遅延は憑き物

電車とは、遅れるものである。


四年間かけて私が身を持って知見を得た教訓である。

私の使う電車は、多くの路線を集結させて走っているので、見知らぬどこかの駅で何らかの事故が起きてしまうと、全ストップしてしまう。

だから、ほとんど大学に行く時は、遅延をデフォだと考えている。

1時間前に大学の最寄り駅に着くように計画しても、遅延が起きると15分前に着くなんてことはザラなのだ。

帰りの電車で遅延が起きるのなら、まだ、いい。


行きだけは、授業開始前までには席について居たい。


今日も今日とて1時間前に最寄り駅に着く電車に乗ったが、大幅な遅延でぎりぎり間に合うかどうかの瀬戸際にいる。

走れば間に合う、かもしれない。

この30度を超える気温のなかを走れば。

走りたくはないし、息切れした状態で授業に臨みたくなどない。

だが、今日は遅れるわけには行かないのだ。


教授を待たせることになるからだ。


驚くべきことに、今日の受講生は私しかいないのだ。

元々、受講生は二人で、片方の学生は欠席すると連絡していた。

受講生が二人でも開講するのか、と最初は驚いたが、ほぼマンツーマンで教えてくれる講義であるし、教授と共に学外講義も行われるので、大変楽しい。

こないだは教授と博物館へ赴き、一つ一つ説明を聞きながら回った。


さて、電車が駅に着いた。

13分で大学には着かないだろう。

最早、絶望である。

通常のペースで歩いて20分の道のりである。

いやいや、流石に……。


だが、やはり足は小走りになる。

あぁ暑い、走りたくない、息切れしたくない。

そう思いながらも走り続ける。


元陸上部なんだから、頑張れるでしょ。

自分を鼓舞する。

走ることに抵抗はない。が、

だからといって足が速い訳ではない。


大通りを真っ直ぐ走り抜け、最後に300mほどの

少し急な坂道を登る。

これが中々にきついのだ。

坂道もまた、走り続ける。

散歩中の犬を追い越した。

自分も走りたいです、と言わんばかりに尻尾を振りながら犬も並走しようとする。

飼い主さんに引っ張られて少しだけ悲しそうな顔をしていた。

私は走りたくて走っている訳ではないんだ。


喉は痛いし、足は重いし、汗はだくだくにかいている。

花の女子大生たる年齢の自分を疑いたかった。

大学で専攻している学問は、フィールドワークを中心とするものなので、今更ではあるのだが。


奇跡的に1分前に講義室に入れた。

とんでもない息切れだ。

そして教授はまだ来ていなかった。

間に合ったのだ、私はこのレースで優勝したも同然なのだ。

拳を天に突き上げたい気分だったが、大人しく着席する。



教授が入ってきた。

なんと、20分も遅れて。

「すまないね、電車が遅延していたものだから」




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「日常」という名のフィルムを巻いて 萌木 @moelife0607

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