彼シャツアタック0.81

鳥尾巻

0.81(おっぱい)補完計画

 その日、僕、青木あおき 圭太けいたは、ある決意を固めて、滅多に行かない高級ブランド店に足を踏み入れた。

 先日、会社の教育係だった遠山とおやま 萌々子ももこ先輩に勇気を出して告白し、なんとOKを貰えたのだ。今日は先輩の為に、いや、正直に言おう。自分の為にこの店に来た。

 

 先輩の胸は大きい。それはもう見事なおっぱいに、僕は初対面で心を鷲掴みにされてしまった。少し垂れた目元の黒子とお揃いの唇の横の黒子も色っぽい。もちろん、仕事が丁寧で優しくてかなりド天然な先輩の内面にも惹かれたからお付き合いを申し込んだ訳で。決して外見やおっぱいだけが目当てという訳ではなく……。うん、言い訳はこの辺にしとこう。

 ブラウスから弾け飛んだボタンに何度も撃たれているうちに、僕の脳裏にはある計画が浮かんでいた。晴れて彼氏になれたからには、是非ともやってほしいことがあるのだ。完璧なスタイルの先輩を更に美しくし、加えて僕の個人的な願望を満たす素晴らしい計画。名付けて「0.81 (おっぱい)補完計画」だ。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 女性の店員さんに声を掛けられ、一人でニヤついていた僕は我に返った。おかしな奴だと思われただろうか。しかし挙動不審な僕に顔色も変えない彼女はプロフェッショナルだ。


「あ、あ、あの! シャツを探してて!」

「それならこちらです。どのようなシャツをお求めですか?」

「えーっと、よく分からないですけど、仕事用じゃなくて、肌触りが良くて、あまりクシャクシャにならない感じの……」

「それならこちらのシルク素材はいかがでしょう。夏は通気性、冬は保温性に優れている天然素材です。軽くて柔らかく、お肌の成分に近いので肌馴染みも良いですよ」


 店員さんが出してきてくれた生成り色のシルクシャツに触った僕は、その手触りの滑らかさと、先輩がそれを着た時のことを想像してドキドキした。ちょっと値が張るけど、これは必要な出費だ。雀の涙とはいえ、もうすぐボーナスだって出る。


「か、買います」

「え、他のシャツは見なくてもよろしいのですか?」

「いえ! これがいいです!」


 僕の勢いにさすがに驚いていた彼女だったが、すぐにニッコリ笑って「お買い上げありがとうございます」と言った。お手入れ方法の説明を聞いて、支払いを済ませ、僕は意気揚々と店を後にした。これで計画の第一歩は踏み出せた。


 そして、数週間後。待ちに待った先輩とのお家デートの日。お泊りをするつもりではなかった先輩を必死に引き留めて、夢のような一夜を過ごした。ズルいと言われようが、こういう時は年下のあざとさというものを存分に利用させてもらう。

 朝、まだ寝ている萌々子先輩を起こさないようにベッドを抜け出し、彼女の着て来た服をより分けて洗濯機に入れる。女の人の服は扱いが難しい。下着は手洗いが良いとネットで調べたので、シャワーを浴びるついでに風呂場で手洗いした。先輩のおっぱいに見合う大きなブラジャーを丁寧に洗いながら幸せを感じる。これが先輩の大事な胸を包んでいたと思うと、ただの布切れが愛おしく思えてくる。


「圭太くん……? おはよう」

「おはようございます、先輩」


 洗濯物を干し終えて寝室に戻ると、まだ寝ぼけ眼の萌々子先輩が、半身を起こして、少し拗ねたようにぽってりとした唇を尖らせた。あ、彼女なんだから「萌々子って呼んで」と言われたんだった。


「おはようございます、萌々子さん」

「敬語もさん付けもやめて欲しいなあ」

「ま、まあ、それはそのうち……」


 ベッドに腰かけた僕の背中に、甘えるように凭れてくる先輩のおっぱいがダイレクトに当たっている。ふかふかのもちもちのぽよんぽよんだ。今日はお利口さんにしていようと思ったのに。

