変人OLさんのそれなりご飯

赤はな

「残業帰りのタヌキそば」

「はぁ・・・」

 自宅からの最寄り駅のホームで一人、大きなため息をつく。辺りには疲れた顔をしたサラリーマンの方々が、私と同様にため息を付いているからか、誰も私のため息に気付いていないようだ。しかし、今日は華金こと金曜日。ため息をついた後の彼らの足取りは、昨日と比べても少しだけ軽いように感じた。

 残業が終わり、現在の時刻は午後の十一時。まぁ、繁忙期の残業にしてはまずまずの時間だ。しかし、十一時は十一時。さっきまで濃縮タイプのコーヒーで無理やりやる気を出させていただけに、私のお腹の中はコーヒーだけが歩くたびに揺れる。

 早く家に帰って遅い夕食を食べようと、速歩きして急ぐ。駅から自宅までは徒歩十五分。速歩きすれば、だいたい十分ぐらいで帰れる。さて、早く家に帰って、作り置きを・・・ん?

 私はここで大きな問題に気が付いた。今家に帰っても作り置きが無いことを・・・

 私は普段、帰り道の途中にある業務スーパーに寄って、材料を買い込み、土日で平日の分の作り置きをし、それをその都度解凍して平日をしのいでいる。しかし今日は金曜日。普段の金曜日は、近くのスーパーでおつまみを買って、晩酌を楽しんでいる。しかし、現在の時刻は十一時。この時間に空いているスーパーはこの近くには無い。しかも冷蔵庫には炭酸水一ケースとホワイトホース。そして鬼ごろししかない・・・仕方ないからコンビニに・・・あぁ、最近二十四時間営業やめたんだっけ?

 さっきの威勢と勢いはわずか数メートルで終わり、急に重く感じてきた足を必死に動かし、帰り道を歩いていく。空いている店は無いかと、辺りを見渡しながら歩いていると、妙に賑わっている場所に足を止めた。見せ前にある立てるタイプの看板を見ると、どうやら立ち食いそば屋らしい。

 そばかぁ・・・そういえば最近食べてなかったな。値段も安いし、後片付けしなくて良いし・・・でも、別の所ではあるけど、この前上司と外回りに行った時に入った所はなんか安い出汁×入ってみるか。

 店の中に入ると、スーツ姿の方々がそばをすすっていたり、天ぷらをつまみにビールを飲んでいたりと、賑やかな中で各々食事を楽しんでいる様に見えた。

 私も今にもどうにかなりそうな食欲を抑え、券売機を見る。かけそば三百円。天ぷらそば五百円。おつまみ天セット三百五十円。生ビール三百五十円。うん、安い。流石は立ち食いそば。そばと天ぷらと生ビールで千円ピッタリで、サラリーマンの懐事情にも優しい。じゃあ私もその例に習って正攻法でいこうかな。

 私が券売機に千円を入れ、かけそばのボタンを押そうとすると、気になるメニューが目に留まる。

「特製タヌキそば?」

 私はこの、「特製タヌキそば四百五十円」という単語に凄いそそられた。「特製」・・・例えばラーメン屋だと、百〜二百円通常のより高い代わりに、チャーシューが多くなっていたり、トッピングが豪華になったりする。しかし、これはタヌキそばだ。かけそばに天かすをかけて少しこってり感を出したそば。ただそれだけの筈だ。それを特製って、何をどうしたら特製になるんだ?しかも、奇妙なのは、特製の元になった通常のタヌキそばが券売機に無いことだ。ますます謎が深まっていくばかりだ。

 正直、私はそこまでタヌキそばが食べたい訳ではない。シンプルにどういうそばなのかが凄い気になるだけだ。冷静に考えて、天かすみたいな、かけようとしたら親に止められるランキング第一位の薬味?が、天ぷらとかけそばに味で勝てるわけがない。

 そう思いつつも、私は特製タヌキそばのボタンを押した。私は非常に冷静だ。だからこそわかる。味がわかるやつより、味がわからないやつの方が、待つ楽しみも出来て丁度良い。あとお腹減ったしもう限界だ。

 私は追加で、生ビールと八十円のかき揚げと百二十円のコロッケの食券を買い、店員さんに渡した。これで合計千円。正攻法と同じ値段だ。

 セルフサービスの水を持ち、カウンター席に立つと、隣にちょうどそばと天ぷらが来た人が、割り箸を割っていた。店員さんの言葉から、さっき私が正攻法と言っていたセットだ。見てみると、紅生姜天、かき揚げ、磯辺天、カニカマ天、イカ天の五個の天ぷらを中心に、ワカメとかまぼこが乗っているかけそば、そして、グラスから雫が滴っているほどのキンキンに冷えたビールがあった。

 私は空腹と、口に溜まった唾液を水で流し込み、頼んだ物の到着をひたすらに待つ。

「はい、こちら特製タヌキそばと、生ビールです」

 二分程経った頃、カウンター席越しに私が気になっていたものと、ストレスの消毒液が渡される。私が覗き込むように見ると、そこにはかまぼことワカメ、そして二色の天かすがたっぷりと乗っているそばが見えた。二色の天かすの片方は普通のよくある丸型天かすで、もう片方は、こんがりとしたキツネ色になっている。その上、天かすとつゆの色のせいか、出汁が少し黄金色に輝いているように見える。その為か、タヌキそばという貧弱な概念とは裏腹に、特製の名に恥じない、とても豪華で華やかなものであるように思える。これだけの要素でも、十分アレなのだが、さらに、上がっていく湯気には、いかにもな出汁の匂いにプラスされた、天かすの少し香ばしい匂いがあり、より一層私の食欲を刺激する。

