熱情

mafuyu.

夢想

 物語を始めるのに最初が夢というのはいささかどうかと思うのだが、この物語が進むためにはこの夢を語るのは必要なことだと思うので語らせてもらおう。


 夢の中で僕、柳沢優陽が出会ったのは年は同じくらいに見える少女であった。


 少女はベンチでぐったりとしている老婆を見るやすぐに向かい話を聞き水を渡し救急車に電話をする。


 さて、僕がどうしていたかというとその老婆の近くを通りすがり、一瞥したがそのまま通り過ぎた直後であった。


 僕は普段からそう言った人を見かけたら助けようと考えていた。


 他に例をあげるなら、例えば駅で定期券を落とした人にそれを届ける、そういったことをできる人間でありたいと思っていた。


 しかし実際その場面に出くわして考えていた通りに行動したことはどれほどあるのだろうか


 一度としてない。


 それは僕が白状だからとまとめることもできるが、僕は同じような人が多くいるのではないかと思うのだ。


 もし行動するにせよ、少し悩んでしまうのが普通ではないか。


 結局のところ皆、変化が怖いのだ。


 もしぐったりとしているのが自分の勘違いだったら、だとか、自分が関わったのにも関わらず救えることができなかった、だとか。


 何もしなければ自分は元ある日常という何の変哲もないせかいに戻るだろう。


 人を助けたいと思う人は多いだろうが結局のところ自分に何か起こるかもしれないと考えて怖くなるのだ。


 さりとて、こんな言い訳をぐだぐだと考えながら老婆を横切る僕は実際白状なのかもしれないな。


 話を戻そう、老婆を横切った後、僕の前にいたその少女が即刻走り出しその老婆のところへ向かい、先ほど述べたような行動をしたのだ。


 老婆がどういった症状だったのかは僕には知り得ないが、老婆が救急車に運ばれた後、僕はその少女に話しかけたのだ。


「君は今悩む暇もなくご老人に駆け寄ったが、どうしてそんなことができるんだ?」


 自分で聞いて失礼かつ無視した自分こそが一般であると思いたい最低な発言だと思ったが、

少女の返答はそんなことも考える暇もないほどすぐに返ってきた。


「困っている人を助けたら、回り回って自分のためにもなるんだよ。なんて言ってみるけど私はそんなことを考えるよりも先に困っている人がいたら体が動いてしまうんだけどね。」


 そう笑顔で答えた彼女と別れ、別れ際に彼女の顔を見た。


 その顔はどこかもの寂しげであった。


 さて、こうして印象的な夢を見て目を覚ました僕はそれでも日常が始まる。


 ただ学校に行きただ授業を受け、そんな何でもない日常を性懲りも無く過ごすのだ。


 そうした日常の一部である下校中に僕の物語はようやく動き出したのかもしれない。


 人通りが少ない通路で1人の女の子が2、3人の男に追いかけられていた。


 僕はそれでも少し迷ったがそれを追いかけたのだ。


 なぜそんなことをしたかと言われれば僕にもわからない。あるいは、夢の中の少女にあてられてしまったのかもしれない。


 行き止まりに追い詰められたところに僕が追いついた。


「えっと、何があったかは知らないですけどその女の子が困っているように見えるのですが」


 こんな時でもかっこいい風に言えなかったが今までこの勇気もなかった僕からは随分の成長と思って欲しいものだ。


「あ?ただの一般人が口を挟むんじゃねえ。お前なんかには想像もできない世界の話だ。」


「ええ、1人の女の子を複数人で追い詰めるような最低なやつらのことなんて想像できないね」


 その言葉に男たちは見て取れるようにいらいらし、こちらを向いた。

 

 なぜこんな煽るようなことを言ってしまったのか。普段やらないことをやってアドレナリンが出てしまっていたのかもしれないな。


 僕の方に意識がいった男たちの隙をつき、女の子はこちらに走ってきた。


 僕はしっかりその女の子の手を、今度は何の躊躇いもなく取り、走って逃げる。


 もちろん男たちは追いかけてくる。

 

 2人で逃げるが別に僕は特段走るのが早いわけでもないし、すぐに追いつかれて押さえ付けらてしまった。


 なんとも格好の悪い話だが、それでも女の子の手は離さなかった。


 そして男を見て僕は驚く。

 

 火を手から出している。魔法のような、この世界の日常に含まれるはずのないその光景に僕は唖然としてしまう。


 その火が僕に迫る。僕は日常からはずれ死んでしまうのだと思ったが、謎のブラックホール?のような何かに吸い込まれた。


「お、おい!アトリ!お前はまた過ちを犯すというのか!」


 男が焦って叫ぶその先はおそらく僕と手を繋ぎ同じく吸い込まれる女の子だろう。


「ごめんなさい、でも私はまた信じてみようと思ったのです。」


 その掛け合いは何を意味するかはこの時の僕には知る由もなかった。


 吸い込まれた先の光景は見るからに今までの日常とかけ離れた世界、異世界であると僕はわかった。


 そして、僕の手の先に手はなかった。



 

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