 家の近くに美味しいお店があるから、ついでに泊まってランチしましょうと言いくるめ……、もとい、お願いして泊ってもらったのだ。しかし、めくるめく昨夜のことを思い出してちょっと朝からヤバい。いかんいかん、ここは冷静に。

 僕はかねてからの計画を思い出し、奥歯をぎゅっと噛みしめて我慢しながらさりげなさを装って立ち上がった。


「朝ごはん食べますか? 萌々子さんは朝はパン派? ご飯派?」

「うーん……ランチに行くから、軽めがいいな。パンはある?」

「あります! 作ってきます。飲み物は紅茶で良いですか? 会社ではいつも紅茶でしたよね」

「家だと朝コーヒーを飲むわ」

「わかりました」


 実を言えば、この日の為に両方用意した。会社での顔とはまた別の萌々子先輩を知れるのは嬉しい。こうやって少しずつ、お互いの嗜好を探って行くのも付き合いの醍醐味と言える。果たして彼女は僕の嗜好を受け入れてくれるだろうか。


「圭太くん、ちょっと、待って」

「え?」

「私の服、どこに行ったのかな? 下着も見当たらないの」

「あ、あ、ああ、床に散らばって少し汚れてたので、洗濯しときました。昼には乾くと思いますよ」

「ありがとう。でもご飯食べるのに裸はまずいわよねえ」

「それなら乾くまで僕の服着ててください」


 裸でも全然OKだけど、風邪引くといけないし、それはまた別の機会に取っておいて。僕はクローゼットに向かい、適当に選んだ数着と、本命のシャツを持ち出して先輩の所に戻った。


「ど、どうぞ。好きなの選んで」

「ありがと。あら、下着もないのね。やだ恥ずかしい」

「トランクスで良ければ……新品です。あ、嫌ですよね。サイズも合わないし」

「折り返せばいいし気にしなくていいわよ~。ありがとう」

 

 先輩が大らかな人で良かった。ほっと胸を撫でおろして横目で伺っていると、先輩はTシャツを選ぼうとしている。あ、あ、ああ、違う、その横のシルクシャツゥ! この日の為に何度か袖を通して僕の形に馴染ませたシャツを選んで欲しい! Tシャツもいいんだけどね! 

 先輩は胸以外は小柄な方だけど、僕の体型は日本の成人男性の平均より少し大きいくらいだから、裸に直接着たら胸の辺りがドエロイことになりそうだ。僕は慌ててシャツを先輩の前に差し出した。


「あ、あの、ちょっとこの僕のシャツ着てみてくれない? いや、別に大した意味はないんだけど!」

「ああ、そうね。私の胸だとゆとりがある方がいいわね」

「そう、うん。うん。ありがとうございます。ありがとうございます」

「うふふ、なんでお礼言ってるの?」


 先輩がクスクス笑いながら、シャツに袖を通す。てろんとしたシルクの生地は、期待通りに先輩の白い肌に馴染む。衿の内側に入った髪を気だるげにかき上げる仕草も最高。ありがとう! 萌々子様! ありがとう! おっぱいの神様!

 前の合わせから覗くなだらかな陰影に淫靡な妄想を掻き立てられる。細く締まった腰には不似合いな自分のトランクスは、アンバランスではあるものの、僕の内側に潜む支配欲と庇護欲をいっぺんに満足させてくれた。

 思わず身を乗り出して生着替えを鑑賞してしまった僕だが、先輩が袖のボタンを留めようとしているのを見てストップをかけた。


「あ、袖のボタンは外して! 無造作な感じで!」


 萌え袖も可愛いけど、そこは腕を少し見せてもらった方が、より一層彼女の細さと肌の美しさが際立つと思うんだ。前のボタンは何段目まで開けてもらおうかと真剣に悩む僕を、先輩が不思議そうに見つめる。


「やけに具体的なのね」

「いや! あの! これは違くて!」

「うふふ、変な圭太くん。でも敬語忘れてるの可愛い……、あっ」


 笑いながら胸のボタンを留めた先輩だったが、いつものごとく小さな声を上げる。弾け飛んだボタンが再び僕の額を直撃し、僕は自分の誤算を悔いながらも喜びにあふれていた。

 さすが僕の萌々子さん。男物でも弾き返された!


計画完了おわり

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