興味なかったのかよ」


 自分で言いながらも、我儘わがままであると自覚していた。警備体制が十分ではない地域でこのような祭りを催すと、食べ物の匂いにつられて魔物や賊が襲ってくることは少なくない。その上、父は村一番の剣士であるため、警備に回されてしまうのは仕方のないことだった。


「興味ないわけないだろ。お前は大切な息子なんだから」


 不貞腐ふてくされている俺を見兼ねて、父は俺の頭にポンと手を置く。


 俺は、硬くてゴツゴツしているこの手が好きだ。小さい時なんかはこの手を握っているだけで安心できた。


「そうだ! せっかく成人になったんだ。何か欲しいモノは無いか?」


 俺の機嫌を取ろうと思ったのか、不意に提案してきた。


「騎士団に入りたい!」


 しかし、その提案を心待ちにしていた俺は即座に回答する。


「騎士団? お前、騎士になりたかったのか……」


 どんな反応を見せるのかと思いきや、かなり訝しげな顔みせた。


「……駄目だった?」


「いや……どうして騎士になりたいんだ?」


「俺は魔物の脅威から人々を守れるぐらい強くなりたい……だから、騎士になりたいんだ!」


「…………」


 俺の話を黙って聞いたままだった。


「おーい! どこに居るんだ! マイダス」


 広場の方から声が聞こえた。


「……俺、行って来るよ。警備頑張って……」


 広場に向かうと楽器を使って演奏会が開かれていた。明るい音色は多くの人を楽しませたが、俺は父の顔が頭から離れなかった。

 

 ***


 陽が沈み、成人式を終えて村民らは自宅で過ごしていた。


「これ、頼む」


「うん」


 父が夕食の皿を洗い、俺が布で水気を拭き取る。いつもなら今日あった出来事を話すのだが、変な別れ方をしたせいで楽しく話せそうな雰囲気ではなかった。


 ほとんど言葉を交わさないまま皿洗いを終え、風呂場に向かおうとした時だった。


「……さっきの話、条件次第で許してやる」


「ホントッ⁉」


 俺は飛び跳ねるように喜んだ。


 騎士になれることも嬉しかったが、これで普通に父と会話できることに安心したからだ。


「それで条件って何なの?」


「『騎士』ではなく、『冒険者』を目指せ」


「ふぇ?」


 その条件が職業変更に俺は言葉を失った。冗談かと思ったが、至って真面目だった。


 『条件』と言えるようなものではないが、『人々を守れる』ということには間違いない。


「分かった……俺、冒険者に――――」


「あと、俺も冒険者となることだ」


「ふぇ?」


 条件が二つあった事にも驚いたが……まさかの父親同伴という……。


 念のため顔を覗いてみるが、至って真面目な顔。


 そうゆう事? そうゆう事なのか? 


 親子で騎士は無理でも冒険者なら親子だろうと関係ない。が……。


「いくら何でも過保護過ぎんだろ⁉」


「過保護なわけないだろう。お前は大切な息子なんだから」


 そう言って、父は俺の頭にポンと手を置く。


 俺は、硬くてゴツゴツしているこの手が好きだ――――。


「――――ってそんな常套手段じょうとうしゅだんで丸め込めると思ったら大間違いだぞ!」


 俺は、心の拠り所を自ら引き離す。


「この条件で呑めなかったら、冒険者になることは諦めなさい」


 最初の要求が騎士だった事は、うに忘れられているのだろうな。


「だったら、俺からも条件だ! 親父に稽古で勝ったら俺一人で! 騎士になる!」


「そんなこと言っていいのか? 俺に勝てたことなんて一度も無いだろう」


「俺ももう成人だ。そろそろ親父に勝っても良い頃だろう?」


「いや、言ってる意味が分からんが……良いだろう。だが、俺が勝ったら先の条件で呑んでもらうか、諦めるか、だ。分かったな?」


 俺は頷くと、互いの拳を合わせた。少し鈍い音がして――――痛かった。


 これは父の教えで、『男同士の約束はこうやって決める』という。


「明日の朝九時にいつもの場所だ! 精々頑張れよ!」


「親父こそ、負けた時の言い訳を考えときな!」


 俺はそう言い残し、風呂場へ向かった。

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