(乾杯。そして、いただきます)

 私はしっかりと重量を感じるジョッキを持ち、喉を鳴らしながらビールを身体に流し込む。

ゴキュッゴキュッ

「んかぁ〜」

 思わず口から漏れ出す生命の息吹。私は、アルコールを接種するために生きていると言っても過言ではない、そう思わせる魔力がある。単品の天ぷらが来るまで、飲まないつもりだったけど、現実はそうそう上手くはいかない。現実逃避のアイテムが、しっかりそういう現実を教えてきやがるのも、コイツのニクイところだ。

 さて、次に気になっているものをそろそろ食べようと、私は割り箸を割り、丸天かすのある場所を持ち上げる。そばを持ち上げると大量の湯気が昇り、そばの熱さを認識する。私は、そばにまとっているつゆが少なくならないように、手早く息を吹きかけ、そばを一気にすする。

ゾゾゾホ

(おっ、結構美味しい)

 つゆを多くまとったそばを食べると、少しのコシと出汁の風味を感じ、とても食べやすく、天かすのふわふわ食感と油で、少しこってりとしていてかなり美味しい。多分、味はよくある普通のかけそばに天かすぶっかけた奴そのものなんだとは思う。けれど、空腹によるスパイスに加えて、空っぽの胃に流れ込む温かさ、そして夜中の十一時と、ほぼ深夜に食べるタヌキそばの背徳感により、なんとも言えない幸福感がある。

 次に私は、こんがりとしたキツネ色が乗っている部分のそばを持ち上げる。すると、さっきの天かすとは少し違う、少し硬い感触と、ポロポロ落ちる感覚がある。私はもう一度そばを掴み直し、急いですする。

(おっ、二色の意味ちゃんとあるんだ)

  キツネ色の方は、つゆに使っていても、しっかりとした食感が残っていて、さっきのふわふわの天かすより、ジャンキーな味になっている。多分、こっちの天かすは二度揚げしているんだろう。さっきの天かすより油感が強い。それすなわちこれですよ。

ゴキュッゴキュックハアー

(あぁ〜染みる〜)

 いやはや、ここまでつまみに出来るそばも、なかなかないだろうな。しかも交互に食べることで、飽きが来ないようにしている。そう考えると、特製という言葉も妥当のように思える。

 ズルズズゾ ゴギュゴグ 

 一通り味わった私は、一通り味はわかったしもう良いかと思い、そばを下からガッツリと混ぜ、冷ます事なく豪快にすする。出汁と油と塩味、なんとなくで感じる美味しさ。そして、そこに流し込む黄金の精神薬。黄金をつまみに黄金で流し込む・・・文面だけ見れば、大富豪なんだよな 。都落ちにならないように、水も飲んでおかないと。水はアルコールを分解するために必要だからね。

(はぁ・・・流石タヌキそば・・・胃がもたれてきた。それに、私の悪い癖だけど、食べるのが早すぎる。もう少し、よく噛んで食べるべきだよなぁ・・・でも、大人になったし、ちゃんとした場面でもない時ぐらいいいような気も・・・)

 そばとビールを大体三分ぐらいで食べ飲み終わり、早く食べ過ぎたかな?と思いつつ、卓上の爪楊枝で口内をキレイにしていると・・・

「お待たせしました。こちらコロッケとかき揚げです」

 カウンターに、私が頼んでしまったかき揚げとコロッケが渡される。

(あ、これやらかした)

 ビール無し、胃もたれ、満足なり。うん、いらねぇ。タヌキそばの大量の油のせいで、私は胃もたれ寸前だ。それに揚げ物二つを胃に入れんの・・・?でも、自分が頼んだなんだよなぁ・・・


「もう当分は揚げ物はいいや・・・」

 あの後、ちゃんと二つの揚げ物を食べた私は、もたれた胃をさすりながら帰路に着く。味に関してはさっぱり分からなかった。油油油。油が纏わりつく口の中。そのせいか、出汁醤油をかけても、塩をかけても、味がマジでわかりにくかった。サッパリと食べるために、つゆにつけて食べようにも、つゆが油まみれ・・・うん。詰んでた。どうしろと・・・

 私が重い足と胃に苦労しながら歩いていると、暗い住宅街に時間のせいか怪しく光る自販機を見つける。

(黒烏龍茶あるかな〜・・・ないよね・・・そりゃ・・・)

 自販機のラインナップを見ると、普通にジュースと水とスポドリが売っている何の変哲もない、よくある自動販売機だ。ある一つの飲み物を除いて・・・

(ウコン・・・こんな住宅街で売れるか?まぁ、あるってことは売れてるんだろうけど・・・というか、ウコンって身体に良さそうだし、油にも効いたりしないかな?)

 そう思い、自動販売機に200円と以前は高く感じていた学を入れ、ウコンのボタンを押す。

 それを開けると、若干憂鬱な気分になる匂いを感じ、鼻をつまみながら買ったそれを飲み干す。

・・・・・・

 あんま変わった気がしないような、ちょっとだけマシになったような、多分気持ちの問題で、少しだけ軽くなったように感じる胃。二日酔い防止に飲むもんだし、一応漢方の仲間だし、まぁ効果は有ると思いたい。

 そういえば、来週の金曜日は、上司も来る、嫌なタイプの飲み会があった事を思い出した。

 私も社会人二年目。後輩に、上司の上手い捌き方も教える必要があると思う。そう考えると、私のこういう体験も、後輩に教える事で、無駄にならずに済む。そう考えると、こういう体験も、悪くはないかな?

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